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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第七章 
145/573

共闘作戦

 

 二人を置き去りにして駆けだしたユルグは一直線に黒死の龍へと向かっていく。


 なんとか空いている距離を詰めようと接近を試みるが、それを許す相手ではなかった。


 熱で溶けた雪によって生じた蒸気の向こう側から、鞭のような尻尾の打撃が飛んでくる。

 視界不良のなか、スレスレの間一髪で直撃を免れたユルグは、距離を取らざるを得なかった。


 ……やはり、そう上手くはいかないか。


 極度の緊張にこめかみを伝う汗を手の甲で拭って、深く息を吐き出す。

 視線はひとときも相手から逸らすことなく、常に動向に注視しながら……どう攻め立てるか。



 黒死の龍は四足タイプのドラゴンである。背に生えている翼は二対。それらを交互に動かして空を飛ぶ。

 よって、滞空している状態では接近するのは難しい。巻き起こされる風圧で近付くことも出来ない。運良く体躯にしがみつけたとしてもすぐに振り落とされてしまうだろう。


 だから、何よりも先にあの図体を地面に降ろす必要があるわけだ。


 今も頭上から高見の見物を決めているあれを、引きずり下ろすにはどうすればいいか。



 手っ取り早いのがあの翼を飛べない状態にすることだが、現状それは不可能だ。

 黒死の龍には攻撃が効かない。どれだけ攻撃魔法を打ち込んでも、剣で斬り付けようとも飛行不可能な状態まで負傷させるのは無理である。


 次に〈ホーリーライト〉で目眩ましをする作戦。

 これも難しい。成功させるにはかなり近くで魔法を発動させる必要がある。上空を飛んでいる限りその難易度は何倍にも跳ね上がる。

 その為の投げナイフだが、投擲しようにも敵の周囲で巻き起こる風によって狙った場所に命中させるのは至難の業だ。おそらく投げつけた所で風壁に弾かれて不発に終わるだろう。


 幸いなことに、黒死の龍はシャドウハウンドやスタール雨林の祠で対峙した獣魔と違って影となって攻撃を躱すことはしない。

 瘴気の影響を受けているが、魔物自体の特性の違いなのか。

 代わりにでかい図体で空を飛び、爪や尻尾、炎の吐息など……攻撃の威力も獣魔とは桁違いである。


 しかし……そうとなれば、あれしかないな。


 作戦を成功させるにはまず、あの体躯を登って奴の頭上を取らなければならない。といっても空を飛んでいる相手にしがみつくのは容易ではないわけだ。

 なんとか登れそうな場所と言えば、尻尾の先くらいか。


 しかし、無闇に近付いても警戒されてしまう。ユルグが黒死の龍に気取られずに近付くには陽動が必要になる。


「アリアンネ!」


 声を張り上げて、いまだユルグの後方に居るであろう皇女様へと声を掛ける。

 彼女から明確な答えは聞いていないが、あの性格だ。きっと一人で黒死の龍へと挑むユルグを捨て置けない。それを分かっていて、ユルグはあんなことを言ったのだ。



 ユルグの呼びかけに、決心したアリアンネは無言で頷くとすぐさま行動に移った。


「マモン、いきますよ!」

『陽動だけで良いという事だったが、どうするつもりだ?』

「あのドラゴンを挟み込むように位置取りをします。今の状況では右方からがベストでしょう」


 皇女という身分であるため積極的に戦闘はさせてもらえなかったが、何も実力が劣っているわけではない。

 記憶は断片的にしかないが、三年間。魔王討伐の為、先代の勇者と世界を巡っていたのだ。こうした魔物の相手も慣れたものである。


 そんな彼女がいち早く注目したのが、黒死の龍の弱点となり得る部分。剣が刺さっている左目だ。おそらく、先に向かったユルグもそこに目を付けているはず。

 あの負傷では完全に左方の視界は塞がれているはず。死角側から攻撃を仕掛けるのは明白である。となればアリアンネの仕事は、それを成功させるためにわざと目に付く――警戒される右方から強烈な一撃を叩き込むことだ。


