#15.4 夢を追う風
ケイコたちが向かった先は校長室です。そこは別名『開かずの部屋』と呼ばれ、部屋の住人を見た者は誰もいないのです。その住人、つまり校長先生が誰なのか、どこにいるのかは、生徒のみならず先生たちも知らない、そんな不思議な学校なのです。ですから『開かずの部屋』と呼ばれる程、この部屋の中もまだ誰も見たことのない、何故そんな部屋があるのかさえ謎だったのです、今までは。
「ねえ、ここに入るの?」
サチコが震えながらケイコに尋ねましたが、そのケイコは黙って頷くだけです。そのドアの向こうをケイコは知ってる、とでも言うのでしょうか。
「ここに用があるのか? なら入ろうぜ」とシマコがドアを開けようとした時、「あっ」と悲鳴にも似た声を上げるサチコです。それに、「なんだよ、入るんだろう? 簡単なことじゃないか」と言いながらドアを開けようとするシマコです。しかし、ガチャガチャとドアノブを回してもドアは開かず、鍵が掛かっていたのでした。
それに「フー」と安堵の溜息を吐くサチコ、「ちっ」と残念がるシマコです。そこに、
「任せて」と落ち着き払ったケイコがドアに手を翳すと、ギギギギィと音を立てながらドアが開きました。それに、
「フッフフ、フフフ」と壊れた機械のような声を上げるサチコ、「やったー」と喜ぶシマコ、開いて当然じゃのケイコです。
そして、開いたドアから部屋に入るケイコとシマコ、続いて、目を閉じてエイヤーで部屋に入るサチコです。すると、自動ドアのようにバタンとドアが閉まってしまいました。それは風の影響か、はたまた何か得体の知れない力が加わったのでしょうか。「おうっ」と声を上げるシマコ、ピクッとプルプルのサチコ、「うむ」と何かを頷くケイコです。
さて部屋の中は、というと厚いカーテンで覆われた窓は外界を隔て、暗く静かな空間に重く湿った空気が漂っていました。それなりに広そうな部屋ですが、生憎の闇で全体像が隠されている、そんな感じです。序でに冷やっとした空気感にブルっ、です。
トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル。
校長室のある廊下の隅で電話を掛けるミツコです。しかし、相手は不在なのか、一向に出る気配がありません。それもそのはずで、夢から覚めたリンコは鳥さんに乗って旅立ってしまったようです。
「チッ、役に立ちませんね」と舌打ちするミツコです。仕方なく校長室まで歩いて行きますが、その途中で夢から覚めてしまいました。その後味の悪さを苦々しく噛み締めながら起きたそうです。
一方、ケイコたちは闇に支配された、と言っても良いくらいの暗い部屋で佇んでいました。照明のスイッチを探したいサチコ、これから何が起こるんだ、とワクワクするシマコたちは、ケイコの背中を見ています。すると、
「ふふふ、ははは、へへへ。私は思い出したのじゃあああ」と、いきなり叫び出すケイコです。それに返す声が出ないサチコたちです。それでもケイコの叫びは続きます。「ここのどこかに、私の大切な物を置いてきたあああ。それを今、取り戻すのじゃあああ」と言い終わると左手を高く掲げたのです。
すると、その手に、あら不思議、箒のような魔法の杖がどこからともなく現れ、ケイコの手の中に収まったのです。その光景に驚いたサチコです。
「その箒は? あなたは一体? もしかして?」と驚きの声を上げ、
「私こそ、大魔導師、ケイコじゃあああ」と正体を明かすケイコ、というよりも『目覚めた』と言った方が良いでしょう。
そうして、持っている魔法の杖を振り回すケイコ、ビューンビューン、ゴツンです。どこかの壁に箒の柄が、いえ、魔法の杖が当たったのでしょう。その勢いで壁が一回転、扉のように開きました。その先に見えるのは地下に続く階段のようです。
「そこじゃあああ、たぶん」と、その扉に駆け寄るケイコ、そしてそこを覗き込んで「うおおおお」、奥から吹き上げる不気味な風に「私を呼んでおる」、そして「行かねばなるまい」と締め括りました。
そんな慌ただしい展開にヘナヘナと床に座り込んでしまっていたサチコです。そのサチコをニヤリと見つめるケイコ、
「サチコや、この奥に私の大切な宝があるのじゃ。それはのう……まあ、行ってからのお楽しみじゃ。さあ、参るぞ」と同行を催促するケイコです。それに、
