真昼の酒宴
得体の知れない隣人に一層警戒を強めながら、ひとしきり街中を散策し終えたユルグは宿へと戻ってきた。
しかし、宿へと入る手前でなぜかティナと鉢合う事となった。
「おかえりなさいませ」
「あ、ああ……どうしたんだ、それ」
いつもの調子で挨拶をした彼女だったが、その手には見慣れない物が握られている。
「これですか。ティブロン名物の地酒ですよ」
「……酒? どうしてそんなもの」
ティナが個人的な趣味で買ったとは思えない。
隠れ酒豪ならばなくもない話ではあるが、彼女の性格からは想像も付かない事である。
「宿の店主の方が、各部屋に一本ずつ差し入れてくれまして。温泉を堪能した後、せっかくだから呑んでみようとなったのです」
――大変美味しゅうございましたよ。
口元に微笑を浮かべてティナは感想を述べたが、それと今のこれがどう関係しているというのか。
「……それで?」
「飲み足りないとおっしゃられたので、私が今しがた買いに走っていたというわけです」
「……なんとなく状況はわかった」
つまりは揃いも揃って部屋で酒盛りをしているわけだ。
この状況。どういうわけか覚えがある。
よくグランツに、酒が足りないからお前買ってこいと尻を蹴られていたのだ。
苦い記憶に顔を顰めながらティナと一緒に、酒盛りをしている三人部屋へ戻る。
ドアを開けて見れば、足元に転がってきたのは空の酒瓶。
室内の中央にあるテーブルには、酒盛りを楽しんでいたであろう三人がだらしなく突っ伏している。
「あぁ~おかえりぃ~」
赤ら顔で気の抜けた声でこちらを見上げたミアは、机上の酒瓶を引っ掴んで自分のマグに注いでみせた。
そうして挨拶もそこそこに、それをぐいっと飲み干す。見事な飲みっぷりである。
『すっかり出来上がっておるなあ』
室内の惨状を見て、マモンが呆れたように声を上げた。
それに同意するようにユルグも自然と顔を顰めていた。この状況に対してもだが、何より部屋中に漂っている酒気にである。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」
「それは……お嬢様が楽しげだったもので、つい」
ユルグの叱責にティナは申し訳無さそうに俯いた。
彼女の大切なお嬢様は、先ほどからテーブルに突っ伏して身動きすらしない。
元々酒にはそれほど強くないのか。寝入ってしまっているようだ。
それを介抱しようとティナはアリアンネをおぶると、部屋を出て行った。それにマモンも着いていって室内に取り残されたのは三人だけ。
それと入れ替わりでティナがテーブルへと置いていった酒瓶に手が伸びる。
地酒を奪い取っていったのはフィノだった。
「ふぅ~んふふ~ん」
上機嫌に鼻歌なんぞを歌いながら栓を開けると、なみなみと液体をマグへと注いでいく。
見れば彼女の周りには二本三本と空瓶が転がっているではないか。
その数をみれば、ティナが買い出しに出掛けたのは先の一回だけではなさそうだ。
「飲み過ぎだ」
「あっ!」
これ以上飲ませるわけにはいかないと酒瓶を奪い取ると、そこでやっとフィノはユルグの存在に気づいたのだろう。
どことなく焦点の合っていない目をこちらに向けて、頬を膨らませて抗議してきた。
「かえして!」
テーブルを両手で叩いて立ち上がったフィノは――しかし、ふらふらと覚束ない。相当酒に酔っているのだ。
よたよたとユルグへと歩み寄ってきたと思ったら、手中にある酒瓶へと手を伸ばしてきた。
「ケチ! オクテ! かいしょうなし!」
「そ……っ、うるさい酔っ払い。もう十分飲んだだろ」
「そんなことないもん!」
あろうことか、フィノはすぐ分かる嘘を吐いて疑惑を煙に巻こうとした。
そんなあからさまなものに引っかかるほど節穴ではない。
「ユルグものんだら? ほら、ここすわって」
「いや、俺は」
フィノとじゃれ合っていると突然ミアがユルグの手を引いてきた。
成されるがまま彼女の隣に腰を下ろすと、その隙を狙ってフィノが奪われた酒瓶を奪取していく。
「えんりょしなくてもいいのに」
したり顔でユルグの正面にマグを置くと、そこに酒を注いでいく。
「はい、かんぱ~い」
ちゃっかりと自分のにも酒を注いで、フィノは上機嫌にマグを掲げた。
そしてこの席にユルグを招いたミアは、彼の左腕を取ったかと思うとそのまま身体に寄りかかって動こうとしない。
「このっ、……酔っ払いどもめ!」
――辛抱たまらず、ユルグが叫ぶのにはそう時間は掛からなかった。




