00話 憧れの異世界へ!
「なんでだーーーーーっ!」
俺は腹の底から大きな声を発した。
「おい、うるせぇぞ。もう諦めろよ」
「無理だ、それはできん!」
俺、白井慎平は高校入学と同時に幼馴染の今田良太とアニメ研究部を立ち上げた。
しかしまぁ、アニメ研究部とは名ばかりの娯楽部なのだが……。
俺は身長が人よりも高いだけで取り柄は特に無いが、良太は違う。
文武両道、何をやってもそつなくこなし、人当たりもよく顔だって悪くない。
良太のくせに男子からも女子からも人気があるのに、こんな俺なんかのわがままに付き合ってくれていたのは正直嬉しかった。
「エレベーターでも無理だったか」
部室に戻る帰り道、俺はボソッと呟いた。
「そもそも、あれって都市伝説だろ? それに図書館で謎の本も探したし、夜中コンビニにも立ち寄った。その他諸々、もうないんじゃないの?」
「いや、ある! そして、行く。必ず行く。……やっぱ死ぬしかないのかな」
俺は割と真面目に言ったが、冗談と受け取った良太は、
「できもしないこと言うなよな」
と、笑いながら言ってきた。
これが正しい反応なのは理解できるが、少し本当に少しだけ悲しい。
正直なところ、今の世界に未練はなかった。
否、童貞は卒業したい。
でも、人見知りのコミュ障でボッチ代表の俺から言わせてもらえば夢物語だ。
もちろん良太は家族みたいなものだしカウントしないよ、うん。
要するに、異世界に行く方法を考える方がまだ現実的なのだ。
「俺はやるからな、漢に二言はないぜ!!」
俺は良太に向かって指をさし宣言した。
「お前の口癖には聞き飽きたよ」
良太には相変わらず信じてもらえていないようだったが、幼馴染のよしみで付き合ってくれるらしい。
だから俺は真剣であるという意を込めて、詳しく作戦を教えることにした。
「決行は今週の土曜。殺人鬼か通り魔を探して、そこで最期を迎える」
「お前はバカか。平和な日本で今どきそんな大それたことする奴が現れるわけないだろ……」
ため息交じりで言ってきた良太に俺は食い気味で反論する。
「じゃ電車を使って飛び降り……」
「迷惑だからやめろ」
反論できなかった。
自分で言うのもなんだが、そんなバカみたいなことを毎日できるこの日常は楽しかった。
下校のチャイムが鳴り、何も決まっていない俺たちは帰路についた。
陽は沈み街灯が点々とつき始めている。
「絶対なんか方法があるはずなんだよ」
「俺も確かに異世界系のアニメは好きだけどさ、現実的じゃないじゃん? お前も妹系に手を出してみたらいいんだよ」
「はぁ、宇宙はこんなに広いんだぞ? 絶対に俺好みの世界があるはずだろ? 絶対に、絶対に全ては繋がっているんだ!」
「お前そんな妄想ばっかりしてるから……」
俺はずっと考えていた。
どうすれば異世界に行けるのかを。
剣に魔法が入り乱れ、魔王を倒しファンタジックな巨乳エルフやケモ耳美少女とイチャつくそんな異世界生活を夢見てひたすら考えた。
「…………っ……」
やっぱり街中をぶらぶらしながらか、
「……え…………っい……」
どうすればいいんだか全くわからん。
「おい! 信号見っっ……」
「さっきから何なんっ……」
俺は帰り道、考え事をし過ぎてしまった。
悪い癖が出てしまった。
妄想し過ぎていた。
ドオォォォンッ! と鈍い音と同時に全身に凄まじく重い衝撃が体に走り俺は轢かれた。
驚きのあまり、痛みを感じない。
周りがやけに騒いでいる。
「おい! 返事しろよ、逝くなよ。おい!!」
良太は俺をすごい勢いで揺さぶった。
でも、動けなかった。
喋れなかった。
意識が朦朧とする中、視線だけで自分のカバンを指し微笑んだ。
俺は悟った。
もうどんなに頑張っても助からないことを。
俺は悟った。
バカは死ななきゃ治らないと言うことを。
でも、なぜだか怖くはなかった。
色々と思うことはあるけど、いつでも死ぬ覚悟を持っていた俺は常に遺書を持ち歩いているし……。
きっとカバンの中にある遺書は、ちゃんと良太が読んでくれるはずだ。
幼い頃両親が病気で他界してしまった俺に、家族の温もりをくれた今田家に宛てた手紙。
俺は最期、俺の手を握り泣いている良太に微笑んだ。
そして俺は死んだ……。
ハズだった。
いや、間違い無く死んだのにも関わらず意識があった。
気がつくと、暗くて何も見えない真っ暗な部屋で俺は横になっていたのだ。
「ここって……」
俺は嫌でもテンションが上がった。
そうっ!
