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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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心に寄り添って

 

 ミアには何が起こっているのか。まったく分からなかった。


 いきなりユルグがアリアンネに掴みかかったと思ったら、次の瞬間にはまるで生気の抜けた死人のように放心してしまったのだ。


「ゆ……ユルグ?」


 その背中に声を掛ける。けれど、彼は何も応えなかった。

 掛けられた声に振り向くこともなく、ただじっと空を見上げて身動きすらしないのだ。


 明らかにおかしい様子に、ミアは得も言われぬ胸騒ぎがした。

 こんな幼馴染みは一度だって見たことがない。


 先ほど何か会話をしていたけれど、それが意味することをミアは理解出来なかった。けれど、彼にとっては何か決定的な事象を突き付けられた事は確かなのだ。


「ねえ、大丈夫?」


 何はともあれ、放っておけるような状態ではないのは誰の目から見ても明らかだった。

 そんなユルグに近付いて触れようと手を伸ばす。


 けれど、そんな気遣いはかえって逆効果だった。



 肩に触れたことで、ようやっと空を見上げていた顔がこちらを向く。

 しかしそこに見えた表情はミアの予想を裏切るものだった。


「さっ……さわらないでくれ」


 酷く憔悴した声で、なんとか絞り出したその言葉はミアを拒絶するものだった。


 逸らされた眼差しと怯えた表情は、まるで自分がしでかした罪を糾弾されるのを怖がっているかのようだ。

 ミアにはどうして彼がこんな顔をするのかが分からなかった。


 子供の頃だってこんな表情は見たことがない。悪さをして大人に怒られた時も、近隣に魔物が出たと聞いた時も。

 一度だって、こんなふうに怯えたことなどなかった。


「どうし――」

「ごめん……ひとりにさせてほしい」


 そう言って、ユルグは肩に置かれた手を振り払う。

 その時に触れた彼の手は微かに震えていた。


 まるで別人のような幼馴染みの様子に、ミアは何が何だか分からないまま。それでも遠ざかっていく背中に手を伸ばそうと足を踏み出す。


「――ミア」


 けれど、それはアリアンネによって阻止された。

 彼女はミアの腕を掴んで、静かにかぶりを振る。


「そっとしてあげましょう」

「で、でも……」

「きっと貴女が傍に居ることが、勇者様にとって一番辛いことでしょうから。だから、しばらくは独りにさせてあげましょう」


 優しげな声音にミアは足を止めて振り返った。

 そこにはいつもより暗い表情をするアリアンネがいた。


「アリアは何か知ってるの?」

「……知っています。でも、言えません」

「どうして!?」

「わたくしからは言えないのです」


 詰め寄ったミアに対して、アリアンネは眉を下げて告げた。

 どうあっても頑なな彼女の態度に、ミアもそれ以上は追求することを諦めた。


 アリアンネが……優しい彼女がこうまで秘密にする事。

 知ってしまったら確実にミアを傷つけることになる。だから言えないのだ。

 それを無理強いして口を割らせるなど、彼女の性格を知っていればミアも望むところではない。


「……わかった」


 雪が降りしきるなか、去って行く幼馴染みの背を見つめて、頷くことしか出来なかった。




 ===




 雪が大降りになってきた頃。フィノはあることをミアに頼まれた。


「まかせて!」


 彼女のお願いを快く承諾すると、フィノは毛布と先ほど出来上がったばかりのスープを二つ持って向かう。


 あれから天候は良くなる気配もなく、降ってくる雪はぼたぼたと重いものになりつつあった。

 こんな空の下では瞬く間に雪に埋もれてしまう。


 そんなフィノの心配は見事に的中してしまった。

 大木の下、顔を膝頭に押しつけて蹲っているユルグは、文字通り雪に埋もれていた。

 彼の黒に近い紺青色(こんじょういろ)の髪は、雪が降り積もってフィノと同じ白色へと変わっている。


「おししょう、かぜひいちゃうよ」


 傍に寄って声を掛ける。

 けれど、それに答える声はない。


 フィノはスープを地面に置くと、身体に纏わり付いている雪を払ってやった。そして頭から全身をすっぽりと覆うように毛布を掛けてやる。

 同じく毛布を被ると、フィノはユルグの隣に腰を落ち着けた。


「ごはんもってきたよ」


 埋めた顔の傍にスープの入った器を突き付ける。

 けれど、それに答える声はない。


 無言の拒絶にフィノは潔く身を引くと、自分のぶんを食べ始めた。


 まっすぐに前を見つめると、しんしんと降ってくる雪が目に付く。幸いなことに風が強くないからそれほど寒くはないが、ずっと外に居ては凍えてしまう。

 せめて雪を凌げる荷馬車の中にいて欲しいけれど、この様子ではどうあっても動いてはくれないだろう。


