記憶の中の勇者 1
一部、加筆修正しました。
「そうですね。わたくしでも追われれば手の届かない国外ヘと逃げます。ミアの予想は当たっていると思いますよ」
ユルグを追うに当たっての所見をアリアンネへと話すと、彼女は的確な答えをくれた。
「でも、問題はどうやってデンベルクへ向かうか、だよね」
ミアは国境を越えるための通行手形は持っていない。
国に発行してもらうにしても申請には時間が掛かる。一日や二日で済むことではない。
「わたくしも通行手形は持っていません。でも心配無用です!」
彼女は赤のローブを羽織った、そのフードの奥から何やら自慢げにミアへと目線を向ける。
「関所を通らないで国境を越えれば問題ありません!」
「――えっ、えええええ!?」
まさかこんな破天荒な事を言い出すなんて、ミアはこれっぽっちも思っていなかった。
確かに今すぐユルグを追いかけるならそれしか方法は無い。
けれど、国境付近の森――迷いの森は凶暴な魔物が多く生息していると聞く。
到底、女二人で抜けられるとは思えない。
そもそも、ミアはただの村娘だ。
畑仕事ならしたことはあるが、剣を握ったことも魔物退治をしたこともない。
「それ、大丈夫なの?」
「ええ、わたくしこう見えてもかなり腕が立つのですよ。それにマモンもいますから」
『あの森に棲んでいる魔物くらいなら、己の敵ではないぞ。安心するが良い』
なんとも頼もしい返答に、これならユルグを追いかけられると意気込んだミアだったが、既に夕刻時だ。これから迷いの森へ向かうと夜になってしまう。
「今日は私の家に一泊して、明日の朝向かうことにしない?」
「そうですね。夜の森は危ないですし、ここはミアのご厚意に甘えましょう」
ヴィリエの村人は出立準備の前にミアが弔って無人である。
魔物に壊された家屋もあるが、彼女の家は損害もなく残っていた。
客人へと簡単な食事を用意して、二人と一匹は食卓に着く。
マモンは食事いらずのようなので、ミアとアリアンネの分だけだ。
温かいスープを食べていれば、ふとアリアンネがこんなことを言い出した。
「ところで、なぜ勇者様はお尋ね者なのですか?」
「私も詳しくは知らないんだけど、街では仲間に手を掛けたって」
「ミアはそれを信じているのですか?」
「……どうなんだろう」
彼女の問いに、ミアはすぐに答えられなかった。
ユルグを信じているのなら、そんなことはないと否定できる。
けれど、ミアの脳裏にはあの時のユルグが焼き付いていた。信じたくはないけれど、難しい。
「もし良かったら勇者様のお話、わたくしに聞かせてもらえないでしょうか」
「……ユルグの」
「他人に話して、整理が付く事もあると思いますよ」
アリアンネは優しげに微笑んだ。
その微笑にミアは静かに頷くのだった。
===
幼馴染みのユルグがヴィリエの村を出て行ったのは、今から五年前のことだ。
当時、彼はまだ十四歳になったばかりで、今まで剣すら握ったこともなかった。
体型も標準的で、畑仕事を手伝ってくれるので多少は筋肉も付いており引き締まってはいるが、それでも一般的な普通の少年だった。
魔物と戦った事も無い。たまに村外での目撃談を聞くと平気そうな顔はしているものの、内心怖がっているのが傍で見ているミアには筒抜けだった。
要するに、ミアの幼馴染みであるユルグは到底、『勇者』なんていう肩書きは似合わない。ただのどこにでもいる村人だったのだ。
そんなありふれた日常を送っていたユルグに、突如、女神の神託が授けられた。
『勇者』なんて凄いものを授かった幼馴染みを、ミアは自慢に思った。
村の大人たちも誇らしいことだと口を揃えて言う。他の子供たちは、それはもうたいそう羨ましがっていた。
けれど、ユルグだけはなぜか悲しそうな顔をするので、それが彼女には不思議に思えた。
とても凄いことなのに、ちっとも嬉しそうではない。
どうしてだとユルグに問うと、彼は恥ずかしそうに言い淀んだ後、こんなことを言った。
「ミアと一緒に居られなくなるのが寂しいんだ」
はにかんで答えたユルグの言葉に、ミアは理解が追いつかなかった。
今までずっと一緒だったのだからこれからも一緒なんだろうと、漠然とそう思っていたからだ。
その二日後、彼は迎えに来た兵士と共に王都へと旅立っていった。
次にユルグと再会するのは、それから三年後のことだ。




