07話 ゴブリンの依頼
「いいか、今からやるのは山越えだ。気を抜くなよ!」
「はいっ!」
朝食を終えた俺たちは旅支度を始め、少し明るい良い気分だった。
お互いに素の表情が出てきていて、良い雰囲気だ。
昨日のツキの言動には謎があったけど。
「それにしても、急成長だな」
先を歩くツキの背を見ながら俺は呟いた。
「そんなにですか? そういえば、今朝分かったんですけどFクラスの風魔法の使用ができました。浮遊はまだまだですけどね」
「おぉ、魔法まで」
ツキの外見は成長してしまったが、まだまだ表情や反応は子供らしくかわいかった。
「ツキはもっと大ききくなる可能性はあるのか?」
「はい、もちろんありますよ。でも今回みたいな急成長はないと思います」
まだまだ強くなるのか。
俺も負けられないな。
そんな雑談をしながら、ハイキング気分で山を登っていた。
終始笑顔の絶えないこの時間、透き通った景色と空気。
俺は間違いなく居心地の良さを感じていた。
そんな俺は、この山を初めて見た時からの疑問があった。
それは一度も頂上を見せたことが無かったことだ。
この山の頂上付近は、常に雲に覆われているせいで一度も全体図を見たことがない。
「ねぇツキ? この山の高さとかって分かったりする?」
「詳しいことはわからないんですけど、おばば様が九千メートルあたりに生えている薬草を取りに行くことはたまにあったので、それ以上なのは確かですよー」
「そっか、九千…………。九千!?」
「はい」
ツキは、知ってて登ろうとしてたのか?
登れるわけないでしょ、こんな山。
エベレストでも九千は無かったと思うのだが……、いったいおばば様って何者なんだ。
「よし! 迂回しよう」
俺は山越えを瞬時に断念した。
「え? なんでですか。大丈夫ですよ、ルキ様」
「いやいや大丈夫じゃないから。おかしいから。無理だから」
「私たちの魔法を行使すれば普通に行けますって」
うん、無理。
この子の普通は普通の考え方ではない。
そもそも、魔法って……。
俺たち二人とも登山に使える魔法なんて使えないから!
「一回話し合おう!」
俺は足を止め、その場に腰を下ろした。
「やっぱり迂回しよう? 登って降りるだけで軽く見積もっても二万以上は確定だよ? 迂回の方がいいって」
「でも……世界の中心から下の景色を見下ろしたいんです。それが私の夢でもあるので……」
夢を語られるとなんか、無理に自分の意見を押し通すわけにもいかないような……。
「だってすごくないですか! 今まで一人もあの山を越えた人はいないんですよ? 実際どこまでの高さがあるかも不明ですしね」
ツキの頭のネジは複数本どこかに落としてきたらしい。
「迂回決定!」
「えぇ……はぁい」
ツキは少ししょぼくれる。
俺たちがもっと強くなってたくさんの高位魔法が使えるようになったら登りに来ると約束し、ツキを納得させた。
急成長のせいで思考がおかしな方向に進んでいるだけだ。
うん、きっとそうだ……。
普通山越えの際はトンネルを使うらしいのだが、当然のように獣人は通れない。
万が一にも通れたとしても、高い通行料が取られる。
ということで俺たちは迂回することにした。
距離はかなりあるが、こっちの方が幾分マシだ。
俺は頂上であろう雲の上の方に目をやり、ため息をつきながら立ち上がった。
「いくぞー……どうしたの?」
ツキは何かを探すように、辺りをキョロキョロとしている。
「ルキ様、変じゃないですか? 山に入ってから魔物を一度も見ていない気がするんですけど……」
「そういえば、そうだね」
大抵の山は魔物の住処として適しているため、たくさんの魔物が住んでいるもの。
それなのに一匹も姿を見せないのは変だった。
索敵魔法とか、魔力感知的なのがあればいいんだけどな。
残念ながら俺たちはそんな便利な魔法を習得していなかった。
気にはなるけど、別に何も起こっていないし先に進むことにした。
山も森も大して変わらない。
そんな中、突然人為的に開拓された集落を見つけた。
家々は小さくボロボロ。
まぁ俺にはサイズはちょうどいいかもだけど……。
集落は柵で囲まれていたが、風で吹き飛んでしまいそうなくらい弱々しい。
「ルキ様、ここは多分ゴブリンの集落かと。ルキ様はおそらくですけど、高位の魔人だと思いますので話が聞けるかと」
「ゴブリン? どういうこと?」
「ゴブリンは最低位の魔人です。魔人同士ならと思ったんですけど……」
え?
