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ケイコとマチコ、ときどきエリコ  作者: Tro
#9 世界に吹く風(お迎え編)
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#9.2 お迎えの風

チャポーン。


陽が暮れた漁港の埠頭に立つケイコです。その足元では小さな波がチャポーンと埠頭に当たり、夜の海がそこにあることを教えてくれます。


何故ケイコがここに来たのか。この辺に潜んでいればマチコに会える、とでも思ったのでしょうか。いいえ、そうではなく、港が世界に通じる玄関だと思っているケイコです。そこは世界と自分とを繋ぐ場所、その先に、見知らぬ世界に旅立ったマチコが居るのです、と思ったケイコです。


では、ここから先はどうするのでしょうか。


ポンポンポン・ボーボコボコ。


ちょうどそこに電飾で一杯の船が通り掛かりました。それはそれは眩しい光景です。よって、当然のように引き寄せられるケイコは、


「トウォォォ」と未知への世界へと飛び出したのでした、トウォ。


ポンポンポン・ポコボーン。


船に乗り込んだケイコは、礼儀正しく船長の元へと挨拶に向かいます。決して無断で乗ったりしない、義理と筋を通すケイコです。でも運賃を払うつもりはありません。


操舵室までフラフラと飛んでいくケイコです。ですがそこは海の上、上下左右に揺れまくっています。おまけに『がなり立てる』船のエンジン音で心を乱され、道具満載の甲板の上を上手く飛ぶのは至難の業。途中、「まぁいっか」と諦めかけたところで、『それはダメだよ』という風がビューンと吹き、それに押されて到着です。


「たのもー」


ケイコが、舵を握る船長に声を掛けましたが、気がつかないようです。そこで、もっと近付こうとした時、親切な風がケイコを運んでくれました。それはちょうど船長の頬にケイコが衝突するくらい、気の利いた風でした。


「痛っ、なんだ?」


ケイコがぶつかった頬を摩りながら、当たりを見回す船長です。そして小さな悪魔を、いいえ、『漁の神様』を見つけ、驚き、目と口を大きく開けて倒れそうでした。その様子を見ていたケイコも一緒に驚いています。


「おっちゃん?」


船長に恐る恐る声を掛けるケイコです。例の『おっちゃん』だと思ったのですが、どことなく違うようです。強いて言えば『おっちゃん』とオーラが似ている、そんな感じでしょうか。


「おお? おお! もしかして、貴女様は相棒! 様ですか? じーちゃんから聞いてたけど、本当かよ! 参ったなー」


何が『マイった』のか分からないケイコですが、聞き覚えのある『相棒』の一言でビクビクが治り、平常心を取り戻しました。


「そうじゃ。ちと、世話になるぞ」


ケイコの偉そうな態度に感心する船長です。そして会話が出来ると分かると、「相棒様は本当に神様なんですね。ちょっと、その、尻尾を見せてもらってもいいですか?」と既に鼻の下を伸ばしながらケイコに迫ってきました。それは世代を超え受け継がれた習性のようです。それに身構えたケイコは、


「無礼者め、こうじゃ」と背中の羽を一振り。すると船長の髪の毛が逆立つ程の突風が船長を(いまし)めたのでした。


「おっ、おおぉぉぉうおぉぉぉ、お許しをぉぉぉ」と恐れ(おのの)く船長です。これでもう、『おいた』はしないことでしょう。早速、風が止むと、「神様は、その、どのような御用件で俺のところに参ったのですか?」と降参したのでした。


船長からの問いにクルッと背中を向け、腕組みをしながら考えるケイコです。その時、船長はちゃっかり、神様に尻尾が無いことを確認したようです。


「お迎えに行くのじゃ、案内せい」

「分かりました、仰せの通りに。しかし神様、その前に漁をしないといけないのですが」


ケイコのお告げに、少々困る船長です。このまま『どんぶらこ』と行きたいところをグッと我慢して仕事を優先する、しっかり者の船長のようです。


「よい。途中までで良いのじゃ。自分の足で行かねば意味が無いからのぉ」と話の分かる神様のようです。


「それじゃあ、飛ばして行きますよ。しっかりと掴まって振り落とされないようにしてくださいよ。落ちたら魚の餌になっちまう」


こうして、少しだけ速度が上がった船は夜の海を突き進んで参ります。そこ退けそこ退け波を掻き分けて。



その頃、ケイコの家ではマチコとヨシコが目を合わせて驚きあっているところです。ムッとした顔のマチコ、口を開けて「あーあー」言っているヨシコです。そんなヨシコに、


「あんたが居て、ケイコが居ないってことはぁ、えっとぉ、あれなのぉ?」と不信の目を向けるマチコです。それはきっと、ヨシコがケイコを(そそのか)したに違いないと思ったからでしょう。それを隠す、いいえ、訂正するヨシコです。


