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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第七章 
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妄執の結末

 

 黒死の龍を斃す算段は、まず第一に絶対防御を成す漆黒の靄を消すことにある。


 これに関しては魔王の器となったユルグでも不可能だ。マモンに一任するより他はない。

 誰よりもそれを理解しているであろうマモンは、我先にとユルグよりも先にドラゴンの面前へと飛び出した。


『まずはその鬱陶しい(ころも)を剥がしてやろう』


 今のマモンの鎧姿の全長は二メートル弱。四足を地に付けて臨戦態勢を取るドラゴンの、ちょうど胸元あたりに手が届くかどうかといったところだ。

 体格差があるというのに、マモンはそれに物怖じしている素振りはない。


 それもそうだ。魔王という存在は呪詛であり、生物ではない。命などあってないようなもの。どれだけ強力な攻撃を受けようが生き物のように怪我を負ったり死ぬこともないのだ。

 しかし、だからといってどんな相手にも殴り抜いて勝てる、というわけではないらしい。


 先ほど、敵の上空からの突進を受け止めた時のように、マモンが出せる力には限界がある。さしもの魔王サマでも、あれだけ巨大なドラゴンからの突進を涼しい顔をして受け止められはしなかった。完全無欠とはいかないようだ。


「どうするつもりだ!?」


 左目の剣を抜いて多少はダメージを負ったようには見えるが、奴にとってはそんなものは些細なことだ。

 真正面からの力比べで勝つのは難しいことは、傍目から見ても分かりきっている。


 それでも何か作戦があるのかと声を張り上げたユルグに、マモンは声を上げて答えた。


『なあに、先の借りを返そうと思ってな。心配せずとも遅れを取るつもりはない』


 答えながら、ドラゴンが振り上げた前足による爪撃をマモンは受け止めた。

 両手で掴むと、それを逃がさないように脇に抱え込む。


『お前、己を格下だと思って侮っていただろう。たかが魔物の分際で、易く見られたものだなあ!』


 彼にしては珍しく僅かに怒気が籠もった態度にユルグは驚いた。

 しかし、そんなものに驚愕している暇はない。


 ドラゴンの前腕を掴んだと思ったら、マモンは凄まじい力でそれを締め上げた。ギリギリと万力じみた力が加わると、途端に苦しげな呻きがドラゴンから聞こえてくる。


「……もしかして、攻撃が通っているのか?」


 マモンの後ろ姿を隔てて、黒死の龍を今一度注意深く観察する。

 そうすると微かな変化にユルグは目を見張った。


 奴の体躯を覆っていた漆黒の靄が徐々に薄くなっているように感じる。

 そして、それに比例するようにマモンが微かに纏っていた黒色の靄。その質量と濃さが増していっているように思う。


 そこまで状況が見えて、ユルグは目の前で起きている異常の正体が分かった。

 おそらくああして触れる事で、黒死の龍が纏っている瘴気を吸収しているのだ。


 以前彼が言っていたように、マモンもこの魔物と同等の存在である。つまり、瘴気が彼の力の源になり得るのだ。

 普通の魔物ならば溢れている瘴気を吸収するだけに留まるが、マモンの場合それを奪う事が出来る。漆黒の匣しかり、瘴気に冒された魔物しかり。

 となればマモンは、黒死の龍にとって相性の悪い相手と言える。


 そしてそれは、ユルグにとってまたとない好機なのだ。



 敵の異変に気づいた瞬間、ユルグの足は無意識に動いていた。

 両手の剣を握りしめて、全速力で駆けていく。


 十分な助走を付けて跳躍すると、ドラゴンを抑え込んでいるマモンの背を踏み台にして、さらに飛ぶ。


 手の届く距離――剣の切っ先が届く距離に黒死の龍の顎門がある。

 隻眼が忌々しげにユルグを睨めつけている、その視線を一身に浴びて振り上げた右手の剣を渾身の力でもって叩き付ける。


 腕に直に伝わる衝撃と振動。確かな手応え。

 しかし、如何せん力任せの一撃はドラゴンの硬い鱗皮を切り裂くことは叶わなかった。

 それもそのはず、右手に握りしめていたのはただの鉄の剣だ。そんななまくら同然の剣では、黒死の龍以前に、強靱な体躯を誇るドラゴンには脅威にはなり得ない。


 瞬時にそれを理解したユルグは、咄嗟に右手に握っていた剣を放り投げた。


 と同時に、ドラゴンの鼻先を蹴り上げてまたも頭上を取ると、左手で握りしめていた錆びきった刀身に、すっと指先を滑らせる。


 ――最大火力の炎のエンチャント。


 錆び付いていた刀身は、煌々と赤みを帯びて輝き始める。

 これならば、ドラゴンだろうがなんだろうが、どうあっても耐えられはしない。


 鉄や鋼で打たれた剣ならば数秒もせずにドロドロに溶けてしまうが、グランツが使っていたこの剣だけは別である。


 何も無駄な装飾だけで値が張った刀剣ではない。

 彼が一番拘っていたのは、魔法付与にも抜群の耐性を持つ特別な鉱石で打たれた、特別な一振りであること。

 グランツはそのことを飽きもせず自慢してくるものだからうんざりしていたのだが、この土壇場でそれを思い出した。


 彼は戦士職で、魔法の扱いはからっきしであった。ユルグのように戦闘に魔鉱石を組み込むでもなく、かといってカルラに頼んでエンチャントしてもらうでもない。

 根っからの真っ向勝負。脳ミソが筋肉で出来ていると度々カルラに揶揄されるほど、力業でゴリ押す戦闘スタイルだったのだ。


 もちろんそれは様々な武器をそつなく扱えるグランツだから出来る芸当である。腕っ節と目を見張る技量。身一つで敵をなぎ倒していく。

 ユルグの師であるグランツは、そういう男だった。


 ともすれば、今の状況でこれほどユルグに見合った武器はこれ以外にない。


 この戦いは、師匠である彼らの弔いでもあるのだ。であれば、黒死の龍に引導を渡すのは師匠の形見の剣以外にはない。


「これで――っ、終わりだ!」


 これまでのすべてを込めて、黒死の龍の隻眼に剣先を突き立てた。



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