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夜の修羅場はカオス

「私の依織くんに、どうして抱きついてたの?」


 恐ろしく無機質なその声音に俺が体を震わせる中、柚芽は負けじと言い返す。


「外してって言ったよね?」

「はぁ?」

「そっちが先に約束破ったんでしょ?」

「ふざけないで!」


 逆に問い詰めた柚芽に玲音が絶叫する。


「私の彼氏なんだよ? 依織くんは」


 玲音がそう言うと、柚芽は何も言わなくなった。

 俺は気になって振り返ると、涙目で歯を食いしばっている柚芽がいた。

 玲音は丘を登ってくる。


「あのさ、やっていい事と悪いことがあるんだよ?」


 徐々に近づいてくる玲音にじりじりと柚芽は後退していく。


「私の彼氏に触れないで?」


 ついに柚芽のところまで辿り着いた玲音は、柚芽の涙を見て鼻で笑った。

 そして叫ぶ。


「泣きたいのは私なの! なんで赤岸さんが泣くの? 違うでしょ!」


 さらに玲音まで泣き出した。


「どうして、どうして……」

「……」


 何も言えない。

 玲音を慰めることも、喧嘩をやめさせることも何もできない。

 だって俺のせいだから。

 全て俺が柚芽を思い出せなかったからいけなかったんだ。


「ごめん、俺のせいだ」


 俺はそう呟いた。

 何も言う気はなかったのに、自然と口が開いた。


「コイツは、柚芽は幼馴染だったんだ。小学校の頃の、仲の良かった友達だったんだ。それに、俺が気づかなくて……」

「友達……?」


 だが、逆効果だった。

 玲音は首を振りながら言う。


「じゃあなんで、キスしてたの?」


 全部見られていたらしい。

 もうどうにもならない。

 八方塞がりだ。

 弁明の余地すらない。

 俺が黙っていると、柚芽が変わりに言う。


「キスは私がしたの。依織は悪くない」

「なんでよ!」


 玲音は叫んだ。


「なんで、『依織』なんて呼び捨てにするわけ? 昨日まで『海瀬君』だったでしょ? それに、依織くんだって、『柚芽』って……」

「それは!」

「もういいよ。そういう関係なんでしょ?」

「そういう関係ってどういう関係だよ……」


 どうしてこうなった。

 いつから、なんでこうなったんだよ。

 昨日までは、ちょっと陽キャ集団に睨まれてるだけの、楽しい学校生活だったじゃないか。

 いわばラブコメ。

 そう、学園ラブコメのようだった。

 それが何故。

 いつから昼ドラに変わったんだ。


 ふざけている場合じゃないのはわかる。

 でも、俺にはどうしようもない。

 玲音はキレたようにまくし立てる。


「へぇ、じゃあ君達これから付き合うのかな? あは、おめでとう。赤岸さんは、晴れて思い通りだね。羨ましい〜」

「れ、玲音?」

「え? 今日はこれからホテルですか? うわぁ楽しんでますね! 青春謳歌してますね! パリピって言うのかな?」

「おい、どうしたんだよ」


 おかしい。

 玲音が狂った。

 狂ったように笑いながら、涙を流している。

 しかし、後ろの柚芽が俺を押し退けて玲音に迫った。


「馬鹿にしないで!」


 そして玲音に向かって、そう叫んだ。


「私たちは付き合わない。だって依織くんはさっきあなたが好きって言ったから」

「え……?」


 信じられないものを見るように俺を見る。

 だから、俺はこそばゆくて頭を掻いた。


「いや、だって俺の彼女はお前だから」

「嘘だ」

「嘘ついてどうすんだよ」

「じゃあ何で抱き合ってたの?」

「そりゃあ、感動の再会したから興奮しただけだろ。お前、晶馬さんと会った日にハグしなかったか?」

「してないし、それは違うと思う」

「……」


 真っ向から否定され少し怯んだが、俺は改めて言い直す。


「五年以上会ってなかった、いわば『親友』に会ったら嬉しくなるだろ? 確かに俺たちは男女で性別も違うかもしれないけど、それ以前に友達なんだよ。なぁ、柚芽?」

「私は依織が好き」

「空気読もうな? なぁ、察せよ!」


 柚芽のKY発言で玲音の目が一層鋭くなる。


「君、何言ってるかわかってるの?」

「うん」

「何度も言うけど、依織くんは私のもの」


 すると、柚芽は首を振った。


「あなたのものじゃない。依織は、あなたには渡せない」

「なんでよ!」


 叫ぶ玲音に負けじと柚芽も言い返す。


「だってあなたといたら、依織……どんどん傷ついちゃうから……」


 その柚芽の言葉で玲音は絶句する。


「え、何? 依織くんを私が傷つけてるっていうの?」

「うん、そうだよね? 依織」

「いや、別に……今日のは俺が庇っただけだしな」

「ほら見てよ! 私のせいじゃない」

「いや、お前も反省はしろよ」

「ほら、依織もあなたに反省しろって言ってる!」


 あー、もうカオス。

 口調も似てるせいか、誰が言ってるかもわからなん。

 だんだん面倒くさくなってきた。

 俺、別に最低とかどんだけ罵られてもいいからこの場から逃げたい。

 そう思ってた時だった。


「うるさい! 依織くんは私の彼氏なの!」


 俺は白い手に強引に立ち上がらせられた。

 そしてその手は、俺を引き連れて公園を抜ける。


「ま、待って!」


 後ろの柚芽を待つことなく、手の主は駆け抜ける。

 その白い手の主は我が彼女、青波玲音であった。

 俺は少し罪悪感に駆られたが、止まることなく玲音と走った。


 ここは、彼女に誠意を見せるべきだろう。

 何はともあれ、恐ろしい修羅場から生還することができたのだ。

 まずはそれに喜んでおこう。

 俺は夜風に吹かれながら、一人そんなことを思っていた。

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