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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第八章
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名誉挽回

 冒険者ギルドで紅玉馴鹿(リュビナラフ)の討伐依頼を受けたフィノは、ズンズンと雪の中を進んでいく。


 その少し後ろからは、先ほど出会った旅の三人組。戦士のアロガ、魔術師のロゲン、僧侶のリエルが着いてくる。


『おかしな事態になったなあ』


 フィノの足元をポテポテと着いてきていたマモンは独りごちた。


 彼らに絡まれたわけではない。むしろその逆で、一人で依頼を受けようとしていたフィノを心配して手助けしようとあの三人は話しかけてきた。

 しかし、彼らの不躾とも言える態度がフィノには我慢ならなかったのだ。


 この状況、マモンが傍に居ても何が出来るわけでも無し。ただの黒犬のふりをするしかないが……どうなることやら。


『どうするつもりなのだ?』


 未だ機嫌が優れないであろうフィノに、マモンは小声で尋ねる。


「フィノがちゃんとたたかえるってところ、みせるの」

『……ふむ』

「それで、おししょうのめいよをまもる!」

『……ううむ』


 フィノはこうして意気込んでいるが、実際ユルグがこの状況に出くわしたのならどうするか。

 マモンの見立てであるが、彼は歯牙にも掛けないはずだ。フィノにも馬鹿な事をするなと言いつけるだろう。


『上策とは言えんが……まあ、面倒事にならなければ良いな』


 ちらりとマモンは背後を見遣る。

 そこには律儀にフィノの後ろを着いてくる三人。


 彼らを眺めて……マモンはあることが気になっていた。


 あの三人は、自らを冒険者だとは明言していない。フィノにはそうであるかと尋ねたが、自らの身分は明かさなかった。

 その事がマモンは気に掛かっていた。


 冒険者ギルドへ赴いているのならば、自ずとそうであると思い込む。依頼を受けに来ている同業者だと。そうでなければ不自然だ。

 すべてマモンの考えすぎであればそれに越したことはないが、目を光らせておく必要はある。


 そんなマモンの警戒をいざ知らず。フィノは紅玉馴鹿(リュビナラフ)の出没する、雪原の山林へと足を踏み入れた。


 少し歩くと、遠目に目を引く赤毛を見つける。

 まるで紅玉のように美しい毛並みを持つ馴鹿――紅玉馴鹿(リュビナラフ)だ。


 その姿を視認したフィノは、木の陰に隠れて相手の様子を窺うことにした。

 仕掛ける前に敵を注意深く観察すること。何遍もお師匠に言われたことだ。


 紅玉馴鹿(リュビナラフ)は樹木の幹に角を擦りつけている。

 それが何の為に、どんな行為なのかは知れないが、こちらに気づいている様子はない。


 同じく木の陰に身を潜ませたアロガは、腰に差してある剣の柄に手を掛けた。


「てつだわなくていいよ」

「……なんだって? じゃあなんで着いてこいだなんて」

「おししょうのこと、ばかにしたから」


 素っ気なく言い放って、フィノは紅玉馴鹿(リュビナラフ)へと目を向ける。


「彼女、怒ってますね……」

「アロガさんが余計な事を言うからですよ」

「おっ、俺のせいかよ!」


 小声で言い争っている三人を尻目に、フィノはどうやって敵を倒すか。頭の中で作戦を練る。


 ユルグがいつも言っていることは、相手の出方を見ること。隙を作ること。

 それらを自らの手管の中で組み立てる。


 フィノが使えるのは、攻撃魔法と剣での斬撃。

 その中でも得意なのが、炎と風の魔法だ。魔法書を読み込んでいるからその他も使えるけれど、氷や冷気はこの環境に適応している魔物だったら効果は薄いはず。


 だったら――



 フィノは相手がこちらに気づいていないうちに先手を取ることにした。


「ここでみてて」

「おいおい。まさか、一人で突っ込むつもりかよ!?」

「ん、ダメなの?」

「ダメってこたあねえけどよ」


 アロガはフィノの無謀とも言える作戦に否定的だった。

 きっとまだ魔術師らしからぬフィノの事を侮っているのだ。ここでちゃんと出来るという所を見せて、その鼻っ柱をへし折ってやる!


 なおさら意気込んだフィノは、彼の制止を無視して止めていた足を前へと進める。


「おそらく、何か考えがあるのでしょう。見たところ、周囲には一頭しか見当たりませんし、様子を見ても良いのでは?」

「……でもよお。あの様子じゃ、捕まえるのは無理だぜ? 近付く前に逃げられちまう」


 紅玉馴鹿(リュビナラフ)へと近付いていく後ろ姿を心配そうに眺める三人を放って、フィノは木の陰を伝って慎重に歩を進めた。

 足元では気配を殺して静かにマモンが着いてくる。


 未だ樹木の幹に角を擦りつけている紅玉馴鹿(リュビナラフ)の背後――死角を取ったフィノは、地面に片膝をついて右腕を前に突き出す。てのひらを開いて、左手で右腕の肘辺りを掴んで狙いを固定。


 遠距離から攻撃するのなら、炎魔法が最善手だ。

 けれど、これには一つ欠点がある。魔法を放ってから敵に着弾するまで少し時間がかかってしまう。走って剣で斬り付けるよりは早いが、それでも火球が当たる前に察知される。最悪避けられて不発も有り得るのだ。


 以前対峙したケイヴベアは、図体がデカく動きも比較的遅い魔物だった。だから普通に火球を放っても当てられた。しかし、あの紅玉馴鹿(リュビナラフ)もそうとは限らない。


 であれば――速さが足りなければ補ってやれば良いのだ。




 ===




 ユルグに手渡された魔法書を読み込んでいる内に、フィノはあることが気になっていた。

 あの書物の中には、魔法の種類に加えて効率的な使用方法が書かれている。魔法ごとのメリット、デメリット。指南書としてはこれ以上無いほどに有益な情報が載っている。


 けれど、それらを読み終えてもフィノの疑問は膨れるばかりだった。


 ……どうして単一の使用方法しか書かれていないのだろう?


