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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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無慈悲な冷笑

 

 ティブロンからの道程(どうてい)は、険しい山岳を越えていく。

 しかし、以前通った渓谷のような危険な道はなくある程度、道が整備されている。気をつけることと言ったら魔物の襲撃と、急激な天候の変化である。


 前者は慣れたものだが、後者――山の天気というものは変わりやすい。

 今は晴れてはいるが、いつ雲行きが怪しくなっても不思議ではないのだ。




 ===




 二時間、黙々と歩みを進めていると先延ばしにしていた問題にぶち当たった。


「これ以上は進めませんね」


 冷静に状況を断じるティナの声が聞こえてくる。

 それに前方へ回って確認すると、荷馬車の車輪が雪に取られてしまっていた。

 数人がかりで後ろから押してやれば進めなくもないが、それを何度もやるわけにはいかない。


「ここいらが潮時ってわけか」


 夕刻までには早い時間帯だが、ここで今日の道行きは終了だ。

 少し早めの野営準備に取りかかってもらうことにしよう。


 ミアには食事の準備。

 アリアンネには天幕とその他野営の準備。

 フィノにはユーリンデの世話と荷運びを頼んだ。


 そして、ティナとユルグで荷馬車の補強を済ませる。


「まずはこいつの中身を空っぽにしなきゃいけない」

「ぜんぶそとにだせばいいの?」

「そうだな」


 車輪の下に橇板(そりいた)を付けなくてはならない。

 その為には荷馬車を持ち上げる必要がある。一度、積み込んでいるものを全て出してもらわなければ。


 手早くユーリンデを木に繋いで、フィノは荷運びに邁進した。荷を運び出すと言ってもそれほど量はない。一人でも問題はないだろう。


 せっせと仕事に励むフィノを目端で確認して、こちらも作業に取りかかる。


「さっさと済ませてしまおう」

「そうですね」


 ティブロンで調達しておいた木板を車輪の下へと打ち付ける。

 結構な重労働なのだが、それでもティナは文句の一つも言わずに黙々と手を動かしていた。


「ティナが旅に同行してくれて助かってるよ」


 その仕事ぶりを間近で見ながら思わず口をついて出た言葉に、車輪向こうにいたティナが顔を上げてユルグを見た。

 その表情は驚きで満たされている。こんな台詞を言われるとは思っていなかったみたいだ。


「いきなりどうされたのですか?」

「いや、べつにどうということはないんだが」


 この旅での彼女の同行は何よりも心強いものだった。

 細かなところに気が利くし、飯の支度も野営の準備もそつなくこなす。御者だって彼女がやってくれているおかげで、ユルグも安心して道中警戒できているのだ。

 本当に感謝してもしきれない。


「そうだな……一度くらいはきちんと言葉にして伝えた方が良いと思ったんだ」


 妙な恥ずかしさを感じながらうつむき加減で板を噛ませているユルグには、ティナの表情の変化は見えなかった。

 けれど一瞬の沈黙の後、ふっと()んだ気配が伝わって来る。


「勇者様は少しお変わりになられましたね」

「……俺が?」


 ティナの言葉に、今度はユルグが驚くこととなった。

 彼女の言い分には素直に頷けない。そんな自覚はないからだ。

 けれど、ティナの目からはそうは見えていないらしい。


「どこがと聞かれると明確には言えないのですが、雰囲気が少し柔らかくなったように感じます。以前はとても気を張っていらしたので」

「……そうだな」


 ティナの指摘にはユルグも覚えがあった。

 確かに少し前まではそういった心持ちだったかもしれない。余裕がなかったのだ。しかし、それは今も言えることである。

 決して心晴れやかに日々を送っている訳ではない。


 けれど、彼女の言い分もなんとなく分かってしまう。


「きっとミアのおかげですね」


 微笑みながら告げられた名前に、ユルグは眉を潜めた。


「どうしてあいつの名前が出てくるんだ」

「もしかして自覚がないのですか?」


 ティナ曰く――ミアの前では優しげに見えるそうだ。他人と比べてもそうであるから、これは間違いなどではないというのがティナの主張だった。


「そういえば、前にもそんなことを言われたな……」

「想い人がこんな鈍感ではミアが可哀想ですね」

「……悪かったな」


 呆れたように嘆息するティナに、気まずさを感じながら誤魔化すように止めていた手を動かす。


「ミアは私にとっても大切な友人ですので、悲しませるような事はして欲しくはないのですが……難しいでしょうね」

「善処するよ」


 グチグチと漏れ出てくる苦言に、立つ瀬が無い。

 他人からの評価というのは客観的に見られているぶん、的確に臓腑を抉ってくるのだ。

 重苦しく息を吐いて何気なく向こう側にいるティナへと目を向けると、先ほどの微笑とは一転して険しい表情を見せていた。


 それを訝しんでいると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「ミアとは友人ですが……私の一番大切なものはお嬢様の御身です。それが脅かされるような事があれば、私は迷わずお嬢様を優先いたします」


 ティナの言葉には確固たる意思が感じられた。ユルグをまっすぐに見つめる視線は鋭く力強いものだ。

 宣言通り、何かあった場合はどちらかを天秤に掛けるような真似はしないだろう。


「お前はアリアンネの目的を知っているのか?」

「ええ。お嬢様から直接、聞き及んでおります」

「……なるほどな」


 そうなれば、ミアとフィノだけが何も知らないと言うことになる。もちろん彼女たちにバラすつもりはない。知ったところで何にもならないし、秘密にしておく方が何かと都合が良い。


「本音を言いますと、私は貴方のことが好ましくありません。勇者の使命を全うしない貴方に最初は憤っていたのです。その想いは今も変わりません」


 暗い表情をして淡々と述べるティナに、ユルグは内心面白くはなかった。


 部外者に好き勝手言われることもそうだが、彼女はアリアンネから全てを聞いているのだ。それを知った上で勇者の使命などという世迷い言をいうのであれば、それこそ馬鹿にしているというものだ。


「だったらなんだ? お前も俺に潔く生贄になれって言いたいのか?」

「ええ、そう言っています」


 ティナは恐ろしいまでに冷静にそう断じた。


「私はお嬢様のように優しくはありませんから、貴方に同情など致しません。貴方の腑抜けた姿を見ていると、虫唾が走るのです。あの子の……ディトの後継がこんなのでは、あの子が浮かばれない」


 彼女が表情を歪めて語るその話を、ユルグは理解出来なかった。何を言っているのか瞬間的に理解を拒絶していたのかもしれない。


「……何の話をしているんだ」


 ――それだけは、認めるわけにはいかないのだ。



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