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#13.1 試される風

さあ、これから何をしようかな、と思いたくなるような春が始まった頃。


「出てこないね」


ケイコの家の外、その湖畔に座って銀色の船を見つめているケイコです。『出てこない』とは、その船から一度も姿を見せないエリコのことを指しています。


「そうだねぇ」


ケイコの横に座り、ぼんやりと湖を眺めるマチコ、余り興味が無さそうな、そんな気だるさを感じさせる言い方です。


さて、湖にプカプカと浮かんでいる船ですが、『ケイコの家の外』と言っても、そこは敷地の中ということになるでしょう。マチコの部屋も同様で、外界からは見ることは出来ません。というよりも、特定の場所に存在している訳ではないので、この世界のどこかにある、ということになっています。それは、ケイコは勿論、マチコも『ここにある!』とは言えないことから、当事者であっても分からない『あやふやな存在』、としておきましょう。それでも、『帰る』と思えば何時でも、この場所に戻ってこられるので困ることはありません。


「おりゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ」


ケイコが船に向かって石を投げてみました。勿論、届くような距離でも、剛腕投手のケイコでもありません。宙を舞う石は放物線を描いて、ポチャっと湖に落ちる予定でしたが、そこに「フー」と風を送ったマチコです。


それで投げた石はグングンと伸び、コツンと船に当たるところまで飛んで……行くはずでしたが、途中で、何かでピュンと弾かれた石です。それはきっと、アイのおっちゃんがしたことでしょう。元々、好戦的な性格の船だったことはあります。


しかし、大家であるケイコは不満のようです。せっかく投げた石を避けるとは何事じゃ、ということでしょうか。今度は両腕一杯に石を抱えて投げる、というよりも、放り投げようとした時です。


「ねえ、ちょっとぉ、行ってみようか、アレで」と手漕ぎ船を指差すマチコです。さて、何時からそこにそんなものが有ったのでしょうか。勿論、そんなことを気にするケイコではありません。


「そうじゃな。ロクに挨拶もせんとは不届きである。私が、成敗してくれよう」と腕組みをする偉そうなケイコです。


「その前にさ、バッグ、置いていこうよ。汚れたり無くしたら大変だからさ」とケイコの赤いバッグを指差しているマチコです。


「おっ、そうじゃな。よう気が付いたのじゃ。では、そうしようかのう」


そうしてバッグをマチコの部屋に置いてきたケイコです。そして戻ってくると、既に小舟に乗ってケイコを待っている準備万端のマチコです。その手にはオールが握られていて、やる気満々のようです。


「さあ、行こうかぁ」


マチコの漕ぎ漕ぎで湖を渡って行くケイコとマチコです。小舟の後方に座ったケイコは、進行方向に背中を向けているマチコに、「あっち」とか「こっち」と指示を飛ばしながら銀色の船を目指して行きます、ギーコギーコ。


◇◇


ちょっとだけ素直なマチコが気になるケイコです。でも、それはきっと自分が尊敬されるお姉さんであることを、やっとこさ理解したのだろうと思うケイコです。


そうしてギーコギーコと、銀色の船に近づくと、急に霧が立ち込めて参りました。そして辺りは薄暗くなり、目の前の船までも見えなくなってしまう程、不気味な世界へと変貌してしまったのです。


しかし、このくらいのことで動じるケイコではありません。いっそうの事、風でこの霧を吹き飛ばしてしまおうか、と強気に出ようとした時です、船が見えて参りました。


しかーし、そこに現れた船は銀色の、ではなく、大きな木造船。それもかなり朽ち果てたような、一言で言えば『幽霊船』でしょうか。浮かんでいるだけでも不思議なくらい、ボロボロの船です。


しかーし、このくらいのことで動じるケイコではありません。おっちゃんの船であれば、それも納得、のケイコです。そして小舟を『おっちゃんのボロボロ幽霊船もどき木造船』に横付けにすると、目をパチパチさせてマチコに合図を送るケイコです。


それが、どんな意味なのか分からなくても、取り敢えず頷いておくマチコです。そして、『声は出してはいけない』という暗黙のルールが発動された、ようです。


「とうぉぉぉ」


静まり返った世界に、ケイコの掛け声が響き渡ります。どうやら『声』と『掛け声』は別物なのでしょう。その掛け声と共に飛び上がるケイコです。そして『おっちゃんのボロボロ幽霊船もどき木造船』の甲板に舞い降りました。続けてマチコも無言で舞い降りてきます。


そこは、確かに幽霊船のように、誰かが居るような気配が全くありません。そして歩くたびに床がギーと音を立てるボロさです。しかし、そんなことくらいで動じるケイコではありません。ちょっとだけ体がプルプルと震えているだけです。


「マチコや、怖かったら私の手を握るがよいぞ」と、恐る恐る左手を後ろに伸ばすケイコ、振り向きはしません。


その手を素直に握るマチコです。それで逆に安心するケイコ、(ふふ、私もお姉さんらしく振舞わねば)と思ったことでしょう。


そうして仲良く歩いているつもりでしたが、急に立ち止まったマチコ、それも無言のままです。それはきっと、怖くて足が竦んでしまったからだろうと思ったケイコです。


「マチコや、大丈夫じゃ。私が付いているではないか」とケイコ、振り向きはしません。しかし、いくらマチコの手を引いても、うんともすんとも動かない強情なマチコです。それでとうとう、


「これ、マチコ。そんなに駄々を捏ねるものではない。私が居れば怖いもの無しじゃて」とプルプルのケイコです。それでやっと振り向いた、のではなく、マチコの手を握っている自分の手を見ると……


「あんぎゃああああああぁぁぁ」です。


マチコの手だと思って握っていたのはロープです。それが、ピーンと張ってビーン、これ以上、先に進めない、進みたくないロープのマチコ、です。


プルプルの体を自分で抱きしめ、なんとか堪えるケイコ、およよです。


◇◇

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