 魔術師ならば、攻撃魔法全般を扱える。炎も氷も風も。応用として、爆発や冷気などもあるがそれらは炎や氷の元の効果から著しく逸脱してはいないのだ。

 そのことがフィノには不可解で仕方なかった。


 武器に魔法を付与する事が出来るのならば、魔法自体に魔法を付与する事も可能では無いのか?


 それが、彼女の師匠であるユルグさえも気づき得なかった、魔術師の……魔法の真髄だった。


 ――つまり、魔法効果の上乗せ。


 といっても、風魔法で火球の火力を上げる、なんていう単純な扱いをするつもりはフィノにはない。

 確かに二つの魔法を組み合わせているが、あれでは風魔法の利点を生かせていない。


 殺傷能力が無いから魔術師からは敬遠されていた風魔法。それを扱うフィノには、その特性を誰よりも理解出来ていた。


 その一つが、速度付与。


 旅の道中でユルグと手合わせした時に、フィノは木の枝に風魔法をエンチャントした。あれと同様の原理だ。

 それを〈ファイアボール〉と組み合わせるとどうなるか。



 寒さで白む息を短く吐き出すと、意識を集中させる。


 左手のひらには火球を生み出す。ここまではいい。そこからさらに風魔法……速度付与を施す。

 すると球体状の〈ファイアボール〉は、ぐにゃりと変形した。

 少しずつ形を変えて、やがて相応しい形へと成る。


 手中の火球は、先が尖った円錐状に変化した。

 丁度、てのひらにすっぽりと納まるサイズ。これならば風の抵抗を受けずに付与した速度を殺すことなく的に当てることが出来る。


 そしてそれを、〈ファイアボール〉を放つ要領で――



「――っ、あたれ!」


 放たれた炎弾は目を見張るほどの速さだった。

 傍で見ていたマモンでさえ、その速度を目で追えないほど。


 それはまっすぐ紅玉馴鹿(リュビナラフ)へと向かっていき、胴体を貫通する。急所を外した炎弾は雪の中へと埋まると、ボンッ――と爆発を起こした。


 小規模な爆発だったが、その効果まで想定していなかったフィノは一瞬呆気に取られて固まってしまう。

 規格外の攻撃魔法を目にした、三人は言わずもがな。


 しかし、数秒の静寂を破ったのはフィノの傍で成り行きを見守っていたマモンだった。


『何をしている。逃げられるぞ!』


 小声の叱咤を受け取って、フィノは慌てて木の陰から飛び出した。

 腰に下げた剣を抜いて、そこに風魔法をエンチャントする。


 フィノの腕力とこの剣では紅玉馴鹿(リュビナラフ)の体躯を切断するのは難しい。

 だから、一撃でトドメをさせるように切れ味を極限まで高めて、斬りかかる。


「ブオオオオオォォオオオォ」


 断末魔の雄叫びを上げた紅玉馴鹿(リュビナラフ)は、深く斬り付けられた首筋の傷が致命傷となり、その図体を雪の上に投げ出した。


「やった!」


 横たわって動かなくなった紅玉馴鹿(リュビナラフ)を見つめて、フィノはガッツポーズを取る。

 炎弾の狙いは急所から外れてしまったけれど、初めてにしては結果は上々。ぶっつけ本番であそこまでモノに出来るのなら大丈夫なはずだ。


 自身の確かな成長に喜んでいると、今の戦闘を遠巻きに見ていた三人が近付いてきた。


「シロスケ、やるじゃあねえか!」

「むっ、シロスケじゃない!」

「ははっ、そうだったな。やるじゃねえか、フィノ!」


 アロガが差し出してきた手にハイタッチをして応える。

 上機嫌な彼の背後では、ほっとした表情を見せるリエル。しかし、ロゲンだけは難しい顔をしながら腕を組んで唸っていた。


「……今のはなかなか出来る事ではありませんよ」

「そうなのか?」

「ええ、並外れた魔法精度がなければまず成し得ません。魔術師としては物凄い才能がありますね」


 神妙な顔をしながら何度も頷くロゲンに悪い気はしない。

 けれど、フィノが本当に欲しい評価は彼らからではないのだ。


「……おししょう、ほめてくれるかな」

「そうだよ、お前の師匠だよ! いったいどういう奴なんだ?」

「んぅ……どーいう」


 改めてそう問われると、どう答えていいのやら。


「ええと、フィノよりなんでもできるよ」

「貴女よりも魔法の扱いに長けているのですか!?」

「んん……そんなかんじかな」


 ロゲンの物凄い食いつきに、気圧されながら答えると彼は目を輝かせた。

 本当は少し意味が違うのだけど……ユルグは元勇者だし、魔法ならなんでも扱える。近接戦闘だって得意だ。剣を交えたのなら、今しがた褒められて天狗になっているフィノだって勝てない。

 本当に、なんでも出来るのだ。


「もしかしてお前の師匠は龍殺し(ドラゴンスレイヤー)だったりするのか?」

「……なにそれ?」

「この街にはある噂を聞きつけて訪れたのです。なんでも、災厄を振りまいていた黒死の龍が斃されたと」


 リエルの話で、フィノも思い当たった。そういえば昨日エルリレオと街に行ったときも、その話題で持ちきりだったのだ。


「それ、おししょうのことだよ」


 フィノの発した一言に、三人は驚いた様子で顔を見合わせるのだった。


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