表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第九章
176/573

今は違う

 

『まったく……無茶をするやつだ』


 初めて聞くその声が耳朶を打ったと思った瞬間には、それはアリアンネの隣にいた。


 たったいま目の前で起きた現象を言葉にするのは難しい。

 けれどそれでも説明をするのなら、倒れているユルグの身体の下……影から染みだしたまっくろな何かが鎧姿のヒト型に変形して、魔物に飲み込まれる寸前だった彼を救った。


 そして、彼女の隣に居るソレが正体不明の何かだ。

 内心驚いていたアリアンネだったが、ソレがなんなのか。何となく予想は付いていた。


「貴方が『魔王』ですね?」

『……如何にも。だが、自己紹介をしている暇は無さそうだ』


 眼前には、獲物を丸呑みにしようと再び地上に頭を出した魔物。それと、マモンに担がれている血まみれのユルグ。

 確かに、どちらを見てもそんな暇はない。


「おまえ、なんでっ、ここにいるんだ?」

『嫌な気配を感じたからな、一足先に己だけ駆けつけたというわけだ。フィノも今に来る』


 覚束ない意識のまま尋ねると、マモンは答えた。

 どうやら彼は魔王の器と離れていても、一瞬で戻る事が出来るらしい。


「聞いてないぞ、そんなこと」

『ふむ……言っていなかったか? まあ良い。間に合ったのだから良しとしろ』

「この状態を見て……っ、間に合ったって言えると思うのか?」


 担がれていたユルグは地面に降ろされて、恨みがましくマモンを睨み付ける。

 そんなことが出来るなら、もう少し早く戻ってきてくれても良かったんじゃないか? そうしてくれたなら、こんな怪我を負わずに済んだ。


 グチグチと文句を言いたいのを堪えて言葉を飲み込むと、ユルグは自分の状態を確認する。

 手足に刺さった棘は貫通しているがどうってことはない。急所でない限り融通は利く。しかし、脇腹に突き刺さったこれは流石に無視出来ない。


「急所は外れていますね」

「なんとかな」

「ですが、この怪我では無理は出来ませんよ」


 アリアンネの忠告は的を射たものだ。誰が見ても重傷なこの状態で無茶を通せなど、そんなことを言う奴なんて――


『動けるか?』

「この状態を見てそう思うなら、どうかしてる」

『普通の人間相手ならばそうだろうよ』


 マモンの言動にユルグは反論出来ずに口籠もる。

 しかし、彼の言う通り。五体満足であるのならば、動けないほどではないのだ。


「……こいつを抜いてくれ」

「わたくしがやります」

『そうか……では己はアレの相手をしていよう』


 やけにあっさりとしたマモンの態度を気に掛けていると、彼はいつか見た長毛の獣に姿を変えた。

 あの魔物とも十分に渡り合える巨体だ。マモン一人で倒せるかは分からないが、今こちらに意識を向けられては困る。時間稼ぎにはなるはずだ。


 単身、敵に向かっていったマモンから目を逸らして、ユルグは右腕に刺さった棘を抜いていく。


「……どうして先ほどは助けてくれたのですか?」


 ユルグの傍へと膝をついて、アリアンネは沈痛な面持ちで尋ねてきた。

 それになんと答えようかと迷った挙げ句、易い言い訳を告げる。


「お前に死なれるとミアが悲しむ。それに、仲良くしろって散々言われているんだ。それを破って怒られるのはうんざりなんだよ」

「そうですか。わたくしを助けたこと、後悔しなければ良いですね」

「それはどういう……」


 意味深な発言に聞き返そうとしたところで、アリアンネが脇腹に刺さった棘に手を掛けた。


「傷口をしっかり押さえていてください」

「あ、ああ。わかった」


 言われるがままにすると、彼女は腹に刺さった棘を抜いた。

 流れ出てくる血に顔を顰めるアリアンネを尻目に、すぐに傷口を押さえて止血を試みる。


「先ほどの話ですが、魔王の器ならば死なないのですか?」

「まあな、便利な身体だよ。まったく」

「それならば、良かったです」


 浅く吐き出した吐息と共に、アリアンネは両手で引き抜いた棘を雪の上へと放り投げた。


 彼女の言葉は、きっとユルグを心の底から心配して出たものではないのだろう。

 どうしてか、アリアンネはユルグに皇帝暗殺の依頼をしてきた。もっと厳密に言うと、魔王に依頼をしてきたのだ。

 その意図はまだ不明ではあるが、おそらく『魔王』であることが重要なのだ。だから、ユルグに簡単に死なれては困る。


 この先を想えば不穏さは拭えないが、まずは現状をどうにかしなければ。


「作戦はさっきと変わりなく。アリアンネはあの化物に火球を食わせてやれ」

「わかりました。貴方はどうするのですか?」

「俺は……キツい一発をもらった借りを返してくる」


 全ての棘を抜き終えたユルグは、剣を握りしめて立ち上がった。

 止血はしたがかなり血が流れ出てしまった為、多少はふらつくが歩けないほどではない。体調を確認していると


「おっ――おししょう!」


 後方から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 振り返ると、汗だくで雪原を走ってくる影が見える。


「――っぐぇ」

「けがしてるよ!」


 ユルグの血まみれの姿を目にしたフィノは、顔面蒼白でその身体に縋り付いてきた。


「悪いが、今そんなことをしている余裕はないんだ。あいつのせいでな」

「……なにあれ?」


 マモンと絶賛追いかけっこ中の魔物を見遣って、フィノは目を細める。


 あの姿になったマモンでも、雪原を泳ぐ魔物を捉えることは出来ないらしい。体良く振り回されている様は滑稽だが、それを見て笑っている余裕は今はないのだ。


「何かは分からないが、あれが厄介でな。手を焼いていたところなんだ」

「フィノもてつだうよ!」

「いいや、お前はアリアンネを」


 アリアンネを守ってやってくれ。


 そう言いかけた言葉をユルグは飲み込んだ。

 今まではそれで良しとしていた。それは彼女の手を借りずともユルグ一人で事足りていたからだ。それにフィノだって未熟だった。


 ――けれど、今は違う。


「……そうだな。俺一人じゃ厳しいから、お前も手伝ってくれ」

「うん、わかった!」


 嬉しそうに頷くとフィノは腰に下げていた剣を抜く。

 その眼差しからは並々ならぬ決意を感じる。なんとしても師匠の役に立つのだ、という気概で満ちあふれている。


「俺とフィノでなんとか隙を作る。あとはタイミングを見計らって、上手くやってくれ」

「わかりました」


 火球を当てやすい高所へと向かっていくアリアンネを見送って、ユルグは正面を見据える。


「さて、それじゃあ――リベンジマッチといこうか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