友人として出来ること
一話分抜けていました。作者の凡ミスです。(五体投地)
差し替えましたが、次話分がなぜかここに入ってしまってました……もうしわけないです。
(明日更新分は、差し替え前と同じになると思います、すいません)
ティナに腕を引かれて外に出たミアは、目の前に広がる光景に瞠目した。
小屋の入り口には鎧姿の男が二人、倒れているのだ。おそらく、彼女たちの護衛でこうして外で待機していたのだろう。
どうしてこんなことになっているのか。謎は深まるばかりである。けれど、これをしでかした人物に心当たりはあった。
「こ、これ……死んでるわけじゃないよね」
「どうやら眠っているだけのようですね。あの方も、困ったものです」
「よかったあ」
ほっと息を吐いたミアの横で、ティナは倒れている男の身体を持ち上げた。
「どうやらすぐに起きる様子はないので、荷馬車の中にでも寝かせておきましょう」
「私も手伝うよ」
「ありがとうございます」
手伝いを申し出たミアに、ティナは微笑を浮かべた。
その笑みは旅をしている最中、何度も目にしたものだ。けれど、どうしてか。ミアの目には無理に笑っているようにも映った。
シュネー山で別れてから、何かがあったに違いない。
友人の微かな異変に気づいた……気づいてしまったのであれば、放ってなんておけない。
護衛の二人を荷馬車に寝かせた後、ティナの手を引いてミアは小屋の傍にあるログベンチへと腰を下ろした。
「別れて以来、変わりはありませんか?」
「うん、体調も戻ったし私はとっても元気。ユルグもあんな感じだし、フィノも毎日ギルドの依頼受けに街に行ってる。皆、あの時と何も変わってないよ」
「……そうですか。良かったですね」
そう言って、ティナは目線を下げた。その横顔には覇気がない。見慣れた彼女とはかけ離れた様子に、ミアは握っていた手に力を込めた。
「……ティナ、無理してない?」
そっと声を掛けると、彼女は唇を噛んで険しい表情のまま……まるで泣くのを我慢しているように見えた。
こんな顔をする彼女は今まで見たことがない。あの旅で触れ合ったティナの人と成りを見れば、これがおかしいことくらい誰であってもわかるはずだ。彼女の友人であれば尚のこと。
「気づかれないようにしていたのですが……ミアには隠し事は出来ませんね」
かろうじて取り繕うように笑みを浮かべたティナは、深く息を吐き出した。
「私は自惚れていたのです。これから先もお嬢様を支えていけると思っていました。でも、あの方の抱える想いは、私ではもうどうすることも出来ないのです」
悔しげに項垂れて告げるティナの話は、ミアにはいまいち要領を得ないものだった。
けれど、ユルグが戻ってくる前に彼女から聞いた話……アリアンネの記憶が戻った――この五年間のことは何も覚えていないことと、関係があるということは理解出来る。
ティナの話では今のアリアンネはミアの知る彼女とは別物らしい。
姿は知っているのに、少し話をしてもあの優しかったアリアンネとは違うことはミアも感覚的に分かった。
表面は優しげに見えるけれど、きっと心の中はそうではないのだ。漠然とそう感じた。
「……あの後、何があったの?」
それを踏まえて尋ねると、彼女は静かに語り出した。
ユルグたちと別れて国に帰った後、アリアンネは数日間、部屋に籠もりっぱなしだったのだという。誰も寄せ付けず、一人きりで引きこもってしまった。
そんな彼女をティナも大変心配していたし、心の整理を付けるには独りになる時間が必要だった。
だから大人しく、主人が部屋から出てくるのを待っていた。待つしかなかったのだ。
そうして立ち直ったアリアンネが、開口一番ティナに言い放った言葉は、酷く無慈悲なものだった。
「お嬢様にとって、私はもう必要ないそうです」
やるせなく笑って、ティナは告げる。
「今回お供させて頂いたのは、私の我儘です。お嬢様を独りにさせるわけにはいきませんから」
その表情には諦めの色が滲んでいた。自分でも分かっているのだ。もうどうすることも出来ないのだと。
「な、なんでそんなこと……」