なんたってこの雰囲気、アニメでいうところの女神なり神様なりが登場して、異世界への手続きをしてくれる場所に酷似しているのだ!
そんなことを考えていると、突如部屋の四隅に赤黒い炎が出現した。
それが合図だったのか、四つの炎を結ぶようにゴォォォと音を立てて大きな炎の壁が出現する。
「うおぉぉっ……ってあっつあっつ」
俺は炎に囲まれて完全にパニックに陥った。
すると俺の正面にさらに大きな炎が出現する。
十メートルほどの高さまで燃え上がる炎。
中から人影が見える。
しかし、人ではないことは一目で分かった。
もちろん、人間離れした見目麗しい女神でも、俺が知っている温厚そうな神でもない。
肌が全体的に薄茶色で真っ赤に燃えるような髪。
否、実際に燃えている髪に鋭く伸びた爪、鋭く飛び出すぎな犬歯。
身長は三メートルほどだろうか。
首や手首、足首についている黄金の輪が輝き、腰に何やら怪しげな模様の入っている布を巻いている。
そして、何よりも目立つ額から伸びている二本の角。
そこに立っていたのは鬼のような何かだった。
「おい貴様、名はなんだ」
「…………」
「名はなんだと言っている!!」
目の前の鬼は、唖然としている俺に向かって鋭い牙を見せつけるように怒鳴り散らした。
「あ、はいっ。白井慎平です。日本から来ました。十六歳です。趣味はアニメ鑑賞です」
慌てて返事をした俺は、入学直後の自己紹介のことを思い出した。
「慎平……かっ!?」
しかし、鬼は度肝を抜かれたかのように瞳孔を開き俺を凝視する。
「本当に白井慎平なのか?」
急に鬼の態度が変わったことに気になったが、俺はこくりと頷いた。
「お前は死んだのか……?」
「え、あっはい。多分死にました……って、ちょっ」
突然、鬼が抱きついてきた。
俺は困惑していた。
「え? あ、あのー。え? 俺って……あなたに会ったことありましたっけ?」
突然話しかけられた鬼は、
「あぁ、すまんすまん」
と言いつつ、我を取り戻したのか俺から離れた。
「まず、俺はお前の死んだ父の生まれ変わりだ。名はゲイルという」
「は?」
「まぁ、いわゆる鬼神に生まれ変わっちゃった的なやつだ。それにしても、見違えるくらい立派になったな」
俺はぽかんと口を開け、間抜けな声を漏らした。
「でだ、まぁお前も生まれ変わるのだ。でもな、いきなり鬼神なんて無理だからな、魔人として生まれ変わってもらう」
俺の脳がショートするような音が聞こえる。
「……へ? んなわけ、しょ証拠はっ!?」
「すまないがそんなものはない」
転生以前に、目の前の鬼神が父さんってところから俺の思考は止まっていた。
しかし、自称父さんは父さんで突然息子が死んでしまったことにショックを受けてはいたが、また慎平と会えたことに喜びの感情の方が勝っていた。
ゲイルと話を進めて分かったことがある。
どうやら自称父さんも母さんも鬼神になっているらしい。
そして俺は死ぬのが早過ぎたために、鬼神でははなく魔人からということらしい。
そもそも魔人が頑張ったところで神になれるかも不明だが、とにかく俺を転生させてくれるらしい。
さらに俺が転生する世界には冒険者に勇者、魔物に魔王が存在し、剣や魔法で戦い合うザ・ファンタジーな世界が待っているらしい。
死んでも親子なのかゲイルとの波長はバッチリ合い、俺たちの会話ははずんでいた。
そして話は俺の名前のことになった。
「あぁ、言い忘れていたけどな。お前の名前、変わるからな」
「えっ、どんなのに?」
「んんー、じゃぁルキだ。ルキ・ガリエルを名乗るといい」