ゴブリンって魔人なのか。
魔物かと思っていた。
「わかった、行こう!」
「私もですか!?」
「もちろん、なんかあったら守るし。大丈夫大丈夫!」
俺はツキの手を引きゴブリンの集落に向かった。
ツキは再び顔を赤く染め、俺に流されるがままついてきた。
集落に入る直前、俺たちは武装したゴブリンに囲まれた。
貧相な体に、服の原型をとどめていない布切れをまとい、切れ味のなさそうな槍を小刻みに震わせながらこちらに向けている。
「何用でこちらにいらっしゃったのですか? 襲いにですか? 徴兵ですか? 貴方様からは尋常ではない魔力量を感じ取れます」
頭に羽で作られた冠のようなものをかぶったゴブリンが話しかけてきた。
おそらく村長なのだろう。
俺はフードを脱ぎ質問に答えた。
「少なくとも俺たちは襲いにきたわけではない。たまたま見つけたから立ち寄ってみただけだ」
「そうですか、ではそちらのお姉さんは?」
「俺の仲間だ。俺は亜人に敵対するつもりはさらさらない。それには、魔人も含まれているから信じて欲しい」
村長と思わしきゴブリンは「下ろしても良い」と告げ、ゴブリン達はゆっくりと槍を下ろした。
どうやら友好的な雰囲気だ。
ゴブリンたちは一つの家に俺たちを招待した。
そこは村の建物の中でも一番大きく、集会所のような感じになっていた。
「俺はルキ・ガリエル、見ての通り魔人だ。こっちにいるのがツキ・サーク。獣人で俺の唯一の仲間だ」
「左様ですか。私はこの村の村長、グリノーンといいます」
「よろしく、グリノーン。でだ、本題に入りたいんだけど。なんでこの辺には魔物がいないの?」
「はい……。つい先日のことなんですけど、魔王軍幹部の一人がこの山を訪れまして……」
「みんな逃げたのか」
「……はい」
なぜか周囲のゴブリンは皆深刻そうな顔をしている。
だいたい、周りに魔物がいないなんてゴブリンにとって好都合なんじゃないのか?
「なぁ、お前達は何にそんなに怯えているんだ? 魔王軍なら魔人の、お前達の味方じゃないのか?」
「……は、はい。我々ゴブリンなんて、使い勝手の良い捨て駒のようなものです。もうじき幹部の部下が徴兵に来るかと思ったもので、つい……」
それでこんなに怯えていたのか。
「お願いします。我々とて無駄死には嫌なのです。平穏に暮らしたいだけなのに、人間は我々を見つければ殺しにかかり、魔王軍は我々を捨て石に。どうかお助けお願いできませんか?」
「ちょっ、まて! いったん落ち着け! あと離れろ」
グリノーンは俺に泣いて懇願してきた。
そんなグリノーンの肩を掴み、俺は引き剥がした。
「はあ……。人間ってお前たちが襲うからじゃないの?」
「そんなことはあり得ません! 我々から人間を襲ったことなど一度たりともありませんよ。襲われた、その正当防衛です。小鬼とか呼ばれることもありますけど、元々は森の番人、妖精です」
「そ、そうなのか……」
なるほどなぁ。
こいつらも種族が違うだけで、ツキ達のような獣人とさほど変わらないのか。
俺は視線を上げ、ゴブリンたちの顔を再び見る。
しかし、ゴブリンたちは浮かない顔をしている者、幹部に怯えている者だけじゃなかった。
俺の、俺たちへの期待のような救いを求めているような、共に戦おうとしてくれているような、そんな眼差しを向けている者がほとんどだった。
「なぁ、言っておくが俺はそこまで良い魔人じゃないぞ? そんな見ず知らずの魔人を信じていいのか? 言っとくけど、俺だって世界征服を企んでふぉっっっ……」
俺が少しニヤけて言うと、ずっと黙っていたツキに脇を突かれた。
俺は咳払いをし、ごまかしつつも話を続ける。
「お前達はなんで俺をそんなにも信用しているんだ? なんで俺よりも大きなツキではなく、俺の方が魔力を持っていると思うんだ?」
「はい。この村の呪術師が魔力感知により、すごい魔人が近づいてきていると教えてくれたのです。我々も半信半疑だったのですが、その額から伸びている角や身なり、そして連れているツキ様のご様子を見て確信しました」
まじか!?
