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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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堂々巡り

 

 朝陽が顔を出す頃には、雪はすっかり止んでいた。


 ユルグがそれに気づいたのは、早朝に天幕から出てきたティナに指摘されたからだった。


「おはようございます。天候は……どうやら持ち直したようですね。良い天気です」

「そうみたいだな」


 朝陽に目を細めて焚き火に寄ってきたティナは、ふと視線をユルグとその隣で身体に寄りかかって眠っているミアへと向ける。


「昨晩はお二人で不寝番をしていらしたのですか?」

「そうだよ」


 といってもミアは夜更けには眠ってしまったから、一晩中起きていたのはユルグだけだ。


「そのご様子では……」

「ああ、もう大丈夫だ。あんなことをして悪かった」

「いいえ、私も軽率でした」


 ティナの謝罪の言葉に、ユルグはかぶりを振った。


「良いんだ。ティナが憤るのも無理はない。今の俺を見たら誰だってそう思う」


 赤々と燃える薪を火かき棒で弄りながら答える。

 そんなユルグの言動にティナは訝しむように眉根を寄せた。


「……何かありましたか?」

「どうして」

「やけにご自身を卑下する物言いだと感じたので」


 ティナの言葉に、ユルグの脳裏に浮かんだのは昨夜の出来事だった。



 結局昨夜はミアに話そうと思っていたことは言えず終い。謝罪しようにも、それ以外に思考を持って行かれてしまった。


 彼女を落胆させてしまったことも。嘘を突き通さないといけないことも。

 胸を張れることなんて一つも成せなかった。


 なによりも、


『お願いだから、もうどこにもいかないで』


 その心の底からの願いに、ユルグが出した答えは全てを受け入れた肯定だった。


 ――わかった。約束する。


 つまり、これ以上無いほどに残酷な嘘を吐いたのだ。


 未来のことは誰にも分からない。けれど、ミアの願いが必ず叶えられるという保証もない。

 それを思えば、あの答えがどれほど無情なものか。当事者でなくとも知れるというものだ。


 ……何が正解だったんだろうな。


 堂々巡りの自問自答を続けていたら、いつの間にか止んでいた雪にも気づかず、空が白んでいたというわけだ。



 目を背けたくなるような痴態に、咄嗟にそれをかき消すように頭を振ると易い否定を口にする。


「いいや、何もない」

「……そうですか」


 おそらくユルグの吐いた嘘は彼女には筒抜けだっただろう。

 けれど、ティナはそれ以上何も聞いてはこなかった。


「それにしても、今日はいつもより起きるのが早くないか?」

「荷馬車の補強がまだ終わっていませんので、朝早くに済ませようと思っていたのです」


 彼女の返答に、そういえばそうだったと気づく。

 雪は止んでいるが進む道は未だ雪深いままだ。馬そりでなければこの先には進めない。


「俺も手伝うよ」

「ありがたい申し出ですが……その状態では難しいでしょうね」

「うっ……」


 ユルグの身体にミアが寄りかかっている状態では、立とうものなら彼女を起こしかねない。

 一瞬動きを止めたユルグに、ティナは微笑ましげに笑みを浮かべた。


「寝かせてくる」

「私一人でも大丈夫ですよ?」

「いや、身体を動かしていたいから俺も手伝うよ」


 身体に掛けてあった毛布がずり落ちないように慎重に抱きかかえると、天幕の中を覗く。


 天幕内では二人と一匹が仲良く夢の中へと旅立っていた。

 マモンに関してはそもそも睡眠が必要な生物かもわからないし、もしかしたら寝たふりをしているだけかもしれないが。


 開いているスペースへとミアを寝かせると、ズレてしまった毛布をかけ直す。

 そうして音も無く退室しようとしたが、何者かに足を掴まれてあえなく隠密行動は中断された。


「なっ、なんなんだ!?」


 起こさないように声を抑えて足元を見遣ると、ユルグの足を掴んでいるのはフィノだった。

 しかし、数秒前に天幕内へと足を踏み入れた時はぐっすりと眠っていたはずだが。


 ……まさか、寝ぼけてこんなことをしているんじゃないだろうな?


「おい、放してくれ」


 疑惑を向けながら小声で呼びかけても何の反応もない。

 見事ユルグの予想は的中したが、こんなもの当たったからといって何も嬉しくない!


 無理矢理足を引っこ抜こうとすると、それに引きずられるようにしてズルズルとフィノが温かい寝床から出てきた。

 そのまま躊躇することなく外へと向かうと、件の憑き物は朝陽と寒さのダブルパンチでぱっちりと目を開いた。


「ひいっ、さむいい!」


 あっさりとユルグの足から手を放したフィノは、寒さで飛び上がった。


「おはよう」

「ゆ、ユルグ!? なんでこんなことするの!?」

「お前が手を放さないからだろ。人の所為にするな」


 いきなり寒空の下に出されたんじゃ責めたくもなるだろうが、だからってこんな理不尽はあんまりだ。

 きちんと誰が悪いかを説明すると、それをろくに聞かないままフィノは一目散に焚き火の前へと避難した。その俊敏さはまるで脱兎の如くである。


「なにいってるかわかんないよ!」


 ぶるぶると震えながらフィノは、さっきまでユルグが使っていた毛布に包まると声を張り上げる。


 おまけにあの態度ときたもんだ。先ほどまでの応酬は完全に記憶にないらしい。


「おはようございます。お茶、飲みますか?」

「ん! ありがと」


 いつの間にかティナが用意してくれていたお茶を飲みながら、フィノは白い息を吐き出した。


「それで、なんのようじ?」

「別にお前には何の用もないよ」

「えっ!? じゃあなんでおこしたの?」

「だから、あれはお前が手を放さなかったからで……」


 この調子では相手をしているうちに体力を使い果たしかねない。

 早々に無意味な問答を切り上げて、そこまで文句を言うならとフィノにはいつもの日課を言い渡す。


「やることがないならユーリンデの世話でもしてろ」

「ええー、まだあさはやいし、さむいし。ユーリンデもおなかすいてないよ」

「こいつ……っ、口答えするな!」


 頭から被っていた毛布をひっぺがして焚き火の前から引き剥がす。

 そこまでしてやっと、フィノは重い腰を上げてユーリンデの方へと向かっていった。


 ……去り際に「はくじょう」だの「れいけつかん」だの、罵倒が聞こえてきたが全て聞き流す。


 ちょっとした運動を終えたところで、フィノとのじゃれ合いに早々に見切りを付けて荷馬車の補強に手を付けていたティナの元へ向かう。


「今日は一段と仲がよろしいのですね」

「笑えない冗談はやめてくれ」

「話を蒸し返すつもりはありませんが、昨夜はフィノも勇者様のことをいたく気に掛けていたので……あのように笑えるのなら余計な心配でしたね」


 ――良かったです。


 ティナのその言葉は、本心からでたものだろう。

 彼女はユルグを快くは思っていないと言っていたが、彼を取り巻く全てを疎ましく思っているわけではない。

 ミアのことを大切な友人だと言っていたし、フィノのことだって色々と目を掛けてくれている。


 ティナはユルグよりも物事を冷静に見れる人物だ。言葉を声にして出す前に、それが良いか悪いか、しっかりと線引きをしている。

 そんな彼女が、昨日ユルグにああも感情を剥き出しにしたのだ。


 そこにはほんの少しの焦りがあったようにも思える。

 きっと旅の終点が近いと察してのことだろうが、であれば尚更、彼女に確認しておきたいことがあった。




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