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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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大穴の底

 

 その姿を目にした瞬間、帝都の神殿で僧侶に言われた言葉を思い出す。


『瘴気の毒に冒されたものは殺せない』


 ――なるほど、これを見てしまえば納得だ。



 ユルグの真正面に立っているヒト型の何かは全身が黒ずみ、顔は容姿の判別もつかない。唯一口だけがぱっくりと開けられており、そこからドロドロとした黒色の液体が止めどなく溢れてきている。


 ふらふらと覚束ない足取りでかろうじて立ってはいるが、こちらへ歩むたびにいつ転んでもおかしくない有様である。


 これを人間というには、あまりにも化物じみている。

 しかし、これが瘴気に毒された者の末路なのだろう。


「とーちゃん!」


 背後からギィルの叫び声が聞こえてきた。それに相対しているユルグは目を見開く。


「……っ、これが?」


 剣を構えたまま目の前の何かを睨み付ける。


 どういうわけか立って動いてはいるが、あれに人の意識があるとは思えない。それにあそこまで瘴気に冒されているとなるともはや助けることなど不可能だ。


 幸いと言うべきか。あの化物にはこちらを襲おうという明確な敵意は見受けられない。ただ突っ立って夢遊病者のようにふらふらと歩いているだけだ。

 放って置いても害にはならないだろうし、この祠の中から出ることだってないだろう。


 ならば早々にギィルを回収して外へ連れ出せばこの問題は解決である。



 そう落着を付けて振り返ろうとした矢先、遅れて内部へと侵入したアリアンネがユルグの傍へと駆けてきた。


「勇者様、あれは?」

「どうやらあの人間もどきが、こいつの父親らしい」

「……そうですか」


 ユルグの言葉を聞いて、アリアンネは表情を歪めた。


 このお優しい皇女様のことだ。後ろのガキを想って苦心しているのだろう。


 そんな態度に内心苛立ちを覚えていると、先ほどまでだんまりを貫いていたマモンが彼女の影から姿を現わした。


『お主が気負うことはない』

「マモン……ですが」

『どのみちああなってしまえば、助ける手立てなど無いのだ』


 どうやらマモンは目の前の化物の子細について知っているらしい。


「あいつは生きているのか?」

『さあな。意識がある状態を生きているとするならば、そうなのであろう。しかし、そう言うには憚られる存在であるのは確かだ』


 マモンが言うには、瘴気に冒された人間は皆ああなってしまうらしい。わかりやすい言葉で言い表すならば不死の怪物である。


「死なないっていうのか?」

『うむ。魔物と違って殺そうとしても死なないのだ。どれだけ切り刻もうが燃やそうが、頭を潰そうとも再生してしまう』


 それを聞いた途端、違和感を覚えた。

 以前虚ろの穴で退治した獣魔も瘴気の毒に冒されていた。しかし、しっかりと殺せたのだ。

 けれど、条件は同じはずの人間は殺すことの出来ない不死身へと変貌する。


 この違いはなんなんだ。


「どうして人だけがそんな状態になる」

『おそらく……それだけ憎悪が根深いのであろう』


 ユルグの問いかけにマモンは妙な答えを示した。

 それに訝しみながら、視線を眼前の不死人へと向ける。


「マモン。あの方を救ってあげられる手立てはないのですか? あのままでは可哀想です」

『言ったろう。あれは殺せないのだ。どうすることもできん』

「ですが、それではあの子が」


 アリアンネの言葉はギィルを心配してのものだった。

 彼女の言う通り、ああして立ち上がって動いている父親だったものを目にしては、死んだと説いても聞き入れないだろう。


 つまり、この場からあのガキを引き剥がすには悪役が必要になるわけだ。


「あれを無力化するには、あの大穴に落とすのが手っ取り早いってことだろ」

『うむ……』


 それを分かっているから瘴気の毒に冒された人間をこの場所へ安置するのだ。

 本来ならあの穴へ落として処理するのだろうが、あの男はアンビルの衛兵をやっていたという。ここへ運び込んだ者たちも流石にそこまでは非情になれなかったようだ。


 それ故に、こうして尻ぬぐいをさせられているわけである。



 うんざりしながらも、淀みない足取りで不死人へと近付く。


 手の届く距離まで近付いても、化物はユルグに見向きもしなかった。

 それを見留めてから、ゆっくりと剣を振り上げる。


「――やめろぉ!」


 その瞬間、何かが足元へと縋り付いてきた。

 何事かと目を向ければ、ユルグの凶行を止めるようとしたのだろう。ギィルが弱々しい力で足元へと組み付いていた。


 それに意識が逸れた一瞬――


「ウ゛オ゛オ゛オ゛ォォォ!」


 先ほどまで何の反応も見せなかった怪物が、いきなりこちらに手を伸ばしてきた。


 ボタボタと体液を振りまきながら掴みかかろうとする腕から逃れようにも、この状態である。容易に身動きなど取れない。


「――っ、クソが!」


 悪態を吐きながら、咄嗟に振り上げていた剣を真っ黒な体躯に打ち下ろす。


