記憶の中の勇者 3
「さっきおじさんに聞いたんだけどミア、結婚するって本当?」
「――えっ!?」
いきなりのユルグの問いにミアは固まった。
否定の言葉が咄嗟に出てこなくて、慌ててかぶりを振る。
「た、確かに……そういう話はされたこともあるけど。でも結婚なんて、これっぽっちもそんな気はないからね!」
「でもミアだってもう大人だろ。いつまでも独り身じゃ、おじさん心配するんじゃないか?」
やけにグイグイくるユルグに、ミアは訝しんだ。
きっと父に何か言われたんだ。そうとしか考えられない。
「ユルグ……あのね、結婚ってお相手がいないと出来ないんだよ?」
「それくらい知ってるよ」
「例え私に結婚する意志があっても、良い人がいなきゃ無理なの」
「ミアは好きな男はいないの?」
ユルグの軽い言葉に、ミアは対面しているユルグをじっと見つめた。
その視線に気づくと、彼は苦笑を浮かべる。
「俺はやめた方が良いよ。次、いつ帰ってくるかも、生きて戻ってくるかも分からないんだ」
ユルグの言葉に、ミアは哀しくなった。
告白もしていないのに振られてしまったこともそうだが、ユルグは自分の置かれている環境をしっかりと理解している。
勇者とはそういうもので、大切なものを棄ててまでも世界のためにその身を犠牲にしなければならないのだ。
そんな当たり前のことに、ミアは気づけなかった。
彼が村を出て行った時と何も変わっていない。
ユルグはずっとミアの隣に居ると思っていた。
今はやるべき事があって離れ離れになっているけれど、落ち着いたら元通り。
そんな甘い願望を抱き続けていたのだ。
けれど、ミアももう子供ではない。
ユルグがなぜこんな事を言ったのか。それも理解していた。
聞いてはいないから、彼がミアをどう思っているのかは知らない。
それでも、あの言葉はミアを想っての彼なりの気遣いだった。
仮にここでユルグと結ばれても彼はまた旅立ってしまう。傍にだって居られない。
いつ帰ってくるかも知れない。もしかしたら生きて戻らないことだって考えられる。
ユルグにとってそんなのは決して許されることではないのだろう。
「……そうだね」
ユルグの気持ちを知って、それでも待っているなんて言えなかった。
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「――やっぱり、ユルグがあんなことをしたなんて信じられない」
記憶の中のユルグはミアの知っている優しいユルグしかいなかった。
そんな彼が、仲間に手を掛けたなんて到底信じられない。
あんなに大事に大切に想っていた仲間なのだ。
村のことだって、きっと得も言われぬ事情があったに違いない。
だから、ユルグに全てを聞くまで彼に対する疑惑はしまっておこう。
「勇者様はミアのことが好きなのですね」
「――えっ!?」
唐突なアリアの言動に、ミアは目を見開いた。
「なんとも思っていない相手にそこまで尽くしませんよ」
「……そうかな。ユルグは誰にでも優しかったけど」
ミアの答えにアリアは静かに微笑を浮かべた。
「そうだ。勇者様にお会いしたら聞いてみてはどうですか?」
「ななっ、なにを!?」
「彼がミアのことをどう思っているのか。わたくし、気になります」
それは勿論、ミアも気になるところだ。
けれど一度ユルグには振られているし、望みは薄いと思う。
「好きだって伝えてないんでしょう。だったら諦めるのは早いです」
「……うん」
正直不安だけれど、アリアの言い分も分かる。
諦めるのはユルグに気持ちを伝えてからでも遅くないはず。