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妄想の帝国 健康管理社会

妄想の帝国 その9 健康管理社会 不健康者、今日も元気に矯正中

作者: 天城冴

間接的加害者のVR矯正を行う所員ジュウヤク。重要な会議もそっちのけで矯正を行っているジュウヤクのもとに健康検察のヨウジョウがやってくる。


増大する一方の医療費削減のため政府はある決定を行った。

“健康絶対促進法”の設立である。健康維持のため、あらゆる不健康な行動、食生活や生活習慣などを禁止するという法案である。個人の権利を侵害するとして反対もあったが

“政府に健康にしてもらえるんだからいいじゃん”

“自分の不摂生で病気になるやつのために医療費を払いたくない”

などの法案賛成の意見が多数あり、法案は可決された。

そして、不健康行動を取り締まる“健康警察”が設置された。

健康警察の活動は次第に拡大し、不健康を生じる組織、企業までが、取り締まりの対象となり、それに伴い違反者の裁判、収容、更生を担う健康検察や健康管理収容所などの組織が作られていった。


 日に日に日が長くなる冬のある日。だいぶ暖かな日差しに包まれた某施設では、陽気に似つかわしくない、叫び声が聞こえていた。

「うわー、た、助けてお父さーん」

顔や頭にVR機器をつけ震えているのは、頭髪がだいぶ乏しくなった初老の男性。

「ごめんなさーい、み、水が冷たいよおお」

が、実際には水など一滴もかけられていない。椅子にベルトで縛られ、様様なコードにつながれているが、実際に身体的な苦痛は与えられてはいない。それでも男は身をよじりながら

「こわいよー」

と本気で叫んでいる。

 「ふむふむ。再現度は完璧なようね。“父親からの虐待を受けている小学校の娘”をたっぷりあじわっているのかしら、ノノダ市キョーイク委員ヤヤベさん」

と、白衣をはおった小柄な女性が男性を見守りながらつぶやく。首から下げられた名札には“強制矯正施設医局医務官 ジュウヤク・キクヨ”とある。

「まあ、助けをもとめる子供の声に目をつぶり、加害者に被害者の情報を渡しちゃうんですもんね、しかも自分が子供の父親の剣幕が怖かったからっていうのが理由とは情けない。大人として体をはって虐待親から子供を守るべきでしょ、本当なら。しかもキョーイク委員会の人が、職務放棄もいいとこよね」

軽蔑しきった口調でヤヤベを非難するジュウヤク。ヤヤベは聞こえているのか、いないのかなおも叫び続ける。

「殺された女の子の恐怖はわかったのかしらね。ま、わかっただけで行動というかヘタレが矯正されないと本当は意味ないんだけど」

ジュウヤクは時計をみながらつぶやく。

「あ、時間ね」

と、ジュウヤクは装置のスィッチを切った。

「本日のVR再現講習は終わりです、お疲れさまでした」

ぶっきらぼうに言って、ヤヤベのベルトを外したが、彼はピクリとも動かない。

「あら、また気絶したのね。相当効いてたようね。本物そっくりの再現度を誇りますってのが売りだしね、このVR装置。脳につけた電極で、痛みも再現できるし。これ作った会社はゲーム業界でもいい線いきそうよね」

メーカー名をみながら感心したように言うジュウヤク。

「ここで使えば宣伝にもなるからって、タダで貸してもらえて本当にありがたいわ。まあデータも提出しなきゃならないけど、それはそもそもまとめなきゃいけないから」

言いながら、装置につながれたパソコンの液晶画面をチェックする。

「本日の“加害者に委縮し犯罪に加担した人間の矯正方法に関するデータ 20XX年2月13日”、バレンタイン前日か、ま、私には関係ないけど」

キーボードをパチパチと叩きながら、今日のヤヤベのVRによる矯正の結果をまとめる。

「“虐待の体験は十分に再現できているが、まだ3日目であり、効果は”えっと未定かな。“夜間の面接による聴き取り調査を踏まえ観察を続ける”っとこんなとこか」

エンターキーを押して、画面を終了させる。

「さてっと、部屋で休んでもらって、私も一服するか。あれ、まだ気絶してる」

ヤヤベは苦悶の表情をうかべ、なにやらつぶやいている。気絶というより悪夢をみているようだ。これからヤヤベの自室、独房収容室に戻らせ、休憩を取らせなければならないのだが、一向に目を覚ます気配はない。こうなると誰か呼ばないと部屋に連れていけない。