「あれじゃないよー。あの子はね、あんたを迎えに行ったんだよー、たった今さ」

「迎えに? 私を?」

「そうさねー。それが『すれ違い』になるなんてねー、相変わらず運が悪いねー、あの子は」

「ふーん、まあぁ、いいかぁ。眠くなったら戻ってくるだろうし。それに、お土産もあるしねぇ」


お土産と聞いて目の色を変えるヨシコです。但しマチコの手には何もありませんでした。それで余計に気になるヨシコです、グイグイとマチコに詰め寄ります。


「なに! お土産とな。ちょっと見せてよ」

「ダぁぁぁメ。あんたのためじゃぁないしぃ」

「ケチ」

「うん、よく言われてるから平気ぃ」

「どケチ」

「はいはい」


マチコの態度に、不貞腐れたように背中を見せるヨシコです。そして、「じゃあ、ここに居てもしょうがないよね、じゃあねー」と言いながら消えてしまいました。


「あの子といい、ヨシコといい、なんなのかしら、全くぅ」


マチコの呟く声が、(あるじ)の居ない家の中を当て所もなく彷徨うのでした。



グルグルポーゴゴゴ。


夜の海を全力疾走の気分で突き進む船は、ケイコのワクワクと船長のドキドキを乗せて荒海を掻き分けていきます。そうして暫くすると、立ったまま船を漕ぎ(こっくり)始めたケイコです。普段であれば()うに寝ている時間です。


その様子を見ていた船長は気が気ではありません。それは、今にも倒れそうで倒れない神様の扱いに困っていたからなのです。むやみやたらに触れると、どんな祟りがあるか分かりません。かといって見過ごすことも出来ない心優しい船長、のようです。


そんなケイコを親切な微風がケイコに寄り添い、こっそりと倒れないように支えてくれています。しかし、船長にはそれが見えないので、倒れそうで倒れない不思議な光景に見えるのです。まさに神業とは、このことでしょう。


そうこうしている間に船は目的の場所に着いたようです。そこで船を止め、これから漁を始めようとした船長ですが、寝てしまった神様をどうしたものかと考えてしまいました。それで考えた末に出た答えが『触らぬ神に祟りなし』、放置することにしました。


そうして船長が操舵室から出ようと時です。海からの冷たい風がケイコを支える親切な風を吹き飛ばし、ゴロンと転がっていくケイコです。それを目撃した船長は、(嫌な予感がしたんだ)と後に語ったとかなんとか、です。


「う〜む、ここは、どこじゃ」


寝ぼけたまま目を擦って起き上がったケイコです。そして周りをキョロキョロした後、困ったような顔をして自分を見ている船長に気が付いたようです。


「神様、お目が覚めましたか」と取り敢えず何か言っておこうと思った船長は、一応、あらゆる攻撃にも耐えられるようにと身構えてもいました。そして、「終点ですよ」と冗談を言ってみた、ようです。


「終点?」言葉の意味が分からないケイコは首を傾げるばかりです。そこで、すかさず、

「そうです、神様の言われた通り、案内しました」と続けた船長です。但し、どこに案内したのかは不明のままです。それを問われたらどうしよう、とドキドキが増し増していく真っ最中です。


「すまんの〜。では、行くとしようかいの〜」


船長に礼を言ったケイコは歩いて操舵室を出て行き、その後に続いた船長は、なんとか誤魔化せたことに安堵したようです。


しかし、どこかに到着したものと思っていたケイコは、周囲が暗いのと、チャプーンと小さな波が船体に当たる音で、まだ海のど真ん中だと知ったケイコです。すると、「なぬ! ムムム」と不快感を露わにし、それにビクッとした船長です。


でも、「フー、仕方ないのー」と心を落ち着かせたケイコは、「手間をかけたの〜、これでさらばじゃ」と笑顔で船長に振り向いたのでした。


しかーし、こんな海のド真ん中で『さらばじゃ』と言われてしまった船長は驚きを隠せません。思わず、「うっひょうー」と叫んでしまいます。そして、「神様、それはどういう意味ですか? こここら一体、どこに行こうって言うんですか」と言った途端、(神様だから何でも出来るんだろう)と思い直したのでした。


そんな船長の『心の乱れ』を気にすることなく、「お迎えに行くのじゃ。世話になったな、おっちゃん」と言ったすぐに、「トウォォォ」と飛び上がっていくケイコです。その後ろ姿に、


「神様ー」と心配のような、それでいて気が楽になったような、の船長が夜空に飛び立つ神様を見送っていました。その神様は『あっ』という間に見えなくなり、一人、夜の海に残された船長です。その後、どこか寂しい気持ちで胸がいっぱいになった船長は、


「相棒ー(俺も、そう呼んでもいいよな?)」と叫んだ、と後に語ったとかなんとか、です。


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