本当に魔力感知があるなら是非みてみたいんだけど。
「それに、そもそも高位の魔人は我々のことを魔人として扱いません。ただの道具です。それなのに貴方様は、我々を一人の魔人として接してくれました。さらに隣にいるツキ殿は獣人と聞きますし、それに……。とにかく、これ以上信用に値するかするかどうかなど考えるだけ無駄なのです!」
ものすごく好印象で、聞いた自分が恥ずかしくなる。
俺がモジモジしているのを察したツキは、耳元で「どうするんですか?」と尋ねた。
「わ、わかった。やるだけやってみようか。でもその前に、報酬はなんだ?」
「ル、ルキ様!?」
無償でやるってよりも、見返りを求めて救った方が救われる側の気は楽だろうしな。
それに、今俺もツキも一文無しだし一石二鳥ってもんだろ。
「……私たちにできることならなんでも!」
「よし!」
俺とグリノーンは握手を交わし、契約が成立した。
俺はグリノーンに呪術師に会いたいと伝え、呪術師の元に案内された。
長髪で目元をハチマキのようなもので覆い、首には魔物の歯のネックレスをつけている、いかにもなゴブリンが暗い屋内に座っていた。
しかし、俺はそんな怪しすぎるゴブリンの隣に立っている助手のようなゴブリンに目がいった。
基本、個体差はあるもののゴブリンの肌は緑色で髪の毛は灰色だ。
しかし、俺の目に映っているゴブリンは白い肌に灰色の髪だった。
「呪術師のパミザです。こっちにいるのが息子兼助手のゴーです」
「ゴーです」
その頃王都では、クリスと騎士団長のエドガルドとで、魔人討伐の準備が着々と進められていた。
冒険者ギルドで高額報酬の魔人討伐の依頼をかけ、集まった冒険者五十人。
そして魔導騎士団六十人が城門前に集まっている。
中には名の知れたシルバーの冒険者やCクラスの魔法を使える英雄級まで、たくさんの人が集まった。
「我々は二週間後に魔人討伐の遠征に向かう。信じがたいが、先日我が軍の小隊規模が一撃で全滅した。魔人の名はルキ・ガリエル。この間王都を騒がせた魔族と同一だと思われる。今回の隊には騎士団長の私自身自ら出陣する。コンディションを整え、魔人討伐の出発まで気を緩めるな! 王都の戻った際は私の奢りで宴だ」
「「うおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」」
騎士団そして冒険者の雄叫びが、きらめく夜空に響き渡る。
演説を終えた団長はクリスの方へ振り返った。
「クリス、今回の遠征にお前は連れて行かない」
「ですが……」
「お前の怪我じゃ死ぬのは確定だし、足手まといになる! 俺を信じてここで待ってろ」
「……はい」
エドガルドはクリスの肩に手を置き、説得を終えると自室に向かって歩き始めた。
[スキル]
状態異常無効
斬撃無効
打撃無効
精神感応
[魔法]
影の手
黒炎
[仲間]
ルキ・ガリエル
種族:魔人?
性別:♀
属性:火、闇
ツキ・サーク
種族:熊耳の獣人
性別:♀
属性:風
今後も人間視点を定期的に書いていきます。