「やっぱ一人でやるのはマズかったわ。いつもは最低二人だけど。今日は中止にすればよかったかな。でもスケジュール押してるしねえ」

あいにくと今日は施設のスタッフがほとんどいない。もともと、この施設には職員が少ないのだが、重要な会議がいくつか重なりで払っている。ジュウヤクにも出席要請が来ていたのだが、退屈な会議はごめんとヤヤベの矯正を口実に欠席したのだ。だがその判断は間違いだったかもしれない。

「仕方ない、誰かきてもらって運ぶか。警備の人いるかな」

と、そのときドアの向こうに人影が、

「あら、ヨウジョウさん?来てたの」

ドアの向こうの人物を確認すると、健康検察特別検事ヨウジョウ・ダイジであった。

「こんにちはジュウヤクさん、収容者の様子を見に来たんですよ、手伝いましょうか」

にこやかにいってヤヤベを抱き起すヨウジョウ。

「ありがとうヨウジョウさん、あ、こっちにお願い」

ジュウヤクはヤヤベを背負ったヨウジョウを案内した。


「これ、美味しい。手伝ってもらった上に、こんなおいしいチョコまで。本当にありがとうヨウジョウさん」

休憩室の椅子に座り笑顔でイチゴ入りチョコレートをほおばるジュウヤク。向かいのヨウジョウは嬉しそうに

「いや、バレンタインのチョコレートがたくさん売っていましたからね、ジュウヤクさんにお土産に。お返しはいいですから。それより」

ヨウジョウは周りに誰もいないことを確認し

「今度、お医者さんのところに調査に行くんですけど、油断させるにはどうしたらいいんでしょうね」

と、小声で聞いてきた。

「そうねえ、やっぱり患者かなあ。弱弱しそうで。今ならインフルエンザ?マスクつけるとか」

答えるジュウヤク。

「でも学会のつまはじきもので、ようやくここに採用されたような変わり者の私の意見だからねえ、あてにはしないで」

「いえいえ、ジュウヤクさんはすごいですよ。誰もが敬遠する犯罪いや心身ともに不健康な収容者の矯正をしてるんですから。とくに精神不衛生収容施設では、そもそも一般の職員すら、なり手が少なくて」

「まあねえ、肥満とか煙草とか本人も治したいと思っていたり、目に見えて改善がわかるような身体的健康は医者もやりがいあるけど」

「そうなんですよ。もっとも健康警察などの活動や健康教育推進課などの啓蒙活動もありまして、その手の収容者は激減しました」

「順調に回復してる人も多いしね。そういう施設では施設職員が退所する収容者に感謝されてるみたいだけど、ここは、なかなかそうはいかないから」

ジュウヤクはため息をついた。

「性暴力、虐待、いじめなどの加害者は自覚ないですからね、自分の精神の不健康さに。気づかないと治しにくいし」

「それにニホンだと、この分野の研究まだまだなのよね。いまだに外国の研究を参考にしなきゃならないから。もう、社会的な環境要因もあるっていうのに」

「それでも最近はかなり進んでいるのではないですか、VR装置も導入されましたし」

「ヴァーチャルリアリティで、被害者体験の効果は未知数よ。なにしろ被験者がまだそんなにいないし。強制矯正法の施行で、労働法無視の社長やら上司やら、虐待の加害者や間接的加害者も収容されるようになったけど」

「間接的加害者か、さっきのヤヤベさんもですよね。娘を虐待して死なせた父親に女の子が必死の思いで父親から受けた虐待を打ち明けたアンケートを渡してしまったというキョーイク委員会の。委員全員収容ですか」

「全員ではないわよ、直接かかわったのが何人かとあとは通所。まったく関知してなかった下っ端の人は必要ないと判断されたし。あのヤヤベ氏は直接アンケート用紙を渡したのと、そのあと児童保護相談所にも警察にも相談しなかったから、重度の不健康精神状態で、矯正の必要ありとみなされたらしいわ」

「確かに、成人男性とは思えない振る舞いですよ。わが身かわいさで子供を差し出すような真似するとは、成人にあるまじきというか」

「動物以下よ。動物なら命に代えても仲間の子供は守るでしょうに」

ジュウヤクの言葉にヨウジョウは哀し気に続けた。

「そうですねえ。でも、ニホンにはそういう人が少なくないんですよ、残念ながら。詰め寄られたり、激しく叱責されたりした経験がないとか、あっても謝ったり、誤魔化したりしてやり過ごしでばかりだと、ああいうとき委縮して、思考停止になってしまうのかもしれませんね。警察か警備の人がすぐ呼べるような体制になっていればよかったのかもしれません」

