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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第七章 
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奥の手

 

 両手いっぱいに取り出した物は、攻撃魔法を詰め込んだ魔鉱石。その一つ一つが高威力の代物ばかりだ。


 この時のために、ここまでの道中でユルグが準備してきたもの。その威力はスタール雨林で相手取った植物の魔物との戦闘で実証済みだ。

 言わずもがな、魔鉱石に攻撃魔法を込めて使用する最大の利点は、数を用意すれば幾らでも瞬間火力を増やせるというところにある。


 どんなに頑丈な魔物でも、圧縮された高火力の攻撃を受けて五体満足では居られない。

 しかし、黒死の龍には攻撃は通じない。だったらなぜこんなものを使うのか。


 いくら攻撃が効かないからといっても、その衝撃まで緩和出来るわけではない。この量の魔鉱石を爆破させれば、さしものドラゴンも地に落ちる。

 ユルグの狙いはその一点のみだ。


 しかし、そんなことをしてしまえば至近距離にいるユルグもただでは済まない。負傷は避けられないし、五体満足で居られる保証もない。それでも、現状これが最善の策なのだ。


 元々、黒死の龍を斃すためだけにここまで来た。

 生半可な覚悟では仇など取れるわけがない。無茶をしなければ、こいつの喉元に剣先を突き付けることは叶わないのだ。

 だったら、自分の命くらい喜んで賭けてやる。


「よう、久しぶりだな」


 ドラゴンの頭上に足を掛けて、その姿を見下ろしながら声を張り上げるとそこでやっと、相手もユルグの存在に気づいた。


 マモンから意識を逸らし、その存在を確かめるようにぐわっと頭を上げる。

 けれど、頭上にいるユルグの姿は視認出来ない。何者かが自分を足蹴にしていることは分かっているらしく、必死に振り落とそうとしてくる。


「――っ、さっさと落ちやがれ!」


 マモンの抑えを振りほどいて暴れ回る前に、ユルグは手中の魔鉱石をすべて手放した。




 ===




 刹那、目も眩むほどの眩い閃光と、耳を劈く爆発音。辺り一帯に積もっていた雪は衝撃波によってあらかた消し飛んでしまった。


 至近距離で起きた惨劇を目の当たりにしたマモンは絶句する。

 眼前に広がる光景は、きっと誰も予想しえないものだったろう。


 魔鉱石から放たれた魔法の衝撃によって、黒死の龍は見事ユルグの目論み通り地に落ちた。

 彼の推察どおり、攻撃によって負傷はしないが衝撃までも無効化出来るわけではないらしい。


 先ほどの上空からの突進など比でもないほどの衝撃を、無防備な頭上から食らったのだ。人で例えるなら軽い脳震盪を起こしている状態。すぐには起き上がれないはずだ。


 それともう一つ――この魔物について気づいたことがある。

 目の前で起き上がろうともがいているドラゴンを見つめて、疑惑は確信へと変わった。


 今まで瘴気に侵された魔物を斃すには、それを浄化出来るものがなければ無理だと思っていた。その為に創られたのがマモンで、あの匣だ。

 しかし、それ以外にも方法はあったのだ。たった今気づいたあの方法ならば、左目の剣の謎も解決する。


 だが、その事に喜んではいられない。

 状況は好転したが、こちらの方が満身創痍なことには変わりないのだ。


 先ほどのドラゴンの突進によって遠くに飛ばされてしまったアリアンネは、魔鉱石の爆発に巻き込まれなかった。大きな怪我は負っていないはずだ。

 しかし、至近距離にいたユルグはどう考えても無事でいるとは思えない。


 この状況で、どちらを取るか。

 一瞬迷った後、マモンは辺りを見回して――その姿を見つけた。


『これは……酷い怪我だ』


 まっしろな雪の上には、流れ出た血が千切れた花弁の如く散っていた。

 その中心には、身動きすらせずに手足を投げ出して仰向けに倒れているユルグの姿があった。


「……っ、あいつは、どうなった」


 マモンが声を掛けると、曇り空を見つめていた胡乱な眼差しははっきりと傍らの黒色の姿を映した。


『それよりもまず、自分の心配をしろ! その状態では死ぬぞ!』


 すぐ傍で聞こえた怒鳴り声に、ユルグは自分の身体の状態を確認する。


 右半身、特に右腕の感覚がまったくない。まるで身体から切り離されたように指一本さえ動かすことが出来なかった。

 かろうじて腕は繋がっているが、肉が抉れて神経が損傷しているのか。元から乏しかった感覚も、こんな状態なのに痛みさえ感じない始末だ。



 あの瞬間――ドラゴンの頭上で魔鉱石を爆発させたとき。

 襲い来る衝撃に備えて、吹き飛ばされる数秒の間に〈プロテクション〉で衝撃を緩和しようとした。

 けれど試みは失敗に終わり、こんなにも満身創痍である。


 あの爆発に巻き込まれて死んでいないのは奇跡だ。おまけにかろうじて五体満足でもある。

 であるのならば、こうしていつまでも寝ているわけにはいかない。


 打撲と擦り傷のみで済んでいる左半身に力を込めて、起き上がる。

 すると遠目に、地に伏したドラゴン――仇の姿を目にして、瞬時に意識が冴えてくる。


 ユルグの眼差しは、一点を見据えて離さない。

 そのただならぬ様子にマモンは嫌な予感を感じながら、傍らのユルグの動向に注意を払った。


「動けるのなら何も問題はないな」

『っ、待て! どこへ行くつもりだ! そんな怪我を負って歩き回るなど、自殺行為だぞ!』

「いっただろ。確かめたいことがあるんだ」


 マモンの制止を振り切って緩慢な動きで立ち上がると、傷口から血を滴らせ、右脚を引きずりながら、いまだ地に伏している黒死の龍の元へと歩みを進める。


 奇しくも今のユルグの状況は、一年前と酷く似通っている。

 あの時も血みどろになりながら、こうして雪の中を一心不乱に進んでいた。

 唯一違うことといえば、前へと進む一歩が背を向けて逃げるものではないということだ。


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