#13.4 遠足する風
誰かが待ち侘びていた夏の風が吹き始めた頃。
夏といえば海、海といえばサーフィン。ということで、砂浜から海に向かって走るケイコとエリコです。そして、「エイっ」と飛び上がると、浜風に乗って沖合へと向かいます。目指すはビックウェーブ、それに挑む今日この頃です。
ケイコたちが走り去った浜辺にはマチコが監視役として、エリコと、序でにケイコを見守っていました。きっと、何かあれば駆けつけてくれることでしょう。
既に、風に乗るコツを会得したエリコです。サッと掴まえた風にケイコスタイルで跨り、ビューンとケイコを追い抜いていきます。
いろいろな事を覚え、上達していくエリコの様を見てきたケイコです。最初の頃は、そんなエリコを微笑ましく見ていましたが、今ではケイコも舌を巻くほどの上達ぶり。いえ、とうにケイコを追い抜いたことでしょう。世代交代と言えるかもしれません。それで、エリコに抜かれながら「ムムム」と呟いているケイコです。
ザブーン、シュワシュワ、ゴゴゴー。
お目当のビックウェーブがやって参りました。その波を通り過ぎてから華麗なターンを決めるエリコ、波に沿って移動し、「とうぉぉぉ」とジャンプ、波の中腹に着水です。そして足の裏に風を送り込み、ススーっと滑って行きます。
一方、ケイコも、やや波の下の方に着水、足の裏に風を……が失敗。波の上を走り始めましたが、波には追いつけず、ポチャリです。そしてそのまま波に煽られて浜辺に到着、最後の波で砂浜に倒れこんだケイコです。
一方、スーッと滑って浜辺に上がったエリコに拍手を送るマチコです。
「やるわねぇ。エリコとなら、あれぇ、出来るかもねぇ」と言い終わると、じっとケイコを見つめるマチコです。そして、「今度は、あんたがぁ見てる番よ」と監視役をケイコと代わりました。それに、
「うん、分かったのじゃ。お姉さんだから見守るのは——」とケイコが返事をしている間に、海に向かって走り出したマチコとエリコです。その背中に向かって、「見守るのは当然だもん」と呟くケイコ、です。
マチコの言う『あれ』とは手を繋いで一緒に滑ることです。それがとうとう実現できる、という思いからなのか、とても張り切っているようです。そうしてエリコと一緒に飛び立ったマチコは、ちょうど良い波を見つけると、
「エリコぉ、一緒に飛ぶわよぉ」と言いながらエリコの手を握り、「さん、はい!」の合図で波に飛び込みました。そして波の上を滑り始めますが、バランスを崩したエリコをカバーしつつ、「ヒャッハー」と豪快に滑り始めたのでした。そしてエリコも、「ハヒュー」と叫びながらマチコと手を繋ぎなら一緒に滑って行きます。
そんなマチコとエリコの楽しそうな姿を浜辺から見守るケイコです。(私だって、やれば出来るもん。だけど……)と、見ている分には簡単そうでも、実際には難しいことを知っているケイコは、憧れるような、それでいて、それが出来ないでいる自分を、(なんだかな〜)と思うのでした。
それでもエリコの監視を怠らないケイコです。いくら、いろんなことが得意になったとはいえ、まだまだお子ちゃまのエリコです。ここはエリコの安全を確保するためにと、お姉さんとしての使命感がケイコを奮い立たせていました。
でも、そんなケイコの心配を余所に海を満喫するエリコたちです。多少の失敗もマチコの的確な補助で、難なく波を乗りこなすエリコです。そして波に挑戦するたびに上達していくのです。それは、そう、もはやケイコは『ただ見ているだけ』の存在になり果てた、かのようです。
(ああ〜、燦々と降り注ぐ太陽、輝く波の飛沫、まばゆいの〜。それは、何もかもじゃて。そう、何もかもじゃ)と思いを巡らすケイコです。それはエリコたちの波乗りが終わるまで、繰り返し唱えた呪文のようでもありました。
しかし、こんな事ぐらいで『へこたれる』ケイコではありません。不得意な波乗りをマスターすべく、こっそりと練習に励んだケイコです。それは一夏をかけて、何度も何度も失敗を繰り返しながらも、少しだけ上達したケイコです。その努力はきっと、次の夏に活かされることでしょう。
◇
秋の訪れを知らせる涼しい風と冷たい風が交差するようになった頃。
森の中で、木漏れ日の隙間からドングリ集めに精を出すケイコです。そして、よいしょ・よいしょとドングリを一箇所に集めながら、その数に満足げです。
ところで、集めたドングリはどうするのでしょうか。はい、特に使い道がある訳ではないので、ただ只管に集めているだけです。そう、集めることに意味があるのでしょう。そうして集めたドングリたちはケイコの家に、大きな山となって積まれていくのです。これはもう、ケイコ・コレクションと呼んでも良いでしょう。
そうして他に誰もいない森の中で、ドングリ集めに夢中になるケイコです。
「ふう〜、今日はこんなところかの〜」
本当はエリコも誘って落ち葉拾い競争でもするはずでしたが、(もう、あの子に教えることは何も無かろう)と、遠くを見つめながら思うのでした。
集めたドングリを前にして、二つ抱えると、それ以上持つことが出来ません。そこで、一つをバッグの中へ、と考えたものの、バッグはそんなに大きくはないのです。これも何時ものことなのですが、つい忘れてしまうケイコです。
(これが、もう少し大きければの〜)と思いながら、どうしたものかと考えていると、ふっと、全然違うことを思い出したケイコです。
それは、そのバッグの由来から始まり、お婆ちゃんから貰った、人から貰った、人の居るところ、街、賑やかなところ、自分は知っている、エリコは知らない、案内できる、お姉さん、エヘン、の順で思い付いたようです。
「そうじゃ、エリコに街を見せてあげよう。うん、これじゃ」
こうして、手に持ったドングリをポイっと放り投げると、エリコを誘いに向かったケイコ、ビューンです。
◇◇
風に乗って街に向かうケイコ、その後ろにエリコを乗せてビューンと突き進んで参ります。最初は少し渋っていたエリコですが、マチコの一押しもあってか、余り期待せず同行している様子です。
「エリコや。これから向かう街はの〜、人がうじゃうじゃ居るのじゃ。それに心を奪われるでないぞ」
張り切るケイコの声に「うん」と小さく返事をするエリコです。しかし、街に差し掛かる頃になると、ポツンポツンと見えてくる建物に、「おお」とか「わあ」と次第に声が大きくなっていくエリコです。そして街中に入ると、急に増えた建物と往来する車や大きなバスに、「おおおおお」と声を上げ続けるエリコです。
そんなエリコの燥ぐ声を聞いていると、自然と得意満面になるケイコです。更に風を無用にクネクネさせて街中を疾走して行きます。
「エリコや、私らはの〜、人からは見えておらぬからの〜、気をつけるのじゃ」
「へえ〜」
エリコの返事が変わったことに、更に意気が上がるケイコです、まだ注意事項が続きます。
「まあ、中には私らに気づくアホな人もおるがの〜。それとじゃ」と勿体振るケイコは、耳を澄ましてエリコの反応を待ちます。するとすぐに、
「それで?」とエリコが聞き返してきました、ニンマリのケイコです。しかし、
「ああ〜、なんだっけ。まあ良い。着けば分かるのじゃ」と、言いたいことを忘れてしまうケイコです。それに、
「ほお」と訝るようなエリコです。それはケイコを見透かすような、そうでもないような。で、ちょっとだけ焦るケイコです。
◇◇




