清楚とはいかに
「清楚」(せいそ)とは、清らかですっきりとしたさまを指す。 外見上は控えめで清潔感がある容貌に、謙虚なふるまいをし、慎ましい美しい身のこなしの保守的な女性を表すことが多い。
(ウィキペディアより)
『清楚』という言葉に、上記の通り、俺も同じようなイメージを抱いていた時期があった。
そう、そういう時期が俺にもあった。
皆も普通はそう思うだろう。
よく聞く言葉だ。
誰しも意味くらいは知っている。
清楚と言えば、慎ましやかで控えめな女性を想像するだろう。
しかし。
そんなものは幻想に過ぎなくて。
「さぁ、早く服を脱いだらどう?」
「ちょ、本気で言ってたのか?」
俺の目の前には悪魔のような笑みを浮かべる女がいた。
名を青波玲音と言う。
玲音は、瑞々しい唇を意味ありげに釣り上げて、エロティックな雰囲気を醸し出していた。
「男でしょ? 早く、ほら」
催促するように、俺に向かって挑発をしてくる。
じわじわと寄ってくる玲音から、俺は後退した。
「っ痛!」
何も考えず、後ずさっていると鉄格子に肘をぶつけた。
肘電気が走り、俺は悶絶する。
そして思い出した。
ここは学校の屋上であるということを。
「何やってるのよ」
そんな俺を蔑むように見てくる。
「なぁ、本当にやらないといけない?」
「当たり前よ。私が勝ったんだから」
勝ち誇ったような顔を向けてくる玲音に、俺は少しイラッとした。
何故なら、俺は未だに納得していないからだ。
今日の昼休み。
急にじゃんけんを吹っかけてきた玲音に俺は負けた。
まぁ当然だ。
人間ってのは急なじゃんけんは基本的にグーしか出せないんだから。
そしてその後で言ったのだ。
『あ、これ負けた方が全裸で屋上徘徊ね』
まさに卑劣極まりない。
そしてさらに破廉恥極まりない。
誰だ、こいつに清楚なんて形容詞を使い始めた奴は。
飛んだ淫乱ビッチ野郎じゃねぇかよ!
ってな心の叫びは、誰にも届かないもので。
「さぁ、早く脱いでよ。依織くん」
せめて君付けで名前を呼んでくれるだけ、尊厳は保てているのかもしれない。
俺の名前は海瀬依織。
何故か無茶振りばっかしてくる玲音は、名前だけ丁寧に呼んでくれている。
「早くしてよ。帰りたいんだから」
「お前が吹っかけてきた勝負だろうが!?」
面倒そうに見つめる玲音に俺は怒鳴る。
なんて奴なんだこいつは。
自分から仕掛けた事なのに……マイペース過ぎるぞ。
しかし、玲音は言った。
「私なら出来るよ? 服を脱ぐくらい」
美少女が放つ言葉とは思えないものが聞こえる。
俺は今一度玲音の容姿を確認した。
フィンランド人を母親に持ったおかげで整った鼻筋に、白い柔肌。
さらに日本人らしく親しみやすい瞳は、性格とは真逆にどこまでも澄んでいる。
ぷっくり瑞々しい唇は品が良さそうに見えた。
そんな美少女が、服を脱ぐと言っている。
並大抵の男なら興奮するだろう。
しかしながら、俺はそんな感情を抱かない。
それは、玲音ならやりかねないと知っているからだ。
服を脱ぐくらいなら朝飯前だろう。
羞恥心というものを、どこか遠くに捨ててきてしまったのかもしれない。
玲音は度を越えた変態である。
さらに。
「そういえば、今日赤岸さんと仲良く話してたね?」
「あ、あぁ」
「刺してあげようか?」
「ごめんなさい。以後気をつけます」
隣の席の人と話しただけで刺すってなんの昼ドラだよ。
そんなドロドロは、高校の間はいらねぇよ。
玲音は、鬼畜すぎる。
そして。
「ねぇ」
「な、なんだい?」
「私たち、付き合ってるのよね?」
「あ、当たり前じゃないか!」
玲音の上目遣いで、俺は頷いた。
まさに魔性。
そんな熟語が似合う女だ。
悩殺ポーズというんだろうか。
しかし、そんな事はこの際どうでもいいだろう。
俺たちは付き合っている。
玲音は、俺の彼女なんだ。
ギューっと玲音が抱きついてくる。
「な、なんだよ?」
緊張で声が上擦る。
「依織くん。大好き」
「お、俺もだよ」
非リア乙ー! なんて叫びたい衝動にかられる。
俺は幸福に包まれていた。
腕の中にすっぽり収まる可愛い彼女。
性格こそ少し残念なものの、容姿は抜群だ。
さらに他の奴は玲音が変態なんて知らない。
二人だけの秘密となれば、可愛く思えなくもなくなってくる。
うへへ。
リア充最高っす。
しかし、そんな時間は突然終焉を迎える。
「なんてね! はーい!」
勢いよいかけ声と共に、俺のズボンがずり落ちた。
辛うじてパンツは生存できたらしい。
なんとかシャイな息子が外気に晒されるのは、防げたようだ。
ナイスマイパンツ。
良いディフェンスだった。
君は、次からもスタメンで使用すると誓おう。
だが、そんなことよりも。
「お前、何しやがったんだコラ!」
「うはー!」
俺が叫ぶと、玲音はぴょんぴょん跳ねながら逃げていく。
それをズボンが降りたまま追いかける俺。
うーん、何やってんだろ。
赤い夕日に照らされる中、そんな事を思う。
これは、少し普通じゃない女子高生と、俺が送る日常の話。
楽しい青春の物語なのである。
もちろん、俺の精神は病む前提だがな。