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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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曲者揃い

 

 荷馬車の補強を終えて連れ立って野営地まで戻ってくると、アリアンネが天幕の片付けに勤しんでいた。


 天幕と言っても、設置した骨組みの上に保温性に優れた厚手の布を被せたもの。一人で撤去するのは骨が折れるだろう。

 悪戦苦闘している彼女を焚き火の傍に座って不安そうに眺めているミア。


 二人の姿を遠目で確認して、ユルグは眉根を寄せた。


『あの様子では……なにかあったようだなあ』


 足元をポテポテと歩いていたマモンもユルグと同じことを思っていたらしい。

 不審に思いながら取りあえず近寄ってみると、こちらに気づいたミアはなぜか気まずそうに声を掛けてきた。


「お、おはよう」

「おはよう。……その格好はどうしたんだ?」


 単刀直入に尋ねると、ミアはそろそろと視線を逸らした。

 あまりにもわざとらしい態度に、何かを隠そうという魂胆が丸見えだ。


「別にここまでする必要はないんだけど、アリアが聞かなくって」


 困ったように嘆息して答えた幼馴染みの格好は、頭から毛布を幾重にも重ねて被っている状態だった。

 早朝で寒いからといっても、こんなモコモコの状態で焚き火にあたっていては暑苦しいはずだ。

 そのせいで火照ったように顔が赤らんでいるように見える。


 ……そもそも、どうしてミアはこんな格好をしているんだ?


 幼馴染みの奇行を訝しげに眺めていると、


「もしや、お加減が優れないのですか?」


 一拍遅れてやってきたティナが不審に思ったのか。尋ねると、ミアは無言で目を逸らした。


「いや、これはその……」

「そうなのですよ!」


 天幕の片付けに勤しんでいたアリアンネが、食い気味にずかずかと近寄ってきた。


「体調が優れないようなら無理に手伝いなどしなくても良いと言い聞かせて、たったいま休んでもらっていたところなのです」


 彼女の証言に一同の視線がミアへと注がれる。

 それを受けて当の本人は気まずそうに頭をもたげた。


「そうならそうと、誤魔化さずに言ってくれたら良かったのに……ミアも強情ですね」

「だって、迷惑掛かると思って」

「そんな度量の狭い者はここにはおりませんよ」


 にっこりと微笑んだティナは薬湯を用意しようと荷馬車の荷台へと去って行く。


「具合が悪いって、熱でもあるのか?」

「うん……でも、少しだけだから! そんなに心配しなくても」

「病を侮ってはいけませんよ」

「う、うん……そうだね」


 アリアンネの忠告に、ミアはことさら申し訳無さそうに俯いた。


 けれど、彼女がこうして萎縮するのは間違っている。

 今回の発端は、昨夜のことが原因なのだ。あんな雪が降りしきるなか出て行ったユルグをずっと待っていたのだから、熱を上げるのだって当然のこと。

 しかも野天で朝方まで寝ていたのだから誰だって風邪くらいひくというものだ。


「……ユルグ、ごめんね」

「ミアが謝ることはないだろ」

「でも、私が無理言ったからこんなことになったのに」

「それは……」


 しょんぼりと肩を落としたミアの言い分に、ユルグは一瞬言葉に詰まった。

 というのも、ああして夜明けまで過ごしていたのは彼女に押し切られたから、というのも理由の一つだった。

 昨日の不寝番は本当ならユルグ一人で行うつもりだったのだ。それを傍に居たいと押し切られた為、渋々承諾したのだ。


 しかし、なぜかミアはこの状況に物凄く萎縮してしまっているようだ。病人に対して悪いのはお前だなどと、血も涙もない暴言を吐くつもりはない。

 それは、ティナもアリアンネも同じはずだ。

 ミアもそうと分かっているはずなのに、さっきから表情は暗いまま。


 どうしてだろうと考えて、そこで合点がいった。


「お互い様ってやつだろうなあ」


 否定しても傷の舐め合いになるだけだ。

 わざと素知らぬ様子で言ってやると、幾分かミアの顔色も晴れたような気がする。


 そんなやり取りをしていると、荷馬車からティナが戻ってきた。

 けれど、彼女の口から漏れたのは朗報などではなかった。


「解熱剤を切らしていたのをすっかり忘れていました」


 声音を落として告げたティナは薬湯の代わりに茶葉を取り出して、焚き火の上に吊しているポッドの中へと入れた。


「ティブロンで仕入れるつもりだったのですが、在庫を切らしているらしく手に入らなかったのです」

「エルフの薬師が薬を切らすとは珍しいですね」

「店主の話では、いつもならばメイユの街で調合してティブロンまで運んでくるのですが、魔物のせいでそれもままならないということです」


 ……困りましたね。


 友人への気遣いを滲ませながら、次いで彼女の視線はユルグへと向けられる。


「どう致しますか、勇者様?」

「……そうだな」


 この場にいる皆が気になっているのは、進むか戻るか。どうするのか、ということだ。


 病人を連れ立って行くのは褒められた事じゃない。できれば寒さが凌げる宿で安静にしているべきだ。

 今ティブロンへ引き返すのなら、一日掛からないで戻る事が出来る。


 しかし、帝都を出立してからそろそろ一月が経とうとしていた。

 これ以上時間を掛けていては、シュネー山に登るのは厳しくなる。ユルグにとって、今ここで引き返している余裕はないのだ。


「ここから先は俺一人で行く」


 悩んだ挙げ句に出した答えに、誰よりも先に声を上げたのはミアだった。


「そっ、それはダメ! ぜったいダメなんだから!」


 必死な形相で留めようとする彼女に、ユルグは困り果てた。


 昨夜に約束した手前、その翌日に反故にしようというのだ。出来ればしたくは無いがそうも言っていられない。

 この為にこんな雪深い地に来たのだ。今を逃しては全てが無駄になる。


 きっとミアもユルグがそう言うと思って、あんなにも挙動不審だったのだろう。


「メイユにはどんなに急いでも二日はかかるんだ。天候が荒れればもっとかかるかもしれない。無理して悪化させるわけにはいかないだろ」

「で、でも……そんなの」


 俯いたまま黙りこくってしまったミアをどう説得しようか頭を悩ませていると、そこにユーリンデの世話を終えたフィノが戻ってきた。


「んぅ、どうしたの?」


 何やら険悪な雰囲気に、フィノは首を傾げて各々を順繰りに見る。

 それにマモンが一から説明するのを余所に、ティナが手を挙げた。


「仮に勇者様がお一人で進まれるなら、御者の私はミアと共に戻ることになりますね。しかしそうなった場合、お嬢様も共に来て頂かなければ、私は心配で夜も眠れないでしょう」

「う~ん、それは困りましたねえ」


 わざとらしく嘆息したアリアンネは、やれやれと肩を竦めた。


「わたくしは勇者様のお目付役ですから、離れるわけにはいきません」

「フィノもいっしょにいくよ!」


 まるで口裏を会わせたかのような発言の数々に、ユルグはたじろいだ。


「……っ、お前らなあ」


 こうなった時点で最早こちらには勝ち目など、万に一つも無いのだ。

 ぐぬぬ、と歯噛みするユルグの面前でティナは口元に薄く微笑を貼り付けた。

 今回はあちらの方が一枚上手だったようだ。


「わかったよ。一人で行くなんて言わない。その代わり、道中は安静にしててくれよ」

「うん、わかった」


 安堵したのか、ミアはほっと息を吐いて「ありがとう」と言った。



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