「ああ、虐待した父親に理詰めで責められたって?でも子供とはいえ守秘義務違反でしょう?カウンセラーや精神科医、児童相談所の職員もそういう場面には遭遇することがあってもそんなことはしないでしょ。ましてやその後も黙って報告しない、警察や児童相談所にすらなにもいわないなんで」

「まあ、激昂した虐待を疑われる加害者に一人で対応すること自体おかしいでしょうね。自分だけでやらないとバカにされるんじゃないかとか、何とかなるとか思ったんでしょうかね、甘すぎですけど。結局取り返しのつかない間違いをしたのだし」

「メンタル弱すぎるだけかもしれないけど、それなら子供を守らなきゃいけないような職につかなきゃいいのに」

「今回の件で、児童相談所の職員、児童の心身の健康を守るため健康警察の部隊を配置、もしくは巡回や警備体制を整えるべしとの話をでています。教育委員会のほうも考慮しなければならないでしょうね」

「それはよかった。ヤヤベさんみたいな人がもうでないといいけど。そういえば、ヤヤベさんのご家族は面会にも来ないわよ、相当バッシングもうけてるのか、それとも情けないと思われてるのか知らないけど。この間の甘ったれレイプ坊やは別の施設から母親がきてたけど」

「まあ親子で病んでますからね。ヤヤベさんのお子さんたちからは法的に縁を切れないかと相談も受けてますし」

「そんなことまでやってるのヨウジョウさん、大変ね。でも、そうよねえ、お子さんの気持ちもわからなくはないわ。悪いけどヤヤベ氏が父親だったら私も絶縁するわ、夫の父親なら夫に父親との縁切りを迫るか、子供つれて離婚ね」

と、そういってジュウヤクはふっと、ため息をついた。

「本当はそんな酷いことになる前に、そういう傾向がある人をみつけて矯正できればいいんだけど」

「なかなか難しいですか、ここの研究成果は英国や中国でも高く評価されつつあると聞きますが」

ヨウジョウが控えめに誉めると、ジュウヤクは首を振って

「確かにいくつかの論文が認められて、研究資金も回してもらえたけど。でも、まだまだ調べなければならないことはたくさんある。どうすれば犯罪を行ったり、加担したりする不健康な精神状態を治せるのか、そもそも犯罪を防ぐための精神状態チェックリストがつくれるのか、成長過程で危険な兆候を発見できるのか」

研究者魂に火が付いたのか、熱を帯びた口調で語るジュウヤク。

「そうですか。それでは、ジュウヤクさんの調査、研究をすすめるために被験者もたくさん必要ですな。来週にでもトーキョーイイカ大病院の調査に着手しますか」

「え、あそこ?きっとオジサンばっかりよ、たぶん。若い研修医がこき使われているっていうけど、それは矯正対象にはならないんじゃないかな」

「まあ仕方ないんですよ、妙な偏見に頭が凝り固まり、弱者に八つ当たりする心が不健康なオジサンは多いんで」

「ヨウジョウさんは違う見たいだけど」

「私は矯正済みで、頭は柔らかくなりましたから、体は固くなりましたけど」

と、金属製の指をならすヨウジョウ。

「でも頼りになるわよ、さっきみたいに人を軽々と運べるし、見かけによらないけど」

「いやジュウヤクさんだって大学院生のように見かけは若いのにこういう研究を何十年も」

「あんまり年はいわないでよ、でも見かけで人は判断できないわよね。このテーマもいずれ研究したいわあ」

「本当に研究熱心ですねえ」

「そうよお、おかしなヒトがいかにおかしいのか、おかしくなるのかが私の研究テーマですもの」

といいながらチョコレートを口に放り込むジュウヤク。

「それは一生もののテーマですなあ」

にこにことチョコをほおばるジュウヤクをみながらヨウジョウは心から笑った。


仮想現実でいろんな体験をするというのは、学習に有効らしいです。想像させるだけで被害者がどんなに嫌か体験することで加害行為や無理解が減るとよいのですが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 精神衛生にも気を使ってくれるのはありがたいですね とはいえ精神の健康となると、どこまで「矯正」するべきか、精神の自由と考えあわせて微妙なところですが…
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