 ユルグの予想に反して、手応えは十分だった。以前に相対した獣魔と同様であれば手こずると思っていたがそうでもないらしい。

 普通の生物を斬り付けた時と同じ感覚で何の問題もなく、不死人はどっかりと地面へと倒れ伏した。


 しかし、すぐに起き上がろうとしている所を見るに、どうやらマモンのあの発言は嘘偽りではないみたいだ。


 どんなことをしても死なない。


 現にユルグが斬り付けた傷はものの数秒で塞がって元に戻っている。

 得体の知れない敵へと意識を向けながら、ちらりと足元を見遣るとそこには必死にユルグの足元へと縋り付くギィルがいた。


「お前、死にたいのか!」

「だ、だって。とーちゃんが」

「あれのどこがお前の父親だって? ちゃんと見てみろよ」


 ギィルの首根っこを掴んで片手で持ち上げると、ずいっと目の前へと突き出す。


 彼の眼前にいるのは既に生前の面影すら無くした、ヒトの形をした何かだ。

 それをマジマジと突き付けられてギィルは大粒の涙を流して泣き喚いた。


「わかっただろ。あれはもうお前の知っているとーちゃんなんかじゃないんだ」

「……っ、でも」

「口答えするな! いいからさっさとお前は母親の所に戻ってろ!」


 これ以上、ガキの相手なんて御免だ。


 振り返って後ろへとギィルを放り投げる。着地点はフィノの真上だ。


「そいつを連れて外に出てろ」

「わかった!」


 くるくると宙を舞ったそれを、危なげなくキャッチしたフィノに向かって声を張り上げる。

 ユルグの指示通り、フィノはギィルを抱きかかえると石扉へと駆けていった。


「なにもあそこまでしなくても」

「これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だよ。だから、さっさとこいつを片付ける」


 アリアンネの非難を流して、再び不死人と対峙する。


 よろよろと起き上がったヒトもどきに、下段からの強烈な斬り上げをお見舞いする。

 斬り付けた体躯は衝撃で浮き上がって、大穴の淵まで転げていく。

 それを間髪入れずに追いかけると、蹲ったままの身体を蹴り上げた。


 ユルグの目論み通り、不死人は大穴の底へと吸い込まれていった。

 この穴の底がどこまで続いているかは分からないが、一度落ちてしまえば登っては来れないだろう。

 これにて一件落着というわけだ。


 たいして疲れるようなことはしていないが、なぜか疲労感が増したように思う。


 ――やはり余計な人助けなどするべきではないな。


 などと思いながら、ユルグは改めて祠の内部を見渡した。


 ここもスタール雨林の祠と同様の作りである。

 中央に大穴、その上にはアーチ状の祭壇。そしてそこに奉られている奇怪な漆黒の匣。

 ユルグの目的はあの匣だった。


「マモン」

『なんだ?』

「あの匣をここから持ち出したらどうなる」

『……そうさな。今以上に瘴気の抑えが効かなくなるだろう。あの街などひとたまりもない』

「そうか。わかった」


 以前あの獣魔と戦った時に、体躯を覆っていた靄を消して倒すことが出来たのは、あの匣のおかげだった。


 ユルグが追っている黒死の龍は瘴気の影響を受けている魔物である。

 無策で挑んでも、あの時の二の舞になるだけだ。それが理解出来ないほどに自惚れてはいない。

 相対するのならば、仇は必ず討つ。その為の準備はしっかりとするつもりだ。


 その一つが、あの匣による瘴気の無効化である。

 確証はないが、おそらく黒死の龍にも効果はあるはずだ。


 そう思ってこうして虚ろの穴に赴いたが、マモンの言う通りあの匣を持ち出してしまえば今以上に魔物の襲撃が酷くなるだろう。

 流石にそれはユルグの望むところではない。


「……なかなか上手く行かないもんだな」


 ひとりごちて、外へ出ようと歩き出したユルグだったが、視界の端にアリアンネの姿が映って足を止める。

 彼女は何やら真剣な表情をして大穴の中を覗き込んでいた。


「何をやっているんだ?」

「勇者様」


 声を掛けて、ユルグも同様に大穴を覗く。そこにあるのは底知れぬ暗闇だけだ。以前見たときと何の変わりもない不可思議な光景が眼下に広がっている。


「いったい、この穴の底には何があるのでしょうね」

「底なんてないよ」


 以前、確認した時と同様に魔鉱石を取り出して〈ホーリーライト〉を込めると、穴の中へと落とす。

 やはりこれも同じようにすぐに暗闇に飲まれて消えてしまった。


「これは底無しの、ただの大穴だ」

「……そうでしょうか」


 アリアンネはユルグの答えを否定した。


「わたくしは、この穴の中に何か恐ろしいものが潜んでいる気がするのです」

「……何か化物がいるって言いたいのか?」

「上手くは言えませんけど……こんなものを撒き散らすのですから、よっぽど人を恨んでいるのでしょうね」


 掴み所のない世迷い言に、こいつは何を言っているんだとユルグは顔を顰めた。

 例えそうであってもこんな大穴に落ちてしまえば助かる術などないし、確認のしようもないのだ。


「変なことを言ってないでさっさと戻るぞ」

「……そうですね」


 先に石扉へと向かうアリアンネの背後を追って、ユルグも祠の外へと出る。


 そうして、奇妙な余韻を残しながらもこの事件は事なきを得たのだった。





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