記憶の中の勇者 2
一部修正しました。
加筆しました。
誤字報告、ありがとうございました。
三年ぶりにミアの前に現れたユルグは別人だった。
村を旅立つ前の彼は、まだ声変わりも終えてなかったし背丈も二歳年上のミアよりも低かった。
それが、村の同年代の子たちよりも随分と逞しくなっていて、ミアは瞠目するより他はなかった。
「……どちら様ですか?」
「えー酷いなあ。俺だよ、ユルグ」
「はあー……見違えたねえ」
呆然とするミアを見て、ユルグはおかしそうに笑った。
だいぶ印象は変わったように見えるが、話していると昔の彼のままなんだとすぐにわかった。
それに嬉しくなって、懐かしさも相まって話に花が咲く。
今まで何をしていたのか尋ねると、彼曰く、お供の仲間たちと共に方々を旅していたのだとか。
国内のみならず国外ヘも何度か足を運んで、修練も兼ねての武者修行をしていたのだとユルグは言った。
勇者としての彼の責務は、この世界のどこかにいる魔王を倒すこと。
宿敵の居所は掴めていない為、それらしいロケーションを虱潰しに巡っているのだという。
もちろん、そういった場所は凶暴な魔物の生息地でもある。
相当な場数と修羅場を潜ってきたのだろう。ある種の風格のようなものがユルグからは感じられた。
「今回こうして帰ってきたのは、俺の修行に一段落付いたからだ。これからさらに過酷な旅になるから、英気を養っておけってさ」
「そうなんだ……どれくらい居られるの?」
「一週間くらいかな。その間、泊めてもらえると嬉しい」
「なに言ってるのよ。元々、ここがユルグの家でしょ。変な遠慮しない!」
「うん、そうだった」
照れ笑いを浮かべるユルグを見て、なんだか心が温かくなる。
最近は笑うこともめっきり減ってしまった。
「……あの、ここに来る途中で村の人に聞いたんだ。おばさんのこと」
「そっか。もう知ってたんだ」
ミアの母親は一年前に亡くなってしまった。流行病で、手を尽くしたが駄目だった。
「……ごめん」
「なんでユルグが謝るのよ」
「ミアが辛いとき、傍に居てやれなかった」
目を伏せたまま、ユルグは言う。
それを聞いて、やはり彼は昔のままなんだなとミアは思った。
村を出て行く時に、一緒に居られなくなるのは寂しいとはにかんでいた、優しいユルグのままだ。
「私はもう大丈夫。それより、お父さんの方が心配よ。お母さんがいなくなってから元気もなくなって――あっ、ユルグは心配しなくても良いからね! お父さんにはちゃんと長生きしてもらうから」
「……うん」
慌てて取り繕ったけれど、あまり効果はなさそうだ。
ユルグの顔には不安の色がありありと浮かんでいる。
こんなことでは、一週間後に発ってしまう彼も安心して旅立てない。
「そうだ、お腹空いたでしょ。今から食事にするから待ってて」
「うん。俺、おじさんに挨拶してくるよ」
告げて、ユルグは奥の部屋へと消えていった。
===
久しぶりの幼馴染みとの食事はミアにとって、とても楽しいものだった。きっとユルグもそうだったに違いない。
彼は旅の話をたくさんしてくれた。
特に楽しそうに語ってくれたのは、一緒に旅をしているユルグの師匠でもある仲間の話だ。
戦士のグランツ。魔術師のカルラ。神官のエルリレオ。
戦士のグランツは、頼りになる兄貴分のような男だ。でもそれを帳消しに出来るくらい、酒と女と金が好きなクズで街に行くと決まって娼館に入り浸るから、皆――特にカルラに愛想を尽かされていた。
けれど、今まで数々の修羅場を潜ってきた歴戦の戦士でもある。戦闘技術は目を見張るものがあって、ユルグは稽古試合と称して何度も彼にボコボコにされた。
それでも悪い人間ではなかった。
魔術師のカルラは、溌剌とした性格の紅一点。
彼女からは魔術師の基本である攻撃魔法の指南を受けた。といってもグランツと同じ感覚で覚えろと無茶をいうものだから、相当難儀したのだそう。
けれど面倒見もよく、彼らと旅を始めた当初、色々と気を利かせてくれたのが彼女だった。それでも、毎回消し炭しか作れない料理の腕のせいで、彼女との料理当番は毎回悲惨な結果になるのだ。
神官のエルリレオは、とても落ち着いた雰囲気の老齢のエルフ。仲間内ではエルリレオなんて長ったらしい名前で呼ぶのは面倒だから、エルという愛称で呼ばれていた。
彼からは魔法の他に旅で生き抜く知恵、処世術。その他諸々、たくさんのことを学んだ。その知識量はユルグが疑問に思った事を聞くならば全て答えが返ってくるほどだ。
何か問題にぶち当たった時は、まずエルリレオに意見を仰ぐ。グランツやカルラも彼には一目置いていたし尊敬しているのは見てとれた。
そんな彼はユルグを自分の孫のように扱ってくれた。仲間たちでは一番ユルグを可愛がってくれていたのだ。
ユルグが夢中になって語る旅の話をミアはわくわくとした心持ちでずっと聞いていた。
こんなふうに楽しそうに話す幼馴染みの姿をミアは久々に目にする。
それだけで、彼らがどれだけユルグにとって大切な存在なのかがわかった気がした。
「村に帰って来れないのは寂しいよ。でも仲間がいるから頑張れるんだ」
「……そっか。ユルグにとって、とても大切な人たちなんだね」
ミアがそう言うと、ユルグは照れたように笑った。
その笑顔を見て、胸の奥がじんわりと熱くなる。
その瞬間、ミアはユルグのことが好きなんだと気づいた。