「ルキ・ガリエルか……」
俺は自分の名前を反復して読み上げた。
その瞬間、全身が青白く発光し始める。
「な、何これ?」
俺は再びパニックに陥った。
しかしゲイルは落ち着いている。
しばらく経ち、俺を包んでいた光が消えると同時にゲイルは右手を前に突き出し、波打った特大の鏡のようなものを出現させた。
「これが新たなお前だ、ルキ!」
「ん? あれ声がってええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
目の前に写っていた姿は腰まで長く伸びた錦のような銀色の髪、額からは申し訳ない程度にちょこんと生えている真っ黒な一本角に青い瞳。
そこには、元々着ていた服がダボダボになった、身長百三十程度の幼女が立っていた。
男の大事な一物は、見なくても感覚的に無いことを察した。
無論、声までも男ではなくなっていた。
小さな手で頬や髪の毛、お腹に足腰をペチペチと触り目の前に写っている幼女が俺であることを悟った。
要するに唯一の心残り、異世界でこそ期待していた夢物語。
童貞の卒業は不可能だとも悟り、俺は膝から崩れた。
「まぁそう落ち込むな、お前が望んでいた異世界に今飛ばしてやるからな! 頑張りたまえ」
ゲイルは笑いながら両手を前に突き出す。
すると足元の地面に魔法陣が浮かび上がり俺の体は浮き始めた。
「え、父さ……ゲイル? ちょっとまだ説明が不十分なのっ……! ねぇ、ちょまっ……」
俺の体がどんどん上昇する。
ゲイルはニコニコと笑って手を振っていた。
こういう時ってなんか目的があったり特別な何かを授かるんじゃ無いの? と訴えようとしたがもう遅い。
視界が少しずつ光に満ちてくる。
そして俺は異世界に転生した。人間をやめて……。
オレはすぐに救急車を呼んだ。
でも、救急隊がついた頃には慎平は呼吸していなかった。
救急車に同伴し病院に行き、手は尽くしてもらった。
しかし、慎平は目を覚まさなかった。
慎平が最期何かを訴え、微笑んでいたことを思い出したオレは慎平のカバンをあさった。
カバンの中からは遺書と書かれていた封筒が見つかり、あの時慎平が死ぬしか無いと言っていたのは本気だったのかと気付いた。
ついさっきまで笑いあっていた親友が、家族が死んでしまったことに今まで我慢していた涙がまた溢れてきた。
〜遺書〜
良太。漢に二言はないって言ってたろ? 今お前がこれを読んでいるってことは、俺は転生したってことになる! だから、俺がいないからって泣くなよ(笑)
幼い頃、親を亡くした俺はずっと一人だった。愛を知らなかった。でも、良太に出会いおばさん、おじさんに出会い俺は本当に幸せだった。いきなりいなくなって本当にごめん。どんな時でも俺のそばにいてくれた良太、本当の子のように接してくれたおじさんとおばさん。口で言うのはなんか恥ずかしいけど、本当に感謝してます。
みんなのことが大好きだ。
そんなみんなにお願いがある。もし万が一俺が殺されるような死に方だった場合、その人を憎まないでくれ。俺が望んだことだ。俺はこっちで元気にやっています。
本当にありがとう。そして、さようなら。
Ps:良太よ、追いかけてくるなよ(笑)。お前が来たら美少女たちがみんなお前に流れそうだからな。
オレは遺書を黙読し再び涙がこみ上げてきた。
「くっ……誰が追いかけてやるかよ…………」
きっと最後の一言は気を使ったんだろうと思った。
そして強く決心した。
お前が悔しがるくらい人生謳歌してやる。
オレはその晩慎平が眠っている部屋で、そのまま眠ってしまった。