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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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悔恨と親愛の狭間

 マモンは寝起きのせいか大きな欠伸を零して、雪の上に足跡を残しながら近付いてくる。


 おそらく、先ほど天幕で一悶着あった時に目覚めたのだろう。

 ゆったりとした足取りで寄ってきたマモンだったが、二人の微かに緊張した面持ちに首を傾げた。


『ふむ……邪魔をしたか?』

「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 歯切れの悪いユルグの返答に、ますますマモンから注がれる視線に熱がこもる。


 しかし、ここに疑惑の張本人が来てくれたのは有り難いことだ。ユルグが説明する手間が省ける。


「お前に聞きたいことがあるんだ」


 居住まいを正して口火を切ると、ふりふりと振っていた尻尾の動きを止めてマモンはユルグを正面から見据えた。

 次いでティナへと視線を移し、再びユルグを見つめる。


 今の彼の態度は、この場で話しても良い内容なのかを判断したかったのだろう。部外者に知られたくない密談を度々持ちかけられているから、そういった配慮をするのは当然と言える。


『なにかね?』

「この前話してくれた、他言無用の話のことなんだが……ティナには話しておくべきだと思う」

『……ふむ』


 ユルグの提案にマモンは一考する。

 しばらくして、彼は静かに肯首した。


『賛同しよう。己も彼女へ頼み事があるのだ』

「……頼み事?」

『その話は、全てを話し終えてからだ』


 ティナへと向き直ったマモンは、まっすぐに彼女の目を見つめて。それから話し始めた。




 ===




「それはつまり……忘れていた記憶を思い出せる、ということですか?」

『ああ、その通りだ』


 ティナの問いかけにマモンは静かに頷いた。

 彼の答えに、ティナはどこかほっとしたような表情を見せる。

 どうやらアリアンネに記憶の欠落があることは彼女も知っていたようだ。今の表情はそれが戻ると知って安堵してのことだろう。


「それは喜ばしい事ですが……そうなるとお嬢様の御身が心配ですね」

『うむ。それは己も同意見だ』


 けれど、素直に喜べないということも察している。


「貴方がディトを殺したというのなら、記憶が戻った暁にはどんなに取り乱されることか……私は五年の歳月がありましたから心の整理を付けられました。しかし、この五年間の記憶を失うのでしたら、それはあまりにも酷な事です」


 悲痛な面持ちで語るティナの表情は、どれほどアリアンネのことを心配しているのか。見ているだけのユルグでも伺い知れるものだった。


『……すまない』

「今更貴方を責めたところで死んだ者は戻っては来ません。それに……こんなことは言いたくはありませんが、今の状況を望んでいた訳ではないのでしょう?」

『ああ……そうだ』


 マモンはティナの詰問を認めたくないとでも言うように、やむを得ずといった体で頷いた。


「どういうことだ?」

『本来ならば魔王の器になるのは勇者であるはずだった。つまり、本来死ぬはずだったのはアリアンネなのだよ』

「……なぜそうならなかったんだ?」


 ティナの面前、質問するのは憚られたが聞かずにはいられなかった。


『勇者が身を挺して庇ったからだ。自分の命を賭してでも死なせたくはなかったのだろうな』


 マモンの言葉を聞いて、それがどんな意味を持つのか。


 たった二人で、魔王討伐という過酷な旅に出たのだ。三年間世界中を巡って苦楽を共にしてきた。相手を大事に想っていたのは二人とも同じだったろう。

 そんな大切な人が自分を庇って目の前で命を落とす。そんなもの、誰だって耐えられるものじゃない。


 自分の力不足で大事な人が死ぬ辛さは、ユルグも十分に理解している。

 その罪の重さは生きている限り、何をしても(あがな)えるものではない。


 魔王の器を変えるということは、その時の状態に戻ってしまうということだ。マモンがアリアンネの記憶を改竄する前……大事な人が自分のせいで死んでしまった直後。

 そんな状態で独り放り出されては耐えられるとは到底思えない。


 ティナも同じ考えなのだろう。先ほどからその表情は浮かないままだ。


『だから、己からお主に頼みたいことがある。どうか彼女を支えてやってくれ。この先、己はアリアンネの傍には居てやれんのでな』

「貴方に言われなくともそのつもりです」

『……そうか。それを聞いて安心したよ』


 ティナの返答にマモンは苦笑を刻んでほっとしたように息を吐き出した。

 その様子はまるでこれ以上心残りがないとでも言いたげだ。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

『なんだ?』

「なぜそこまでして貴方はお嬢様を気遣うのですか?」


 そう言って、ティナは訝しげにマモンを見つめる。


「いずれこうなることは分かっていたのでしょう? 恨まれると知っていて、どうしてここまで親身になってくれるのです?」


 詰問されたマモンは、少し困ったように犬耳を垂れた。


 以前、ユルグも同様の事をマモンに問い質したことがある。

 その時は、『お前が幼馴染みを想う気持ちと同じだ』とかなんとか。良いように誤魔化した返答をされたのを覚えている。


『ふむ……そうさなあ。当初はこんな考えなど無かった。器が勇者でなくとも己の使命は全うできる。問題などないと思っていたよ。だがなあ、アリアンネは自分ではなく己の身を案じてくれた。不死身に近い己をだ。可笑しいだろう? だがな、あんなことを言われたのは初めてだったのだよ』


 昔を語るマモンの声音はとても穏やかなものだった。

 そこには確かな感情が宿っている。親愛、慈愛……それを目の当たりにしてしまったら、これ以上は何を聞かなくても分かってしまう。


「そうですか……どうやら無粋な事を聞いてしまったようですね」


 マモンの答えを聞いたティナは、晴れやかな顔をして笑みを浮かべた。

 どうやら残っていたわだかまりは、今のですっかり消えてしまったらしい。


「貴方のことは信頼に値すると、考えを改めるべきですね」

『それは有り難いことだな』


 和んだ雰囲気にほっと息を吐いて二人から視線を外すと、ユルグは荷馬車の補強に取りかかるのだった。


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