はじまりの日のこと(柊木あずさ 編 ②)
「あっ、お母さん。」
「お母さん、じゃないわよもう。急に病院から電話来て、倒れたって聞いて、ホント心配したんだから。」
「・・・ごめんなさい。」
「もう大丈夫なの?」
「今朝、先生に診てもらって、お母さん来たら退院の準備して良いって。」
「そう、良かった。じゃあ、お母さん退院の手続きしてくるから、支度だけしておいてね。はい、これ着替え。」
「あっ、お母さん?」
「何?」
「あの・・・昨日の誠秀の試験なんだけど・・・。」
「終わったことはしょうがないじゃない。それにまだ発表はまだなんだから。気にし過ぎなだけで受かってるかもしれないでしょ?どうしても不安だって言うなら、明日の発表はお母さん一人で見に行ってあげてもいいし。あんまり気負い過ぎちゃダメよ。」
「あ・・・うん、ありがと。」
お母さんが病室から出て行った後、渡された着替えを手に持ったまま、しばらくの間、動くことが出来なかった。
試験を受けた記憶なんて無いけど、ちゃんと受けてたんだ。
でも、あの言い方・・・。
私、ダメだったの?えっ、やだよ。あんなに頑張ってきたのに。
何で?何でこんなことになってるの?
神様、お願いだから昨日に時間を戻してください!
病室のベッドに顔を突っ伏せていると、お母さんが戻ってきた。
「あずさ、何やってるの。まだ支度出来てないの?早く着替えちゃいなさ・・・アンタ、どうしたの?」
自分で気づいてはいたけど、やっぱり人が見て分かるぐらい涙が出ていたらしい。
お母さんが顔の私を見て一瞬驚いて、でもすぐに私のことを抱きしめてくれた。
「あずさが勉強頑張ってたのお母さん知ってるから、実力が発揮出来なかったんだとしたら悔しいのは分かるよ。でもさっきも言ったけどまだ結果は分かんないんだし。もしもの時はその時に考えるでも大丈夫だから。」
お母さんが慰めてくれている間、言葉を発することは出来なくて、ひたすら、うん、うん、と頷くだけだった。
それでも、何とか私を落ち着かせようとくれるお母さんの一言一言で少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「どう、落ち着いた?」
「うん・・・ゴメンね。」
「いいのよ。そしたら、早く着替えちゃいなさい。」
「うん。」
ようやく落ち着いたところで、着替えを済ませて病室を後にした。
家までの車中は私もお母さんも、ずっと無言だった。
落ち着いたとはいえ、まだあんまり何かを話す気分にはなれなかったので、今度は何も話さないお母さんの気遣いがありがたかった。
「今日は一日安静にしてなさいね。」
家に着くと、ようやくお母さんが口を開いた。
「うん、そうするね。」
そう言って、体感では約二日ぶりとなる部屋に戻った。
「私の部屋・・・だよね。」
どこからどう見ても私の部屋だけど、昨日の妙にリアルな別人体験とその空間のせいで、変に自信が持てなかった。
ゆっくり部屋を歩いた後、置いてある姿見に映る自分を見て、ようやく自分の部屋だよねって思えるようになった。当然と言えば当然なんだけど。
ベッドに倒れて、一息だけついて、あのことを思い出すと飛び上るように起きた。
「そうだ。誠秀の試験。」
ホントに私は受けた?
いくら気失ってたからって、そんなきれいすっぱり受けた試験の記憶、無くなっちゃうもんなの?
断片すら覚えてないってありえる?
自問自答は形だけで、結論として、そんなことありえるわけないと思ってた。
通学カバンの中を探すと、誠秀の問題用紙が出てきた。
英語-読んだ覚えのない英文がずらずらと並んでいた。でも、読めるし、解ける。確かに難しいけど、出来なくはない。えっ、でもこの問題、答え[D]のはずなのに[B]に丸付いてる。これ、私が付けたの?
数学-これも見たことのない問題が並んでいた。でも、これも解ける。ただ、ここに書いてある数式のメモ、私の字・・・じゃないよね。
その他の教科にも、初めて見る問題に不可解な解答結果が並んでいた。
やっぱり私はこれを解いてない。私は昨日、誠秀の試験を受けていない。
じゃあ、誰が?
改めて問題用紙を見返してみると、国語の問題用紙の中に問題とはきっと関係無いだろう文字を見つけた。
<<ごめんなさい>>
「何、これ?・・・何なの!」
さっき流し終えたと思った涙がまた溢れてきた。
「誰だか知らないけど、私の体で受験したんなら、ちゃんと受かってよ!」
意味分からないことを言ってるのは、自分でも分かってた。
それでも、誰でもいいから誰かに当たらないとやってられなかった。
そして、その誰でもいい誰か、には一人だけ心当たりがあった。
-高梨優稀。
まだ、分からない。
でも、昨日私は「高梨優稀」の中に居た。
だったら、私の中には「高梨優稀」が居たって考えるのが普通なはず。
もしそうだとしたら、言いたいこといっぱいあるけど・・・。
まずは事実を確かめたい。会って、ちゃんと話を聞きたい。
一体どうしたら。
答えが出ないまま迎えた翌日、やっぱり見に行く気にはならなくて、お母さんに確認してもらった誠秀の受験結果は、不合格だった。




