変わらぬ真情
今なら何を想ってユルグがあんなことを言ったのかがはっきりと分かる。
あの時の謝罪はミアに対してのものだったが、彼が抱えている贖罪はそれだけではないのだ。
かつての仲間――今はもう居ない彼らに対しても同じだったのだ。
こうして生きて傍に居るミアには言葉で伝えることも出来るが、既に居ない人物に対してはそうはいかない。贖うことが難しい贖罪を抱えて生きることしかできないのだ。
それにどうやって答えを見つければ良いのか。きっとユルグは今も悩んでいるに違いない。
ミアだってそれに答えなんて出せないだろう。もしかしたら一生を掛けてでも償いきれないかもしれない。
でも、今ミアの目の前にはその答えが出せる者が存在する。
「エルはユルグの事、どう思ってるの?」
――恨んでいるのか。
直接、その言葉は言えなかった。その答えを聞いてしまうのが、ミアも恐ろしかったからだ。もしそれに是と答えられたら、せっかくこうして生きて会えるというのに、その再開を素直に喜べない。
けれど、そんなミアの不安を余所にエルリレオは柔和な笑みを浮かべた。
「一年前、この地で別れた後もずっと気に掛けていたよ」
彼は、茶の入ったマグを両手で抱えながらゆっくりと昔を思い返しながら話し出す。
「儂はあの時、ユルグに酷なことを言ってしまった。儂らがいなくなっても勇者として使命を全うしろなど……それがどれだけ正しい事だったとしても、今まで共に旅をしてきた儂らがそれを望むのはどれほど残酷なことか。まったく分かっていなかった」
エルリレオの心の内を聞いて、何も心配はいらないのだとミアはほっと息を吐いた。
……思った通り。ユルグの大切な仲間は、彼を責め立てるような人ではなかった。
「ユルグに会えたら、あの時の事を謝ろうと思っていたのだ。だから、儂はここを離れられないのだよ」
ずず、と茶を啜りながらエルリレオは話を終えた。
それを黙って聞いていた一同の中で、突如エルリレオの隣に座っていたアルベリクが声を上げる。
「じゃあ、じいちゃんはその心配事が全部なくなれば街で暮らしても良いってことだよな!」
「……そうなるが、どうしてアルベリクはそこまで拘る?」
「そりゃあ、俺がじいちゃんのこと、好きだからに決まってるだろ!」
「この小僧め、生意気をいいよる」
おくびもなく言い放ったアルベリクに、エルリレオは照れくさそうに笑って頭を小突いた。
しんみりとした雰囲気に途端に笑顔が戻ってきた。
穏やかな時間にミアもほっとしながら、熱い茶を啜る。
「ユルグも早く戻ってこないかなあ」
「お嬢様が勇者様を追いかけていかれましたので無茶はしないと思いますが、それでもやはり心配ですね」
しかし心配なものは心配である。
二人揃って物憂げな顔をしていると、それを眺めていたフィノがいきなり椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、フィノがむかえにいってくるよ!」
どうせ無事に戻ってもユルグたちにはこの山小屋に居ることは分からないのだ。
であれば、一足先にフィノが追いかけて知らせてやれば良い。
ユルグだって、エルリレオが生きていると知れば敵討ちなどやめてすぐにでも戻ってくるはずだ!
妙案を思いついたと胸を張って皆にその旨を伝えると、それを聞いていたエルリレオが浮かない顔でこんなことを言う。
「それは良いのだが……一人で大丈夫かね?」
「おししょうにきたえられたからだいじょうぶ!」
「……お師匠?」
フィノの宣言にエルリレオは不思議そうに眉を寄せた。
「ユルグのことだよ」
「なんと……そうか。ユルグがお師匠か」
フィノの答えを聞いて、彼は嬉しそうに口元を緩めた。
そこには弟子の成長を喜ぶ師の面影がありありと浮かんでいる。
ひとつ深く頷くと、エルリレオはフィノを見据えて改めて頼み込んだ。
「それを聞いてしまったら、儂も会いたくなってしまったよ。迎えに行ってきてはくれんか?」
「んぅ、まかせて!」
「山の天気は変わりやすいから、十分に気をつけてな。間違っても遭難などするでないぞ」
エルリレオの忠告を受けて、フィノは早速師匠を追いかける為に支度をした。
厚手の外套を着て、手が凍えないように手袋をする。腰には愛用の剣を差して準備は万端。
「いってきます!」
最後に元気よく声を張り上げると、山頂に向かったユルグを追いかけてフィノは小屋を後にするのだった。




