#10.1 憂える風
えー、ここは迷子救出本部になります。この本部の目的は、世界のどこかで泣いている迷子を助けだすことにあります。そして、そのために特別に設置された組織なのです。
では早速、その活動を覗いてみましょう。まずは迷子さんの紹介です。
友達を迎えに行ったまま行方不明となり、現在は世界のどこかを彷徨っていると推測される、自称「ケイコ」さんです。その「ケイコ」さんは右も左も西も東も分からないアホの子です。もし見かけた方がいらっしゃいましたら迷子救出本部までご連絡ください。友達のマチコさんが心配していますよ、では。
◇
「ヨシコぉ、今、あの子のはどこにいるのよぉ」
迷子救出本部であるケイコの家で、捜索方針を練るマチコと相談役のヨシコです。そこでマチコが『わざわざ』ケイコを探している訳とは。
その前に、風の子の便利な機能を説明しておきましょう。実はケイコに限らず、風の子は『家に帰る』と思うだけで、どこに居ようとも家に帰ることが出来るのです、便利ですね。因みに『家』というのは、殆どが寝るだけの場所となっています。
では逆に家から外に出る時は、『何時もの場所』から外に出るか、『家に帰る』と思った場所に戻ることが出来ます。どちらを選ぶかは本人次第です。
ということで、陽が暮れるのを待てば、それぞれの家に帰って来ますので、どこに居ようとも会うことは出来るのです。それが今回の件では、外出後、一度も家に戻っていない、ということになります。
そう云えばケイコは夜に移動し、風に乗りながら寝込んでいました。よって、家に帰る、という行為をしていないので、家が空っぽのままということになります。しかし、そんな事情など知る由もないマチコです。
因みに、マチコが留守にしていた三日間、夜はスヤスヤと葉っぱベッドで眠ていたケイコですが、同時にマチコも自分の部屋で寝ていたのです。もしケイコが夜な夜な起きてマチコの部屋を覗くことがあったなら、そこにマチコの姿を確認できたことでしょう。
さて、話は戻って、マチコの問いに答えるヨシコです。
「そうくると思ってたさ。なんだかんだ言って、心配なんだね〜あの子のことがさ〜」
ヨシコの返答に難しい顔をするマチコです。そして、
「別にぃ、そういう訳じゃないわよぉ。私はねぇ、気が短いだけよ。どうせどっかで遊んでるだけなんだからぁ、全くぅ」と目を逸らしてしまいます。そんなマチコに、
「はいはい」と答えながら、何やら大きな紙を丸めたものを持ち出し、その端を掴むように催促するヨシコです。
「なによ、これぇ」とマチコが広げていくと、小さな黒板くらいの大きさになったでしょうか。
「地図さね」と、どこかエヘン顔のヨシコです。
「地図?」
「そう、今ケイコがいる場所が分かる便利な地図だよ」
「そうは言ってもねぇ、見えないわよぉ」
地図の端を持っているため見えにくいマチコです。それに何時も暗いケイコの家では尚更です。月明かりだけでボンヤリとしか見えません。
「注文の多い子だね〜。じゃあ、手を離してもいいよ」と言っているヨシコは既に手を離していました。それを見たマチコは、
「もうぉ」と手を離しましたが、大きな地図は下に落ちることなく、プカプカと浮かんでいるのでした。しかしまだ暗くて、よく見えないマチコです。地図にグッと顔を近づけましたが、何が何だか、「ヨシコぉぉぉ」です。
「贅沢だね〜。ほれ」
ヨシコが手を上げて指パッチンをすると、あら不思議。今まで夜だった景色が一転、昼間のように明るくなりました。これに、
「もうぉ、最初っからそうすればいいのにぃ」とホッとしたマチコに、また指パッチンで夜に戻してしまうヨシコです。「なんでよぉぉぉ」です。
「まあまあ、そう慌てなさんなって。ほれ、見てみれ」と地図を指差すヨシコです。それにウンザリするマチコが地図を見ると——あら不思議。地図の模様が輝き出し、ある一転が赤く点滅していました。そこがケイコの現在位置です。
「はあ? 何でこんなところに居るのよぉ」
マチコが不思議がるのも無理はありません。赤い点滅がマチコたちが居るところから、ずっと東の方にあったからです。それは則ち、逆の方向に移動していることを意味します。何故ならマチコが里帰りした都会は西の方にあるのです。
「さあ、どうしてでしょうね〜。ちゃんと、西って教えたのにね〜」
そうボヤくヨシコに、「だからよぉ。あの子に西だ東って言っても分かるわけないわよぉ」と嘆くマチコです。
「まあまあ、そこまでアホじゃないでしょう。ほれ、見てみなよ〜」とヨシコが地図を指差すと、移動した軌跡が表示されました。「ほれ、最初はちゃんと西に向かってるじゃん」と、漁港から真っ直ぐ線が延びているのを指でなぞっていきます。そして、どんどん指を動かしていくと、急に反転、ドーンと東に向かって真っしぐらです。思はず「あれれ」と声が漏れてしまいました。そして「とにかく、今はここにいるのよー」と指で線を追ってくのを止めてしまったヨシコです。
「そうよねぇ。途中はどうあれ、今から行って追いつくかしら」と悩むマチコに、
「待ってれば、そのうち一周して戻ってくるよ。それに……」と何かを思いついたようなヨシコです。
「それに? で、なによぉ」
「ほら、ここが変なんだよえ。夜の間だけ異様に移動スピードが速いのよねー」
地図上では風で移動したのと、そうでないものとの見分けがつくようになっている、とても優れた地図のようです。
「それって、どういうこと?」
「たぶんだけど、おそらく、とっても速い風に乗ってるはずなんよ。てーことは、あれだね。早く地球を一周させようって魂胆なのかも、しれないねー」
「それって、誰の?」
「誰って、さあ、誰だろうね〜」と知らない風で知っていそうなヨシコです。
「まあぁ、いいわ。とにかく、行ってくるわぁ」
「ちょい待ち」
「まだ、なんかあるのぉ?」
マチコを引き止めたヨシコは、分厚い本のような時刻表を取り出し、ページを素早く捲っていきます。そうして見つけたのは『追い風』です。その箇所を指差しながらマチコに見せています。
「これに乗って行くといいよ」
「はあ? まあ、いっかぁ」
こうして、マチコを迎えに行って迷子になったケイコを迎えに行くことになったマチコです。
◇