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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第七章 
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天穹からの睥睨

 

 少年――アルベリクの招きで彼の家へと向かっている最中、有益な情報を得ることが出来た。


「黒死の龍? あのでっかいドラゴンのこと? あいつならまだ生きてるよ。だから皆この街を捨てて出て行ったんだ」

「公都から討伐隊が出立したと聞いたんだが」

「それなら数日前に来たよ。でも全然歯が立たなかったんだ……ボロボロになって皆帰っていったよ」


 彼が語ってくれたのはユルグの予想の域を出ないものであったが、現状を知る手掛かりにはなる。


 アルベリクの証言に、アリアンネは渋い顔をした。


「並の冒険者よりは実力もあったでしょうに、まったく歯が立たないとは……その魔物は相当な強さなのですね」

「だからといって諦めるつもりはない」


 一年前にそれは嫌というほど実感した。

 しかし、どれだけ敵が強大だとしても尻尾を巻いて逃げるという選択肢はユルグにはない。再びこんな辺境に足を運んだのはアイツの息の根を止めるためなのだ。


 ユルグの言動に、アルベリクは大仰に仰け反った。


「にいちゃん、もしかしてあいつに挑むつもり!? 悪い事は言わないからやめといた方がいいよ! じいちゃんも、あれにはどう足掻いても適うものじゃないって言ってたし、本当に危ないんだ!」

「だろうな」


 この街の住人なら身に染みて分かっているはずだ。だからこうして蛮勇を止めてくれる。

 しかし、外野が幾ら喚こうが何を言われようともユルグが心変わりなどするはずもなかった。


「俺はアイツを斃すためにここに来たんだ。何を言われても心変わりはしないよ」

「そ……っ、それ本気なの?」

「ああ、本気だ」


 断言すると、アルベリクはますます表情を陰らせた。


「でも、今までだってそう言ってあの化物に挑んだ人は大勢いたよ。けど、誰もアイツを斃せなかったんだ。にいちゃんだってそれを知らないわけじゃないんだろ?」

「知ってるよ。だからもう二度と同じ轍は踏まない」


 もちろん、ユルグも楽に勝てるとは思っていない。けれど、だからといってそれが敵討ちを諦める理由にはならないのだ。


 彼がこうして心配してくれるのは、ユルグと同じことを言って帰ってこない人間もいたからだ。だから何としても引き止めようとしてくれている。

 見ず知らずの旅人にここまで気に掛けてくれる理由も彼にはないはずだ。それなのに親身になってくれるのは、ひとえに親切心によるもの。

 あの魔物のせいでこれ以上誰かが死ぬのを見たくないという想いからなのだろう。


「だいじょうぶだよ!」


 二人のやり取りを聞いていたフィノが、突如声を張り上げた。

 驚いて二人揃って顔を向けると、自信たっぷりに彼女は言う。


「フィノのおししょうはつよいし、ぜったいにしなないからだいじょうぶ!」


 なんとも楽天的な物言いに、呆れると共にどこからそんな確信が湧き出てくるんだと、ユルグは溜息を吐いた。


「それ、恥ずかしいからやめてくれないか」

「えっ!? なんで!? まちがったこといってないよ?」

「そりゃあ、そうだけど……」


 フィノは何も荒唐無稽の戯れ言を言っている訳ではない。

 彼女の言う「ぜったいにしなない」は、かつてユルグがフィノへと明言したものだ。


『目的を果たすまで死ぬつもりはない』


 フィノはそれを律儀に信じ抜いている。

 ともすれば盲目的とも思える物言いだが、アルベリクのように危険だから行くなと引き止めるかも知れないと思っていたユルグにとっては何とも僥倖である。


「わたくしも一緒に着いていくので大丈夫ですよ」


 ひょっこりと横から顔を出したアリアンネは、さも当然というように悪びれもなくそう言った。


「待ってくれ。これは俺の問題なんだ。お前は関係ないだろ」

「いえいえ、そうとも限りません」


 にっこりと微笑んでのたまう彼女の意図は分かっている。

 大方、勇者であるユルグに死なれては困るといったところだろう。

 いうなれば彼女の目的は、黒死の龍の討伐にあらず。ユルグが無茶をして死なないように、彼のサポートをするといったところだ。


「それに、ティナがそれを許すと思っているのか?」

「うっ、それは……なんとか説得してみます」

「言っておくが俺はそれを待たないからな」

「そんな無慈悲な事を言わないでくださいよ~」


 困り顔をして泣き付いてくる皇女様を適当にあしらって、再びユルグはアルベリクへと向き直った。


「お前に一つ聞きたい事があるんだ」

「な、なに?」


 不思議そうな顔をする彼から視線を逸らすと、ユルグは屹立するシュネー山を見据えて尋ねる。


「あの山の近くにでかい穴はないか」

「でっかい穴って、地面に空いてるやつ?」

「そう、それだ」

「あるよ。俺は直接見たことはないけど、山の中腹あたりに古い祠があるんだ。たぶん、そのことじゃないかな」


 彼の言葉に、ユルグは記憶を手繰る。


 一年前、黒死の龍の討伐に向かった際にシュネー山へと入った時は、そんなものは見かけなかった。しかし、あの時は山の天気は大荒れだったのだ。凄まじい吹雪で、あんな状態では見落としていたとしてもなんら不思議はない。


 しかし、アルベリクの話が本当ならば黒死の龍に対抗する手段は用意出来たも同然だ。

 この地にある虚ろの穴が他の二つと同じ状況だと考えるのなら、あの匣だって祠内に安置されているはず。

 敵と相対する前にそれを回収出来れば問題はない。見たところ山の天気も荒れていないし、向かうのも然程苦労はしないだろう。


 じっくりと作戦を立てていると、ユルグの視界の外ではアルベリクが何やら眉を寄せて難しい顔をしていた。


「でもあそこは――」


 彼が何かを口にしようとした瞬間だった。




 不意に辺り一帯を飲み込むかのように、大きな影が地上へと投影される。


 首を捻って上を向くとそこには、降りしきる雪さえも覆い隠してしまうほどに巨大なドラゴンの姿があった。




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