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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第七章 
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山の隠者

 

 主人を追いかけて引き止めたい気持ちはあったが、今の状況ではたしてそれが正解であるのか。

 冷静に判断してティナが取った行動は、アルベリクの案内に従うことだった。


「ふたりとも、いっちゃったね」

「帰ってきたら心配を掛けた分、きっちりとお説教しなくてはなりませんね」


 しょぼくれた顔をしているフィノに、明るく言い放つと途端に笑顔が戻ってくる。

 それに微笑んでティナは手綱を握る手に力を込めた。




 ===




 目的地に着いて、ミアを背中に背負って荷馬車の外へと出る。

 そうすると、彼女はきょろきょろと辺りを見回してティナへと疑問を投げかけてきた。


「ねえ、ユルグは? アリアも姿が見えないけど……」

「お二人なら他に人が居ないか探しに行くと言って先ほど別れたところです」

「そうなんだ」


 友人に嘘を吐くのは心苦しいが、これも彼女の体調を慮ってのこと。

 咄嗟にバレないようにと取り繕ったが、ミアは素直にそれを信じてくれた。


 そのままアルベリクの背を追って、フィノと共に家の前へと辿り着く。


「本当にお邪魔してもよろしいのですか?」

「母ちゃんも俺も迷惑じゃないから気にしないで!」

「……ありがとうございます」


 ティナの気遣いにかぶりを振って答えると、彼はドアを開けて家の中へと入っていく。それに続いて足を踏み入れる。

 暖かな室内に自然と息が漏れる――と、同時にアルベリクの叫び声が響いた。


「母ちゃん、ちゃんと寝てなきゃダメだろ!」


 息子に「おかえり」の第一声を発する間もなく、咎められた彼の母親はお茶を淹れようとしている最中だったらしい。


「でもね、そろそろ帰ってくる頃だと思ってお茶でも淹れてあげようと……そちらの方は?」


 息子の気遣いに終始ニコニコと対応していた彼女は、余所者である三人へと目を向けた。


「ねえちゃんたち、ティブロンからたった今ここに着いたんだよ。でも、だあれも居ないから途方に暮れてたんだ。困ってるみたいだったから、とりあえず家に連れてきた!」

「あら、そうだったのねえ」


 元気よく答えたアルベリクの説明に、穏やかな声が返ってくる。

 けれど、ぐったりと椅子に腰掛けているミアを見て、彼の母親――ティルロットは途端に憂慮を忍ばせた。


「そちらのお嬢さんは具合が悪そうに見えるけれど……」

「そうなんだよ。だから、薬師を探してるんだ……でも」


 代弁するかのようにアルベリクが説明するが、その表情は先ほどと変わって覇気が無い。


「みんな出て行ってしまったものね」

「ということは、この街には薬師は一人も居ないのですか?」


 ティルロットに代わり人数分の茶を淹れてテーブルに着いたところで、ティナは問い質した。

 一縷の望みを掛けて藁にも縋る思いで尋ねると、彼女はティナの瞳をまっすぐに見つめて告げる。


「一人だけ、心当たりはあります。あの人にお願いすればなんとかなるはずよ」


 にっこりと微笑んで告げられた内容に、ティナはほっと息を吐いた。

 絶望的にも見えた状況に少しでも希望が見えてきたのだ。


 しかし、安堵するのも束の間。新たな問題に直面する事となる。


「でも彼はこの街には住んでいなくて……シュネー山の山中にある山小屋に一人で住んでいるの」

「……どうしてそんな場所に?」

「理由は分からないけれど、少し偏屈なところもあるから。でも薬師としては信頼出来る人だから安心してちょうだい」


 ティルロットの話を聞く限りでは、その薬師に会うには山を登らなければならないらしい。

 険しい道のりだが、それしか手段がないのならやるしかない。主人であるアリアンネにもミアのことを頼むと言われている。

 どうするかなど、天秤に掛けなくてもティナには分かりきったことだった。


「となれば、徒歩で山を登った方が良さそうですね」


 ミアにはこの家で休んでもらって、フィノを連れて二人で行った方が良いだろう。

 そう考えていたところに、アルベリクが声を上げた。


「ねえちゃんたち、じいちゃんのところに行くの?」

「じいちゃん……薬師の事ですか?」

「うん、そう。だったらお願いがあるんだ」


 彼は眉根を下げて困ったような顔をしながら、ティナへと語り出した。


「じいちゃん、山小屋に一人で住んでるんだけど、魔物も出るし危ないから街に来ないかって何遍も説得してるんだ。でも、絶対に首を縦に振らなくて。足も悪いから自力で下山するのも難しいから、良かったら手伝って欲しいんだ。道案内なら俺も出来るし、協力するからさ!」


 ティナの手を握って懇願するアルベリクは必死だった。

 それほど山小屋で暮らす薬師と仲が良いのだろう。彼の話に度々出てきた「じいちゃん」というのは、きっとその薬師のことだ。

 であれば、こうして親身になって助けようとするのも頷ける。


「わかりました。そうなれば、計画を練り直さなければなりませんね」


 即決したティナの言葉に、アルベリクは嬉しそうに握った手をブンブンと振った。

 それに苦笑しながら、登山に当たっての最適な進行計画を考える。


 アルベリクの願いを叶えるのならば徒歩で向かうのは厳しい。

 人ひとりを背負って下山するのはこの二人では不可能だ。よって荷馬車を伴って向かった方がスムーズに事が運ぶ。

 となれば、この際一緒にミアも連れて行く方が良さそうだ。


「あの山の山道は荷馬車でも通れますか?」

「うん、そこまで悪路でもないから大丈夫だと思う」

「では早速向かいましょうか。善は急げというでしょう」

「じゅんびしてくるね!」


 フィノは我先にと外へと飛び出していった。

 どうにもかなり意気込んでいるようだったが、図らずも先ほど出て行った二人と目的地は同じなのだ。彼女なりに意気込んでいるのだろう。


「……何事もなければ良いですが」


 一抹の不安を抱えて、四人は天高く聳える山脈へと向かうのだった。



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