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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第九章
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前哨戦

 まるで水中を泳ぐ魚のようだ。


 この魔物の場合は雪中を泳いでいるわけだが、これがかなり厄介。雪の中に潜まれると攻撃も当たらない。

 あの棘が生えている体躯では接近戦は極力避けたい。となれば遠距離からの攻撃がベストなのだが、雪中を泳ぐ奴らに攻撃魔法を当てるのは至難の業だ。まず当たらないし、カウンターを狙おうにも自分を囮に飛び出た所に当てようとしても、それが成功したからといって、向かってくる巨躯を止められるわけではない。

 この雪の地面では足が取られて動きが鈍くなる。油断すると上半身を食われてお陀仏、なんてことにもなりかねないのだ。


 けれど、それを承知の上で一度斬り込んでみる必要がある。手立てがゼロでも何かしらのヒントが得られるかもしれない。


「ジイィィアアアアア!!」


 向かってくるユルグに気づいた魔物は、口から木屑を零しながら吠えた。

 目玉がないのに反応を示すって事は、こちらの気配をある程度は察知出来るとみて良い。それが音か、臭いなのか。知れないが――


「耳元で喚くなクソ野郎!」


 威嚇に足を止めることなく、炎のエンチャントで強化した剣を振り上げる。

 しかし、打ち付けた刀身は体表を覆う棘によって弾かれてしまった。威力を底上げした炎刃でも全く歯が立たない。


「……っ、なんて硬さだ!」


 少しくらいは傷が付くかと思っていたのに、無傷。攻撃をものともしない様は、黒死の龍を思わせるが、この魔物はあそこまで瘴気に冒されているようには見えない。

 これはただ単純に体表が異様な硬度を保っているだけだ。こうして地面に潜って移動するのだからそれも当然である。


 黒死の龍と違うところは、言わずもがな。攻撃は通るということだ。

 だったら手立てはある。諦めてしまうのはまだ早い。


 とはいえ、今地上に露出している箇所は限られている。

 目玉がない上に、他の感覚器も消失しているのか。口だけの頭部に、その少し下には体格よりも遙かに小さい手が見える。

 まるで飾りのようなそれは、地中で前に進むためのものなのか。長さもなく土砂を掻いて進むために付いているようなものなのだろう。きっとそれ以上の使い方はできないはずだ。


 その証拠に、剣撃を見舞ったユルグに魔物は大きく口を開けて噛み付いてきた。


「ギッ――ガアア!」


 しかし、それは張り出された透明な障壁によって防がれる。


 咄嗟に〈プロテクション〉で攻撃を防いだが、依然この化物を倒せる手段は見つからないまま。

 とりあえず後方まで下がったユルグに、背中からアリアンネの声が突き刺さる。


「どうですか?」

「あいつの身体は硬すぎて攻撃が通らない」

「なるほど……では、弱所は一つに絞られますね」

「ああ、おそらく口の中だろうな」


 というよりも、攻撃できる箇所がそれしか見当たらない。

 地中に潜っている体躯がどうであるかは不明だが、おそらく全身があの棘で覆われているはずだ。


 といっても、それが分かったところで現状は難しい。

 ユルグが単身、腔内に突っ込んだところでギザギザと生えそろった歯にズタボロにされるのが落ちだ。


「そういう事でしたらわたくしに任せてください」

「何か手段があるのか?」

「あの口の中に火球を突っ込みます」

「それは良いが……難しいだろ」


 自身の唯一の弱点。それを敵が理解していないわけがない。

 そう易々と口を開けていてくれるわけでもなし。言うは易しである。


「だから先ほどのように敵の気を引いてください。そうすれば何も難しい事はありませんね」

「俺に囮になれってか?」

「それしか方法は無いでしょう」

「……わかったよ」


 良いように扱われているのは癪だが、今は不満を零している場合ではない。

 渋々頷くと、ユルグは意識を眼前の魔物へと向ける。

 それと同時に、半身を地上に出していた魔物は雪中へと潜り込んだ。


「……っ、逃げるつもりか!?」


 あの魔物がここで何をしていたのかは知れないが、黙って相手をする必要は無いのだ。ここでユルグたちを巻いて、街へ行くことも出来る。


 瞬時にその可能性を思い浮かべて奥歯を噛みしめたユルグだったが、その考えは即座に否定されることになった。



 雪中に潜ったと思われた魔物はその巨体をしならせて、巨大な倒木を飛ばしてきたのだ。


「――嘘だろ!」


 まっすぐに飛んできた大木の進路は、ユルグ……そして後方にいるアリアンネを捉えている。突っ立ったままでは直撃コースだ。


 自分の身を守ることに尽力するならば、この危機を乗り越えることは出来る。

 向かってくる大木に押しつぶされる前に〈プロテクション〉で防げば良い。しかし、そうなればユルグの後方にいるアリアンネはどうなる?

 障壁を張って防げば多少は進路の変更は出来るかも知れない。それでも確実じゃない。


 逡巡する間もなく、勝手に足が動いていた。


 僅かな猶予でアリアンネを突き飛ばす。なんとか攻撃範囲外に逃がすことが出来た。

 しかし、それに安堵している暇はない。

 刹那にユルグが決断したことは、向かってくる大木を斬ることだった。


 方法はある。

 以前、渓谷で遭遇したフォーゲルという魔物。奴の嘴も相当な硬さだった。けれど、それを切り裂くことは出来たのだ。

 あの時と同じ方法をとれば――風の刃を纏わせた斬撃ならば、大木を輪切りにするのは容易い。しかし、それが成功する保証は出来ないのだ。


 前回、使用した時は失敗に終わった。途中でエンチャントが切れたのだ。あれはユルグの手に余るものだ。

 それでも――



 両手で握った剣を頭上に振り上げる。

 纏わせた風の刃は、周囲の雪を散らしていく。意識を集中して、迫ってくる大木を斬ることだけに神経を向ける。


 ――一閃。


 掲げた剣を振り下ろすと、大木の向こうの景色が見えた。

 それに安堵の息を吐く――



 そんな暇はなかった。



「避けてください!」


 聞こえた声に返事をする暇も無く、瞬きをする一瞬の合間だった。


 見えた向こうの景色を覆い隠すように、魔物の体躯を覆っていた棘が飛んできた。

 それを視認した瞬間には、衝撃と共にそれらが無防備な身体に突き刺さる。


 まるで無数の槍に全身串刺しにされたようだ。痛みは感じないが、それでも不快感は残る。


 おそらく先の大木を飛ばしてきたのは囮だろう。それに対処した後に生まれる隙を突いて、確実に攻撃を当てる。

 事実、あんな棘を飛ばされたところで、〈プロテクション〉で防げる。平時ならば何の障害にもならなかった。


 だからこそ、この隙を狙ったのだ。

 案外、あの魔物は頭を使えるらしい。そんな脳味噌があるとは思えないが、見かけで判断してはいけないということか。



 受け身も取れずに雪の上に倒れたユルグの傍に、慌てて近寄ろうとしたアリアンネだったがその足が一瞬止まる。

 彼が倒れている地面が微かに隆起している。あの前兆は、魔物が大口を開いて食らおうとする直前の――


 それを認識した直後、アリアンネの目の前からユルグは忽然と姿を消していた。


今回の敵は土竜のイメージなのですが、この世界に土竜はいなさそうなので、雪中を泳ぐ=サカナと例えています。

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