ヘルネの街
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ヘルネの街に辿り着いたユルグは、早速奴隷商人の元へと向かう。
奴隷商の男へフィノを見せると、彼は眉を顰めた。
男が何を思っているかは聞かなくても分かる。
ユルグが予想した通りの結果だった。
フィノの価値は健全な十歳の子供にも劣るものだ。
金に換えても五十ガルド。一泊の宿代くらいにしかならない。
「……んぅ」
奴隷商から突き返されたフィノは落ち込んでいるように見えた。
奴隷の価値すらないと言われたようなものだ。気持ちも分からなくはない。
「まあ、残念だったな」
本人にとっては奴隷にならずに済んだんだから良かったのかも知れないが。
「これで俺とお前は本当にさよならだ。じゃあな」
踵を返して去ろうとしたユルグだったが、伸びてきた手に服を掴まれて阻止される。
振り返ると藍色の瞳がじっとユルグを見つめていた。
「さっき言っただろ。俺には着いてくるな」
「で、でも……」
フィノはユルグから視線を外すと、キョロキョロと周りを見回した。
まるで何かに怯えているような様子に、ユルグは眉を寄せる。
森の中ではこんな振る舞いはしていなかった。
訝しんでいると、服を掴んでいるフィノの手が微かに震えているのに気がついた。
「い、いかな、っで」
目に涙を溜めて、彼女はユルグに縋り付いてくる。
それを見下ろしながら深く溜息を吐き出して、ユルグは思案する。
おそらく、今までのフィノの生き方はユルグの思っているものと比べ、かなり異質のものだったのだ。
奴隷として生きてきた彼女には、独りきりで外の世界で生きていく力がない。
きっと何もかも初めてのことばかりで、それを怖がっている。
街の人間に対してもこんなにも挙動不審なのだから、このまま放り出したらどうなるか。想像に難くない。
だからといって、ユルグが彼女の世話を焼く必要なんてこれっぽっちもない。
ただでさえ、命を助けてここまで連れてきてやったのに何の見返りもないのだ。
これ以上、無駄なことに時間を割くわけにはいかない。
「触るな。離せ。引っ付くな」
「……んぅ」
フィノは嫌だと言わんばかりに頭を振る。
この様子だと意地でも離れていかないだろう。
困ったと一考して、ユルグは青空を仰いだ。
元々フィノは奴隷なのだから奴隷として使役しても良いが、いつ追っ手が掛かるかも知れない。
一人なら対処出来るが、足手まといを連れているとなるとそうもいかなくなる。
だから一人で行動をしたいのだが、懇切丁寧に説明してもフィノは首を縦には振らないだろう。
ユルグが最大限譲歩してもこのくらいか。
「俺はお前のせいで損を被ってるんだ。わかるか」
「……っ、んぅ」
「だからその損失を取り返さなきゃならない。要は誠意を見せてみろってことだ」
「せ、せいい?」
フィノの問いにユルグは頷いて、続ける。
「俺はしばらくの間、この街に留まるつもりだ。そうなると宿代に飯代……生きるには金が掛かる」
「おかね」
「何でも良い。働いて稼いでこい。俺に恩返しするんだろ」
「……っ、する!」
随分と無茶な事を要求しているがフィノはそれに気づいていない。
ユルグと離れなくても良いのだとほっとしているのだ。
勿論、当初のようにユルグはフィノを一緒に連れて行くつもりはない。
最低限、自分で生きる力を付けさせて置き去りにするつもりだ。
ユルグの旅は過酷で危険もたくさんある。
腕に覚えがあるのなら考えようもあったが、フィノはそうではない。
これでもかなり妥協したのだから、文句は受け付けるつもりはない。
「なに、すうの?」
「その前にやることがあるだろう」
「……う?」
「そんな格好じゃあ、頭のおかしい痴女だと思われる」
ユルグの指摘に、フィノは我関せずな顔をしている。大方、何を言っているのか理解していないのだろう。
「とにかく身体を清潔にして服を着替えてからじゃないと金を稼ぐのは無理だってことだ」
「んぅ、わかった」
そこまで言い聞かせてやっとフィノは離れていく。
我ながら何をしているんだと呆れながら、世間知らずな少女を連れてユルグは宿へ向かうのだった。