 ……こまったなあ。


 飲み干せるくらいまで冷ましたスープを嚥下しながら、フィノはどうしたものかと思案する。


 今までユルグと一緒に旅をしてきて、自暴自棄になるというか、やさぐれるというか。こういうことは数回あった。


 けれど、今のこれは相当参っているのだとフィノにも分かるほどだった。

 何を言っても、何を聞いても答えない。完全に殻に閉じこもっている。

 せめて原因が分かればどうにかこうにか出来そうものなのだが、今回ばかりはフィノにも何が何やら状況が掴めていないのだ。


 荷馬車の荷運びを任されてせっせと仕事に励んでいたところ、ティナと何やら会話をしているのは聞こえていた。

 きっとそれが原因なのかもしれないけれど、フィノには彼らが何を話しているのか、話の意図が掴めなかった。

 だからユルグが何に対してこんなにも傷ついているのか、分からないのだ。


「ごはん、さめちゃうよ」


 けれど、やはりそれに答える声はない。


 地面に置きっぱなしになっていたスープからは湯気が立ち消えていた。

 冷めてしまってはせっかく美味しいごはんも台無しだ。



 どうしたものかと考えて、とりあえず火を焚き付けようとフィノは腰を上げた。

 近場から適当に燃料になる小枝を拾い集めて組み上げる。そこへ威力を弱めた〈ファイアボール〉を放てば、瞬く間に炎が燃え広がっていった。


 これで夜更けでも凍える心配はない。

 我ながら冴えていると思いながら、再びユルグの隣へと腰を下ろして毛布に包まった。


 パチパチと炎が爆ぜる音に耳を傾けながら、未だ蹲って顔も上げない師匠の様子を盗み見る。

 何か話すべきなのだろうけど、何を話して良いのか。分からなかった。

 余計な一言をいって火に油を注ぐようなことは何度かあったし、それを思えば口を開かない方が良いのかもしれない。


 身動きすらしないユルグから眼を逸らして、じっと篝火の炎を見つめていると、


「おれじゃなくてもよかったんだ」


 まるで死の床に伏した老人のような。掠れた声で絞り出した言葉がフィノの耳に届いた。


「……だれでもよかったんだ」


 ぽつりぽつりと零れてくる声には悲痛さが入り交じっていた。


 フィノにはユルグがどんな意味でそれを言っているのかは分からない。ただ聞こえてくる声を取りこぼさないように、耳をそばだててそれに聞き入っていた。


「だから……おれがしてきたことは、ぜんぶむだだったんだ」


 ゆっくりと切れ切れに聞こえてきた言葉に、フィノは隣で蹲っているユルグへと眼を向けた。


 余計なことを言えば、また傷つけてしまうかも知れない。そう思ってただ傍に寄り添うだけにしようと思っていた。

 けれど、たったいまユルグが言ったその一言がどうしても許せなかったのだ。


「むだじゃない!」


 気づけば語気を荒げて立ち上がっていた。

 自分でも気持ちの整理がつけられないまま、それでもこれだけははっきりと言わなければならないと思ったのだ。


 フィノの怒りの声に、そこでやっとユルグは顔を上げた。

 その表情は全てを諦めてしまったかのように覇気がなく、目元は赤く腫れている。


 悲しみ、傷ついている人間にこうして怒鳴り散らすのは間違っていることだ。それでも言わずにはいられなかった。


「ユルグがたすけてくれたから、フィノはここにいるの! だからむだじゃない!」


 胸を叩いて宣言すると、胡乱な眼差しがフィノを捉えた。


「だからなんだっていうんだ」


 自嘲気味に笑みを刻んだ口元からは鋭い言葉が放たれる。

 それに対する答えをフィノは持ち合わせていなかった。


「だ、だから……」


 勢いよく啖呵を切ったものの、それは最初だけ。しどろもどろになったフィノの様子を見て、ユルグは更なる追い打ちをかけてきた。


「お前が俺の何を知ってるっていうんだ!」


 そこにはフィノに負けず劣らずの怒りの感情が籠もっていた。

 しかし、ここでおいそれと引くことは出来ない。


「なにもしらないよ! だってなにもおしえてくれない!」


 叫ぶように訴えると、それを聞いたユルグはフィノから目を逸らした。

 何かを戸惑っているような、そんな態度に内心驚く。


 ――お前には関係ないだろ。


 そう言われると思っていたからだ。

 けれど、口を噤んだままのユルグはいつになってもその台詞を零すことはない。


 ただ思い詰めた表情をしてフィノから眼を逸らしたまま。その視線の先に焚き火の炎を映して黙っているだけだった。


 フィノはそれに何を言うでもなく、すとんとユルグの隣に腰を下ろした。

 二人してパチパチと爆ぜる炎を見つめて、身体に雪を積もらせていく。


「なんでないてるのか、いってくれないとわからないよ」


 白い息を吐いて呟いた言葉に、やはり答える声はなかった。




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