絶句するミアに、ティナは笑顔を隠したまま事のあらましを話してくれた。
「お嬢様は八年前に私の弟、ディトと共に旅に出て行かれました。三年間、世界中を巡って……きっとそれは私が想像するよりも大変なものだったのでしょう。あの旅の最中、何があったのか私は知りません。どれだけ尋ねても、お嬢様は答えてはくれませんので」
アリアンネがどうしてそんな態度を取ったのか。彼女の真意は知れない。
けれどその疎外感が、ティナには耐えられなかったのだ。まるで自分は部外者であるのだと、言外に突き付けられているように感じてしまった。
しかし、ティナはそれでも良かったのだと言う。
「私があの子に、あんなお願いをしなければ……こんなことにはなっていなかった」
膝上に置かれた拳を手が白むほどに握りしめて、絞り出される懺悔の言葉は、黙って聞いていられるものではなかった。
彼女が何にこんなにも苦しんでいるのか。全てを理解してやれない。慰めの言葉はかえって彼女を追い詰めかねないのだ。
だから、今はただ話を聞いてやることしか出来ない。それがとてももどかしかった。
「だから……私がお嬢様の傍に居ると、あの子のことを思い出して余計に辛くなるのだと、そう仰っていました」
「でも、そんなのって」
ティナからすれば、やりきれないはずだ。
誰よりもアリアンネを想っているのに、傍に居てやれないのだ。あまつさえは大事な人に拒絶されて……その心境を想うだけでも胸が張り裂けそうになる。
「あ、アリアだって、もっと別の理由があって」
「良いのです。何も間違ってはいません。お嬢様がそう仰るのなら私も甘んじて受け入れるつもりです」
――でも……と、ティナは続ける。
「私が案じているのは、お嬢様が見据えるその先のことなのです」
「……その先?」
「私もお嬢様が何を考えておられるのか。その全容は分かりません。ですが……きっとあの方は、赦しはしないでしょう」
彼女の話は酷く漠然としたもののように思えた。
意図が掴めないまま、ティナの言葉に耳を傾ける。
「この世界を誰よりも憎んでいるはずです。ですから、手段を選んではいられない。そしてそれは、いつか取り返しの付かない事態になる。そんな予感がするのです。……私にはそれを止められない」
ぎゅっと口を噤んで涙を浮かべるティナの姿を見て、ミアはそんな彼女を力の限り抱きしめた。
「私は何があってもお嬢様を見捨てることは出来ません。だ、だから」
「だいじょうぶ、大丈夫だから」
「……っ、ごめん、ごめんなさい」
ティナが何を想ってこんなに心を痛めているのか。ミアには判然としない。けれど、涙を流して謝る彼女を放って置くことなんて出来なかった。
あやすように背中を撫でながら、ティナが泣き止むのを待つ。
……誰も悪くないのに、どうしてこんなことになったんだろう。どうしたら、あの時みたいに笑い合える関係に戻れるんだろう。
考え抜いても、答えは出てこない。
それでも今のティナには、何かしらの答えが必要なのだ。このまま無理をし続けてしまえば、彼女は壊れてしまう。
「ティナはそれで良いのよ。大事なものがあるなら、それを一番に守るべきでしょ。他のことは気にしないで。それで何があったとしても、私は貴女を恨まない」
「……ミア」
「だって、ティナは私の大切な友人だもの」
抱いていた身体を離して、まっすぐに彼女の目を見て伝える。
指先で涙を拭ってやると、ミアはティナの両肩を掴んで元気づけるように破顔した。
「だから、いつまでも泣いてないで! 落ち込んじゃうときは、何か楽しいことをするべきよね。……というわけで、街まで行こう!」
「……え、でも」
「私、まだ一度も街まで行ったことないんだ。ずっとユルグのお世話してたから。だから、付き合って! 美味しいもの、食べに行こう!」
無理矢理に手を引いて、ミアは歩き出す。
それに慌てて立ち上がって着いてくる友人の気配に、ミアは安堵の息を吐き出した。
苦しんでいるティナを救ってやることは、ミアには出来ないかもしれない。それでも、彼女の友人として出来る事はあるはずだ。