「そう易々と攻撃はさせてもらえないでしょう。守りは貴方に任せます」

『あいわかった。大船に乗ったつもりでいると良い。お主には指一本触れさせぬよ』




 ===




 黒死の龍を挟んで向かい側、ユルグのちょうど真正面から目も眩む程に巨大な火球が突如として表れた。

 相変わらずの高火力の魔法に目を見張りながらも、注意を引くならこれほど適任はない。


 それに相手の注意が向く。それを確認すると、ユルグは左方――敵の死角になっている左側へ回り込むと一気に距離を詰めた。


 それと同時に、先ほどの吐息と同等の熱量を持った火球が放たれる。

 かなりの大きさ故に向かっていく火球のスピードはそれほど速くはない。図体はでかいが避けようと思えば可能だろう。


 しかし、ユルグの予想した通り――黒死の龍はアリアンネの放った火球を避けることはしなかった。


 そもそも纏っている瘴気の靄のおかげで攻撃が通らないのだ。負傷しないのならば、わざわざ避ける必要など無い。

 慢心とも言える侮りではあるが、逆に都合が良い。下手に上空を飛び回られる方が厄介だ。


 そうなると、あの左目に刺さっている剣の謎が更に深まる。何がどうやってあの状態に至ったのか。それを解明することが、黒死の龍を斃すヒントになるのは確実なはずだ。



 火球が着弾したと同時に、握っていた剣をしまうとユルグは垂れている尻尾の先を掴んでしがみつく。

 敵の注意は完全にアリアンネへと向けられている。おそらく、奴はこちらの存在には気づいていないはずだ。


 その隙を突いてユルグは尻尾を伝って、背中に回り込むと一気に駆け上がっていく。振り落とされないように細心の注意を払いながら、尚且つ迅速に。


 黒死の龍の上を駆け上がっている途中で、続けて放たれた火球がユルグの横を掠めてまたしても着弾した。


 いくら負傷にならないといってもこんな妨害を受けては煩わしいのだろう。

 ギリギリと歯噛みしたドラゴンは、眼下にいるアリアンネを睨み付けるとさらに上空へと舞い上がった。


「――っ、まさか」


 敵の行動の意図を察して、すぐさま背中の鱗皮の隙間を掴んでしがみつく。


 そう、奴は遙か上空から速力を付けて突っ込もうとしているのだ。


 ユルグの予想通り、十分な高さまで飛翔したドラゴンは一直線にアリアンネ目掛けて急降下していった。

 その勢いは凄まじく、積もっていた雪は風圧で跡形もなくなってしまう。


 振り落とされないように必死だったユルグは、アリアンネがどうなったのか。それを知る術はない。




『ふう……流石に今のは肝を冷やした』


 一瞬の静寂の後、聞こえてきた声に彼女らの無事を確信する。


 あろうことか、先ほどの突進をマモンは受け止めたようだ。

 背後のアリアンネを守るのならば、彼女ごと敵の攻撃範囲から逃れるのが良いが、おそらくそんな暇はなかったのだろう。


『アリアンネ……っ、大丈夫か!?』


 珍しく焦った様子のマモンはしきりに背後を気にしている。しかし、彼が捨て身で守っていたアリアンネの姿はどこにも見えない。

 着地点一帯の地形を変えてしまうほどの凄まじい衝撃だ。例えマモンが身体を張って受け止めてもその余波までは防ぎきることは出来なかったのだろう。


『こうして抑えておくのも長くは持たん! 何か狙いがあるなら早く済ませろ!』


 いつになく声を荒げたマモンの態度に、ユルグは龍の背を一気に駆け上がった。

 そうして頭上に足を掛けると、マモンの遙か後方。大木の下に吹き飛ばされたアリアンネの姿を確認する。

 受け身を取れずに木の幹に激突して気を失ってしまったのだろう。命に関わるような大きな怪我をしているようには見えない。


 その事に安堵して、ユルグは雑嚢からあるものを取り出した。



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