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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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口約束にはしないで

 

 酒というものは人をダメにする。

 これはエルリレオの格言であるが、全くその通りだ。今日の出来事で改めて骨身に染みた。



 眠そうに瞼を閉じかけていたミアはそのままベッドに寝かせて。

 酒を飲み干そうと人一倍元気なフィノは、簀巻きにして床に放置。


 散らかった室内をあらかた片付け終えたところで、換気も兼ねて露天風呂へとつながるガラス戸を開け放った。


 既に昼は過ぎており、夕日が周囲を赤く色づけている。

 白い湯気を上げ続けている露天風呂は、景色も相まって最高の贅沢だ。


 後ろを振り返ると、相部屋の二人は仲良く意識を失っている。この機を逃してしまえばゆっくり温泉を堪能することは出来ない。


 そうと決まれば、することは一つしか無い。




 ===




 熱すぎず、かといって温くもなく。

 丁度良い温度を保っている源泉掛け流しの露天風呂に浸かりながら、ユルグが徒然と考えることはこれからの事だった。



 黒死の龍を討つというユルグの目的まであと少しの所まできた。

 しかしそれを成すにはまだ障害が多いことも確かである。


 ――さて。どうやって引き離すべきか。


 ここまで旅をしてきた仲間たちは、各々思惑はあれど易々と討伐には向かわせてくれないはずだ。


 ミアは当然、そんな危険なことはさせられない! と我を通してくるだろうし。

 フィノは、自分も一緒について行く! と言いかねない。


 アリアンネとマモンに関しては、先ほどマモンに言われた通りだ。

 勝てる見込みのない戦いである。むざむざ死地に赴くような事を容認するとは思えない。勇者であるユルグが死んでしまえば、彼女らの計画もご破算なのだ。尚更慎重になるだろう。


 ティナについてはそれほどユルグの行く末に興味があるとは思えない。しかし、彼女はアリアンネの事を第一に考えている。

 土壇場でユルグの思い通りに動いてくれるとは期待しない方が良い。



 まさしく四面楚歌。

 これらすべてを丸め込む妙案など、こうして温泉に浸かっていても浮かんでくるはずもない。


「どうするかなあ……」


 濁り湯に顔半分を沈めて赤い夕日を見つめていると――


「なにが?」


 いきなり真後ろから声を掛けられた。


 ギョッとしながらも背後を振り返ると、そこには泥酔から覚めたのだろう。

 ミアが艶の良い柔肌に薄布を巻いて、しゃがみ込んでこちらを覗き込んでいた。


 しかし、これも男の(さが)というものだろうか。

 幼馴染みの顔よりも、薄布越しにある胸の膨らみに目が行ってしまい、慌てて顔を正面に戻す。


「なっ、なんで」

「酔い覚ましに温泉に浸かろうと思って」


 若干上擦った声で尋ねると、ミアはさして気にも留めずに答えた。そしてそれは、何の変哲もない真っ当なものだった。

 しかし、ユルグが聞きたいのはそういうことではない。


「そうじゃなくて、俺が入ってるだろ。せめて上がってからでも」

「なあんでそう恥ずかしがるかなあ」

「普通は恥ずかしいものなんだよ!」


 声を荒げて反論するも、すぐ後ろにいる幼馴染みからは離れていく気配はない。

 流石にずっとこのままということもないだろう。何を言われようと頑なな態度を取っていればいずれ根負けしてくれるはずだ。


 などという、甘い考えはすぐに消え去ることになる。


「ねえ、一緒に入ってもいい?」

「俺の言ってたこと聞いてなかったのか?」


 ユルグの必死の訴えを聞いて、尚もそんなことを言えるとは。

 この幼馴染みには遠慮というものが無いのか。


「だってもう脱いじゃったし、素っ裸でいるのも寒いんだから」

「だったら部屋の中にいればいいだろ!」

「いいじゃない! 減るもんじゃないんだし!」


 無意味な応酬を経ても、ミアは一歩も引かなかった。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのか。ユルグにはとんと見当も付かないし、たぶん一生わかることもない。

 唯一理解出来た事と言えば、こんなことを続けていても彼女はこの場から離れていかないということ。


「……わかったよ」

「最初からそう言っていれば良いのよ」


 根負けしたユルグに向けてにっこりと微笑むと、ミアは上機嫌で温泉に足を踏み入れた。

 そうしてちゃっかりとユルグの隣に陣取る。


「あの……もう少し離れてもらっても」

「そーいうのは、ちゃんと相手の目を見て言いなさい。なんでそっぽ向いてるのよ」

「だって」

「そんなんだからフィノにも奥手だなんだって言われるのよ!」

「そっ、……それは関係ないだろ!」


 今の台詞は、例え幼馴染みであっても許せるものではない。


 一応、自分でも自覚しているし気にしているんだ!


