生きるということ
一部、加筆修正しました。
適当な宿を見つけて一泊、部屋を借りる。
二名、相部屋で百ガルド。
予想外の出費に、財布の底が見えてきた。
これからの資金繰りに頭を悩ませているユルグの隣では、フィノがベッドの上ではしゃいでいる。
ふかふか、だとかなんとか。呑気なものだ。
「お前は先に風呂に入れ」
「ユルグは?」
「俺はお前の服を適当に見繕ってくる。どんな服が良いとか、希望は受け付けないからな」
「んぅ」
フィノを風呂場に押し込んで、ユルグは買い出しに出掛けた。
明け方に迷いの森を発って、この街に着いたのがちょうど昼頃。
いい加減、腹も減っているしフィノの衣服は適当に安い物を手に取って、ついでに昼飯も買っていく。
それと、魔道具屋で空の魔鉱石を何個か購入した。
魔鉱石とは、言うなれば魔法を保存しておける器のようなものだ。
火付けには炎の魔石。生鮮物を冷蔵保存するのには氷の魔石を使う。灯りを灯したければ光の魔石。
このように魔法と生活は切っても切れない関係にある。
けれど、魔法を扱える人種は一握りだ。
それ故に、魔法職に就いている人間はこうして魔石に魔法を込めて売ることで日銭を稼いだりもしている。
ユルグも例に漏れず。
出来ることなら、坑道に立ち入って魔鉱石を拾ってくれば原価を掛けずに稼ぐことは出来るのだが、今は連れがいる。
それはまた今度にしよう。
宿に戻って部屋の扉を開けたユルグは、目の前の光景に唖然とした。
風呂から上がったであろうフィノがベッドの上で寝ている。そこまでは良い。
問題は、仰向けで大の字になって、素っ裸で寝ているというところ。
あられもない姿に一瞬思考が停止する。
取りあえず部屋のドアをゆっくりと閉めた。
フィノの裸体は見慣れている、と言ってしまえばかなり語弊があるが、初めてではない。
それ故に平常心は保てるが、如何せん目のやり場に困る。
取りあえず荷物を机上に置いて一呼吸。
「――起きろ」
――起きない。
気持ちよさそうに熟睡している。
昨日は殆ど寝れていないし、慣れない森を歩き回ったんだ。当然だろう。
かくいうユルグも、すぐにでも寝てしまいたいが、やるべき事がまだ残っている。
裸体を晒しているフィノを出来るだけ視界に入れないようにして、先ほど購入した魔鉱石を取り出す。
魔法を込めて加工する魔鉱石は、込める魔力の量によって用途が変わってくる。
生活用なら少しで事足りるが、戦闘で使うのなら魔力量は多い方が良い。
後者は魔法を扱えない戦士やソロで戦う人間がよく使う。
勇者であるユルグには使えない魔法はないのだが、魔力が尽きた時やいざという時に持っておけば困らない。
余裕があれば懐にしまっておきたいが、今回は金策に回すことにしよう。
魔法が込められた魔鉱石は衝撃に弱い繊細なものだ。
一つずつ布に包んで持ち運ぶ。
買ってきたサンドイッチを頬張りながら黙々と作業をしていると、もぞもぞと起き上がる気配がした。
「んぅ……おかえり」
「お前には恥じらいというものがないのか」
「……むぅ」
ユルグの説教にフィノは不満げだ。
理由を聞くと、着る物がなかったから仕方ないじゃないか、とのこと。
だからってあれは頂けない。
「とにかく、服は買ってきてやったからこれに着替えて、飯でも食ってろ」
「んぅ」
衣服とサンドイッチを手渡す。
手早く着替えたフィノは、両手で掴んだサンドイッチを興味深げに見つめていた。
流石に食べ方がわからない、とかはないと思うがあの様子じゃそれも有り得そうだ。
成り行きを見守っていると、フィノはゆっくりとサンドイッチに齧り付いた。
直後、目を見開いて息を呑む。
どうやらかなり美味いみたいだ。上等な飯など食べさせてもらえなかったのだろうから、あの反応にも合点がいく。
「美味いか」
「……っ、んぅ!」
「金を稼ぐっていうのは、そういうことだ」
先ほど金を稼いでこいとフィノに言ったが、彼女はその意味をよく理解していない。
今までそういった概念とは無縁の世界で生きてきたんだ。
知らないのなら教えてやらなければいけない。
「今食べた美味いサンドイッチ一つが、俺が加工した魔鉱石一つと同じ価値がある。金に換算すると五ガルドだ」
「……んぅ」
「こうして泊まっている宿代は百ガルドだ」
「ひゃく、って……たくさん?」
「まあ、そうだな。たくさんだ」
ユルグの説明を受けて、フィノは目を白黒させた。
村を出た当初のユルグも、フィノと同様に金の価値を深く理解していなかった。
その後、旅をしながら様々な事を学んだのだから、分からないからと怒鳴りはしない。
「本当なら野宿したいところだが、流石に俺も疲れているから今日は特別だ」
そう言うと、フィノは唸り声を上げてベッドに突っ伏した。
何をしているのか知れないが、ユルグの言動に思うところはあったみたいだ。