破竹を破る
そういえば、あの時のアレはなんだったのか。そう思い立ったのが今回の事の発端だった。
「――コツ? フィノにきくの?」
ユルグの質問に、フィノは目を見開いたまま自分で自分を指さした。
彼女へ問うたことは、何のことはない。
風魔法によるエンチャントの事である。
あの渓谷でのフォーゲルとの戦闘で、ユルグの放った風魔法のエンチャントによる斬撃はどういうわけか途中で不発と相成った。
その後、原因の解明を自分なりにしてみたが、おそらくあれはかなり高度な魔力操作を要するのだろう。
ユルグが今までやっていたような、炎や氷などの魔法をエンチャントするのとは訳が違う。ただ付与するだけでなく、その後も纏わせた風の強弱などをしっかりと調節しなければ途端に効力を失うものなのだ。
言わずもがな、戦闘に魔鉱石を用いているユルグはそういった繊細な魔法のコントロールを苦手としている。
それだけに集中するのなら出来なくはないが、敵を相手取っている最中では疎かになってしまいとてもじゃないが維持できない。
一瞬だけならまだしも、長時間使い続けられるものではないのだ。
しかし、苦手だからと言ってやらないのは勿体ないし、戦略の幅を狭めることにもなる。
――ということで、こうして聞き取り調査をしているわけだ。
「んー……わかんない」
唸りながらフィノが出した答えは、予想した通りのものだった。
こいつに期待する方が馬鹿を見るという、最たるものである。
「でも、むずかしくないよ」
さらっと言ったフィノの言葉にユルグは顔を顰める。
こいつは今までの話を聞いていたのか?
わかっていてわざとそんなことを言っているのなら、随分と肝が据わっているものだ。
「勇者様は魔法の扱いは苦手なのですか?」
「いや……どうだろうな。普通だとは思っている」
そういうお前はどうなんだと問うと、アリアンネは胸を反らした。
「わたくしは、ほら。ご覧の通りです」
言って、薪の組み木へと手のひらをかざすと、火球が勢いよくそこに着弾した。
それを遠目で見ていたミアが驚きに声を上げ、ティナはびくりと肩を揺らす。
一瞬でメラメラと燃え盛る篝火を目にして、これはどうコメントをするべきか。
「……なんていうか、大雑把だな」
出し惜しみせず、最大火力で魔法を扱っているような、そんな感じである。これと似たものをユルグは知っている。
なんたって、ユルグの師であるカルラもこんなタイプだったのだ。
「魔法の扱いが上手いっていうのは、エル……俺の師匠や、フィノみたいな奴の事を言うんじゃないか?」
「んぅ、そうなの?」
突然のお師匠の発言に、フィノは驚きに目を円くさせた。
今のは褒めてくれたのだろうけど、魔法の扱いについてはまだまだなのだ。ユルグやアリアンネのように高威力の魔法も、扱える種類だって少ない。
それを差し置いて名指しされるのはなんだか変な感じである。
そんなフィノの心中を察してか。ユルグは補足を入れる。
「魔法って言うのは力任せに使えれば良いってものでもないんだよ。むしろ繊細なコントロールをする方が集中を要するし、神経も使うしで大変なんだ」
「へえ~」
「それを狙って出来るって言うなら、たいしたもんだよ」
少しだけ口元に笑みを乗せて賞賛したユルグの言葉に、フィノは胸がいっぱいになった。
なんとも表現しがたい充足感である。これはもう自分は認められたと思っても良いのではなかろうか。
しかし、
「まあ、その他がなってないんじゃ、お話にならないけどな」
嘲笑を含んだユルグの言動に、フィノは頬を膨らませて抗議する。
「むっ! それ、どーいうこと!?」
「言葉通りだよ。まだ俺から一本も取れてないだろ」
帝都を出てからの旅の最中、ミアとの座学の傍らたまにユルグとも稽古を付ける場合があった。
やはり座って勉強するばかりでは身体が鈍ってしまうのだ。
フィノの主張にそれも然りであるとユルグも同意した為、旅の合間の時間を見つけて手解きを受けていた。
しかし、既に両手の指の数ほど回数をこなしているにも関わらず、フィノはユルグから一本も取れていないのだった。
先ほどの彼の発言は嘘偽りのない事実なのである。
「あれは、おししょうがズルするから!」
「人聞きの悪い事を言うな。俺がいつお前相手に卑怯な手を使ったって言うんだ」
――そんなの、数え上げたらキリが無い!
足払いからはじまり、小石を投げつけて気を逸らしてきたり。
この旅が始まってからは、稽古場所は木々が生い茂って、足場の悪い場所が主だった。それを良いことに、いつもいつも正面からやり合おうとはしないで、上手く攪乱されて気づいたら毎度負けている。
仮にも稽古を付けるのだから、もっとまっすぐに向き合ってくれても良いじゃないか!
……というのが、フィノの言い分だった。
「正面から戦ってねじ伏せられるなら、俺だって苦労はしないよ」
溜息交じりにユルグは答える。しかし、それを聞いて納得できるほどフィノの心は広くない。
彼の言わんとしていることも分かるのだ。しかし、まだ基本の途中である。剣士としては半熟未熟なフィノには些か高すぎるハードルである。
「……つまり、もう少し優しくしろって言いたいのか?」
「そーいうこと!」
「師匠の教育方針に口出すなんて、生意気になったもんだよ」
嘆息してユルグはどうしたものかと空を見上げる。
今は夕刻時。昼頃に野営を畳んで、そこからアンビルを目指して進行してきたが何事もなく。夜を明かすためまた野営準備に入っているところだった。
ユルグもただ荷馬車の傍を歩いて付いてきているだけだし、昨日よりは疲れてはいない。
完全に日が暮れてしまう前に稽古を付けてやれなくもないが……なんだか最初の論点から話がズレているような気がする。
「……まあ、良いか」
落着を付けてフィノに向き合うと、彼女はまだ不満そうにしていた。
「そこまで言うなら、ちゃんと相手してやるよ」
「むっ、……ほんと?」
「その代わり、手加減はしないからな」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべるユルグに、フィノは勇んで不敵な面構えをする師匠を睨めつけるのだった。