「階段を下りて行くのですか?」と尋ねるサチコに、
「臆したのか、サチコや。怖ければここに残るが良い」と険しい顔を向けるケイコ、
「いいえ、長い道程になりそうなので、これで行きましょう」と絨毯を用意したサチコです。それにビックラコンのケイコ、目を丸くしています。
「こ、これはなんじゃというのじゃあああ」のケイコ、なんとなく棒読みのような気がしますが、
「えっ、これはただの絨毯、空飛ぶ魔法の絨毯です」と然りげ無く説明するサチコです。
こんな具合で魔法の絨毯に乗り込むサチコとケイコ、もちろん正座です。そして、地下に続く階段をヒャッハーで駆け下りるサチコとケイコです。
ところでシマコですが、途中で夢から覚めてしまったので、この世界には居ない人となりました。
◇
長い階段もなんのその、一気に魔法の絨毯で突き進むサチコとケイコです。その階段は真っ暗、ではなく、しっかりと照明がついています。ただ、それが蛍光灯なのか、それとも松明なのかは移動速度が速すぎて判別できないところです。
なんだかんだで、先方が一際明るくなって参りました。そこがおそらく終点、お宝の山でしょう。
ふんわりと停止した魔法の絨毯から降りたケイコです。その目の前には扉の無い、小さな倉庫のような建物、そして中は黄金のお宝がザクザクです。これは正しくお宝の山、目が眩むような輝きを放っています。
しかーし、肝心なのはお宝の山ではありません。その山のど真ん中にある、一番大きな宝箱の上にマチコが座っているではありませんか! そう、あのマチコです!
「ちょっとぉ、待ちくたびれた、じゃないのよぉぉぉ」
おっと、何時ものマチコ節の炸裂です。欠伸をしながらの、ひさひさぶりの登場に飽き飽きしている様子、お疲れ様です。それに対峙するのは勿論、大魔道師ケイコ、これからお宝を巡って一戦あるのかー、です。
「マチコや、そこには私の大切な宝物、『魔法の種』を隠しておるのじゃ。それを世界中に蒔き、魔法の力を取り戻すのじゃ。だからはよ、そこを退くのじゃ」
落ち着き払った態度のケイコです。ですが、どことなく『焦り』を滲ませてもいます。それはきっと、避けられない戦いになることを既に覚悟しているのかもしれません。ほら、その証拠に、
「もしぃ、嫌だと言ったらぁ」と挑発するマチコです。因みに思い出しましたが、サチコは到着後すぐに夢から覚めてしまったようです。ということで、一対一の対決、ということになるでしょう。
「そっちがその気なら、こうじゃ、あらったまほんにゃらほんぷー」
いきなり魔法で攻撃するケイコ、どうやら最初から全力でいくようです。魔法の杖の先端から無数の小さな炎がマチコに襲いかかります。それに戦くマチコ、ではありません。手の平にフーッと息を吹きかけると、無数の炎が逆にケイコを襲い始めました! 逃げ惑うケイコ、アッチチーです。
「小癪な真似をおおお」と負け惜しみのケイコです。それを嘲笑うかのように、
「ねえ、勝負は綱引きにしない? それなら、あんたも勝てる、かもよぉ」と提案するマチコ、
「望むところじゃあああ」と、その提案を飲むケイコです。
そこで宝箱から立ち上がったマチコです。すると周囲が一変、高原の見晴らしの良い場所へと移動し、綱引きにはもってこいの状況となりました。
早速、綱を引き合うケイコとマチコです。渾身の力を込めて綱を引くケイコですが、どこか余裕のマチコがジワジワと綱を引き寄せていきます。それは、何もしないで待っていた分、マチコには余力があるからでしょう。それで少しだけ、(もうだめじゃ)と思ってしまったケイコ、その弱気で一気に引かれてしまいました。
ところがです。「こんにゃろうぉぉぉ」とケイコが叫ぶと、複数のケイコが現れ、「「よいしょ!!」」と綱を引き始めたではありませんか。どうやらアレは『秘技、ケイコの根性と友情の証』を発動させる呪文だったようで、一気に形勢逆転です。
しかーし、そんなことは『お見通し』のマチコです。右手を高々と上げると、まるで空をかき混ぜるかのような仕草を始めました。それは、マチコの秘儀、マチコ・トルネードを呼び寄せ、複数のケイコをグルグル・ドバーンしていきます。
これで一対一の勝負となり、勝負は互角、まさに正念場です。
「エイヤー」
「ソイヤー」
ケイコとマチコの真剣な掛け声が、夢から覚めるまで続いたそうです。




