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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第七章 
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幽鬼の街

 

 ラガレット公国の最北端に(そび)えるシュネー山。その麓に位置しているメイユの街は、国内に点在している他の街と比べて過酷な環境に置かれている場所だ。


 しんしんと降り積もった雪は一年中溶けることはなく、本格的な冬が到来すれば毎日のように降雪がある。

 おおよそ人が住まうような場所ではないが、それでもこの環境だからこそ上質な薬草が採れるのだと、以前エルリレオが話していたのをユルグは頭の片隅に思い起こした。


 実際、メイユで採れる薬草で調合された薬は品質も良く、それを他の街へと卸すことでこの街は成り立っているのだ。



 一年前、仲間たちと共にメイユの街へと辿り着いた時は、予想以上に人も多く活気溢れる場所だった。

 ラガレットは貧困国家と呼ばれるくらいだ。平民はさぞ生活に困窮しているのだろうと思っていたら、ティブロンに次ぐ賑わいにユルグは大層驚いた。


 ――しかし、今のメイユは見る影もなく寂れた街へと変貌しているではないか。



「……外を歩いている人は誰もいませんね」


 荷馬車の先頭。御者をしているティナの言葉にユルグも辺りを見回す。


 街の大通りらしき道には、足跡すらみえない。

 昔のように大勢の人が出歩いているのなら雪道も踏み固められているはずなのだが、積もった雪は手付かずの状態だ。


 街中に乱立している三角屋根の建物も、屋根に積もった雪はそのまま。そんな状態で放置されているなら、ここら一帯の家屋の住人はことごとく留守にしているということだ。


「元々この街は、それほど人が居ないのでしょうか? ですが、この家屋の数を見てもそれなりの人数が暮らしているはずですが……人の痕跡がまったくありませんね」

「みんなどこにいったんだろ」


 近場の家屋の窓から家の中を覗いて、フィノが首を傾げながら所感を口にする。

 その言葉から、家の中には人っ子一人居なかったことが伺えた。


「これは……想像以上だな」


 ぐるりと周囲を見回して、あまりの寂れ具合にユルグは絶句した。

 一年前のあの光景が嘘のように影も形もない。ティブロンで聞いた噂話はどうやら本当だったみたいだ。


「でもそれだと困りましたねえ」


 荷馬車の後方――垂布の隙間から顔を出したアリアンネは、寒さに顔を顰めながら苦言を呈する。


「こんな状態では薬師がいるとは思えませんよ」


 そう言って彼女は、荷馬車の奥に押し込められているミアに目を向ける。


 ティブロンへと引き返さずに先に進むこと三日。

 その間ミアの体調は良くなることはなく、この数日間は殆どを寝て過ごしていた。

 起き上がれないほどではないのだが、彼女の体調を慮ってのことだ。


「とにかく、探してみるしかないな」


 もしかしたら一人くらいはまだ街に残っているかもしれない。

 一縷の望みを掛けて雪の降り積もる大通りを進んでいくと、前方に背の低い人影を見つけた。


 背格好と外見から判断するに十代前半のエルフの子供のように見える。

 それが雪を掻き分けて、えっちらおっちらとユルグたちの面前を横切っていく。


 少年は足元を凝視しながら進んでいたが、こちらの気配を察したのか。静かに降りしきる雪の合間に、荷馬車を引くユーリンデの嘶きを耳にして顔を上げた。


「びっくりしたあ!」


 数メートル向こう側から声を張り上げて驚愕の表情を浮かべる少年は、目を円くしてこちらに近付いてきた。


 彼の背には、子供が運ぶには重すぎて難儀するであろう数の薪を入れた籠を背負っていた。

 おそらく薪を拾いに出ていてその帰りに偶然、この状況に遭遇したのだ。


「ねえちゃんたち、どっから来たの?」


 寒さで顔を赤らめながら、白い息を吐いて少年はティナへと尋ねる。


「ティブロンから、たったいまこの街へ辿り着いたところです」

「へえ~……もしかして行商の人? 薬を買い付けに来たんなら残念だけど無駄足だったね」


 前方から聞こえてくる話し声に、ユルグは垂布の隙間から顔を出していたアリアンネと顔を見合わせる。

 少年の言動をみるに、この街で薬師を探すのは絶望的だ。


「それは、どういう意味ですか?」

「たぶん他の街でも噂になっていると思うけど、この街に残っている住人は殆ど居ないよ。み~んな魔物が怖いからって他に逃げちゃったんだ。こんな状態でも残ってるのは長距離を移動できない病人か年寄りだけだよ」


 少年はそう言って、大きく溜息を吐いた。


「貴方はどうして出て行かないのですか?」

「俺は母ちゃんが街から出られないから残ってる。もうすぐ寒さも厳しくなるし、天候だって荒れるから三月(みつき)はどこにもいけないよ。それと、じいちゃんの事も心配だしね」


 この少年は母親想いの孝行者のようだ。

 二人のやり取りに耳を澄ませていたアリアンネは、その様子を目の当たりにして深く頷いている。


「彼は立派ですね」

「そうだな」


 しみじみと感じ入っている彼女に賛同していると、少年はティナから視線を外してユルグ一行に目を向けた。


「ところで、ねえちゃんたちは行くところあるの?」

「今のところは」

「ないねえ」


 荷馬車の前方――ユーリンデの隣を歩いていたフィノと顔を合わせて答えると、それに少年はだったらと有り難い提案をしてくれた。



「こんな場所で立ち話してたら凍えちゃうよ。良かったら俺の家に来る?」


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