因って来たるところ
一部、加筆修正しました。
そうと決まれば、とフィノはユルグの手を取って立ち上がらせた。
「みんなのところ、もどろう」
――みんなしんぱいしてるよ。
そう言って手を引いてきたフィノに、ユルグは素直に頷いた。
ミアにもあんな態度を取ってしまったし、彼女のことだ。きっと心配してくれている。謝ると決めたのだから、思い立ったが吉日。早いほうが良い。
けれど、そんな二人の足を止めるものが目の前に現れた。
『待ってくれ』
焚き火を挟んだ向こう側に現れたのは、マモンだった。
その黒い背には微かに雪が積もっている。おそらく、話しかけるタイミングを見計らってどこかに隠れていたのだろう。
「……なんだ?」
『先のことで話がある』
「お前の話は信用ならない」
ユルグの頑なな態度に、マモンは項垂れて言葉を続ける。
『全てを打ち明けなかったことは謝罪しよう。しかし……あの一件はお主を想っての、アリアンネの配慮なのだ。あれを知ってしまえばどんなに苦しむか、分かっていてあえて秘匿していたこと。己への糾弾は甘んじて受けるが、彼女を責めないでやってくれ』
マモンの発言に、ユルグは深く息を吐いた。
彼の言う通り、アリアンネはわざと真実を隠していたのだろう。それはユルグも察していた。しかし、胸中には誰かを恨む気持ちなど一つも無いのだ。
確かに先ほどはカッとなってキツく当たってしまったが、グチグチと彼女を責めようなどとは思っていない。
「そんな心づもりはない。俺は誰かを責めるつもりはないんだ」
『……そうか』
マモンは安堵したように、ほっと息を吐いた。
『お主が信用ならないと思う気持ちも分かる。だがこれ以上の隠し事をする必要もなくなったのだ。わざと偽りを述べることはないと約束しよう』
彼の言葉に嘘はないとユルグは直感した。
そも、ここまで知られている相手にこれ以上秘密にする事象があるとは思えない。
「わかった。話を聞こう」
腹を括って頷くと、握られていたフィノの手をやんわりと振りほどく。
「お前は先に戻っていてくれ」
「んぅ、わかった」
『待ってくれ』
話の邪魔になるからと追い返そうとしたところ、マモンから声が掛かった。
それに驚いて彼を見遣ると、マモンは無言で頭を振る。
『彼女にも話を聞いてもらう』
「こいつには関係ないだろう」
『いいや、そうとも限らないのだ』
わずかに濁した返答に、訝しむユルグを余所にフィノはユルグとマモンを交互に見て右往左往していた。
「……ど、どうしたらいい?」
ユルグが打ち明けたことでフィノはある程度、勇者および魔王については知っている。それをどこまで理解出来ているかは謎だが初見ではない。
マモンの話を聞いても問題はなさそうだ。
「ここに居てくれ」
「う、うん!」
物々しい雰囲気にフィノは背筋をピンと伸ばして頷いた。
話がまとまったところで、二人揃って一度立ち上がったところ、再度地面に腰を下ろす。
『先の話……勇者と魔王の関係についてはお主の知るところよりも、別の意図があることは察しているな?』
「ああ、どうせろくなことじゃないだろ」
『結果だけを述べるのならば、己の器となる者は誰でも良いのだ。……極端な話、生まれたばかりの赤子でも問題はない』
彼の証言はユルグの考察通りの内容だった。
――勇者である必要は無い。
そのことを当事者から聞くことで、ぼんやりとしていた疑惑が明確な形となって浮き彫りになっていく。
だったら――
「なぜ勇者なんてものが存在している」
一番の疑問点をぶつけると、マモンは一瞬考える素振りをして、それから開口した。
『それを説明するには、己がどうやって創られたか。それを紐解いていかなければなるまい』
「それは以前聞いた。ログワイドとかいうエルフがお前を創ったんだろ?」
『そうさな……だが、お主は一つ勘違いをしている。二千年前……己が生み出された当初は、勇者だの魔王だのは存在していなかったのだ』
予想だにしないマモンの言葉に、ユルグは息を呑んだ。
内心の動揺を見透かすように、マモンは正面に座るユルグを見つめて続ける。
『それが出来たのは、今から千年前の話だ』