 ……とは、声を大にして言えるわけもなく。



 幸いというかなんというか。濁り湯のおかげで胸から下は隠れていた。

 それに密かに安堵の吐息を零して、慌てて顔を正面に戻す。



 夕日を見つめて考えるのは、先ほどと同じ。


 ――どうやって引き離すべきか、ということ。


 確かに説得は難しいだろう。しかし、小難しく考える必要は無い。

 しっかりと向き合って話し合えば、ユルグの知る幼馴染みならきっと分かってくれる。


「ミアに話があるんだ」


 まっすぐに目を見て話しかけると、そんなユルグの様子に彼女は少し驚いたように瞠目した。


「どうしたのよ。改まって」

「とても大事な話なんだ」


 こんな場所で話すことではないだろうけど、話し始めてしまったのだから後には引けない。

 何よりもこれは二人きりで、納得のいく答えを出さないことには解決しない問題なのだ。


「この前話しただろ。昔のこと」

「うん」

「自分の口から他人に話したのはあれが初めてだったんだ。……俺はずっと逃げてたんだよ。認めたくなくて目を逸らし続けてきた。でも、それじゃあダメなんだ」


 少し前までなら、自分の命などどうでも良いと思っていた。

 生かされたくせに、そんな考えは間違っていることは知っていた。けれど、それ以外にどうやっても命の価値を見いだせなかったのだ。


 だからフィノに対しても、みっともなく当たり散らすことしか出来なかった。


「あの時、ミアがまっすぐに向き合ってくれたから。俺が何をすべきか。わかったんだ」


 本当は分かっていたのに、気づかないふりをしていた。

 ミアはそれを強引に目の前に引きずり出してくれたのだ。


 過日の話し合いでは喧嘩腰でうやむやになっていたけれど、今ならちゃんと答えが出せる。


「ずっと逃げてはいられない。これだけは俺が始末を付けなくちゃいけないんだ。それが出来なきゃ、前に進めない」


 まだその先のことは、ユルグにも分からない。けれど、越えなければならない一線がある。それを野放しにしていては、どこにだっていけない。


 仇を取ることはもちろんだが、これはユルグにとって過去との決別。けじめなのだ。


「……仕方ないなあ」


 全てを聞き終えたミアは、しばらくしてから吐息を零すようにゆったりとした口調でひとりごちた。


「そんなこと言われたら、行かないでなんて我儘いえないじゃない」


 やるせなく笑ったその表情は、物悲しくも見える。

 なんと声を掛けて良いか分からないまま、押し黙っているユルグを置いて彼女は告げた。


「いいよ。あなたの気の済むようにしたら良いと思う。でも、必ず生きて戻るって約束して」

「……わかった」

「でも口約束だけだと少し不安かなあ」


 唇に笑みを乗せて、ミアは奇妙な事を言い出した。

 ……よっぽど信用ならないのか。


 彼女の言葉の意味を図りかねていると、


「ちゃんと誓ってくれないと」

「……誓うって、なにを」


 誓約書とか、そういうものを書けと言っているのだろうか。

 そんなことを呑気に思考していると、ミアは思ってもいないことを言い出した。


「なにってあれよ。誓いの口付け」


 さらりと口から零れた言葉に、ユルグは度肝を抜かれた。

 開いた口が塞がらずに呆けた顔をしていると、そんな幼馴染みを心配してミアは顔を覗き込んでくる。


「まだ酔ってるだろ!」

「そんなことはありませんー、ちゃあんと素面ですから!」

「だったらなんでこんな」


 言いかけて、ユルグは口を噤んだ。

 ミアの気持ちを考えれば、何もおかしな事はない。


 黒死の龍と対峙して、無事でいられる保証などどこにもないのだ。

 最悪、生きて戻ると言った約束だって破ることになるかもしれない。それを知っていていつまでもお預けじゃあ、辛抱も何もあったものではない。


 これについては、自分にも非がある。

 いつまで経っても踏ん切りを付けないから、ミアの方から仕向けてくれたのだ。

 男として立つ瀬は無いが、ここまでされて乗らない訳にはいかないじゃないか。


「……わかったよ。その代わり、目を瞑ってくれると助かる」

「まあ、いいでしょう」


 やれやれといった様子で、ミアは目を閉じた。

 それを真正面から見据えて覚悟を決める。


 そっと指先を伸ばして頬に触れると、息がかかる距離に顔を近づける。

 微かに触れたふっくらとした柔らかな感触に息を呑んで、内心の動揺を悟られないうちに顔を離した。


 ただ触れただけのあれを口付けと呼んでいいものか。

 疑惑の判定に、こんなことならもう少しきちんと習っておくべきだったと遅すぎる後悔を抱いていると、目を開けたミアがじっとこちらを見つめているのに気がついた。


「いまのは、キスって言うのかなあ」

「……俺にはなんとも」

「わからないならもっかいしよっか」

「…………え?」

「一回も二回も変わらないでしょ」


 にっこりと満面の笑みを浮かべて、ミアは首元へと抱きついてきた。

 何が起きているのか、理解が追いつかないなか。


 脳裏にはかつてカルラがのたまった文句が浮かんでくるのだった。




 ===




『キスって言うのはね、好きな相手とするのが一番なのよ!』

「……そーいうもんなの?」

『好きな相手だとね、こう胸の辺りが温かくなって……しあわせ! ってなるの』

「何言ってるかわからないよ」

『いずれ分かるときが来るから。その時が来たら私に大いに感謝しなさいよね』

「なんでカルラが偉そうにするんだよ」

『なんでって、私はアンタの師匠なんだから当然! だからもっと日頃から敬いなさい!』

「ええ……めんどくさ」



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