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6 結末は先送り

「妃選びをやり直してほしいとはどういうことだ。妃選びは本来、女院の権限で行なわれるもの。皇陛下とて口出しはされぬ」

 大宮殿の主たる皇太后陛下が厳しい声を出した。

 皇太子殿下は大宮殿で皇太后陛下、皇后陛下とお会いしていた。申し入れたのは殿下だった。

「私どもは予定どおり明日、そなたの妃を決定する」

「東宮よ、候補のひとりであった琴子を朔夜に娶らせたいというそなたの頼みを私たちは認めてやったではありませんか。これ以上の我儘を申すのはやめなさい」

 皇后陛下の言葉に、殿下の後方で控えていた朔夜は身を縮めた。だが、殿下は淡々としていた。

「おふたりが私の妃にと考えておられるのは苑子でしょうか」

「それを今そなたに言う必要はない」

 皇太后陛下が言われるのに、殿下はあっさり答えた。

「そうでございますね。では、私がおふたりに言わねばならぬことを申し上げましょう」

「まだあるのか。いったい何だ」

「苑子は妃候補を辞退するそうです」

「何を申す。まさか、そなたはそれを許したのではないだろうな」

「琴子のことを許したのですから、苑子を許さぬわけにはいかないではありませんか」

「どうしてそなたは勝手なことばかりする」

 皇太后陛下がとうとう声を荒げたが、殿下はさらに飄々としていた。

「その気がないとわかった者を無理やり引き留めて妃にするのは私の本意ではありません。ついでに申せば、琴子がいなくなったから苑子、苑子も駄目なら楓というように消去法で選ぶことも好みません」

「そなたは……」

「もちろん、私の妃を決めるのはおふたりでございます。私はそれに従います」

 殿下は祖母と母の顔を順に見たあと、ゆったりと礼をした。

 大宮殿を出たあとで、殿下は嘆息した。

「やれやれ、どんな結果が返って来るやら」

 そう言う殿下はすでに確信を得ているように朔夜には見えた。


 苑子が殿下に面会を求めたのは、琴子が東宮殿を出て行ったのと同じ昨日のことだった。午後のお茶のあとに執務室を訪れた苑子は、「本心を申せ」という殿下の言葉に素直に応じた。そして聞き終えた殿下の「良かろう」の言葉のあとで、後ろに立つ朔夜を振り返って言った。

「今のこと、琴子さまには私から直接お話ししたいので、しばらくは黙っていてもらえますか?」

「わかりました」

 朔夜が頷くと、苑子は微笑んで会釈を返したのだった。


 殿下が東宮殿の執務室に戻ってしばらく、大宮殿から書状が届けられた。それを読んだ殿下の顔には満足気な表情が浮かんだ。

「楓に伝えよ。明日の予定はすべて中止だ」

 真雪がすぐに部屋を出て行った。


 交代の衛士が来たあとで、さらに殿下に命じられて要件をいくつか片付ける。殿下に退出の挨拶をしてから東宮殿の周囲を歩いて見廻る。不寝番でない日の朔夜の仕事はそこまでだ。

 今夜、すべて終えたころに皇宮の閉門の合図である太鼓の音が聞こえてきた。時は戌の正刻、今までほとんど気にしたことのなかったそれが朔夜の耳にやけに大きく響いた。同じ時間に東宮殿の門も閉められるが、東宮殿の身分証を持つ者に限り裏門を通れるので、朔夜はそこから出て衛門府の寮に戻ることにした。

 歩きながら知らず溜息を吐いていた。祝言の夜につづき昨夜も不寝番だった。明日の夜もまた不寝番。琴子に会えるのは早くて明後日の夜になるが、今日のように仕事をしていてはそれも危うい。

 しかし殿下の命を断ることなどできないし、そんなことを口にすればむしろ用事を増やされそうな気がする。見回りはもともと自分で始めたことだが、だからこそ中途半端にしてはあとで気になりそうだ。

(とにかく何としてでもあさっては琴子のところに帰る)

 朔夜は決意を強く固めた。


 翌日、楓は中宮殿と大宮殿への挨拶と神殿参拝をひとりでこなし、最後に皇太子殿下のもとを訪れた。

「そなたには申し訳なく思う」

 珍しく殿下が殊勝なところを見せた。

「いいえ。琴子さまも苑子さまもそれぞれにご自身らしい決断をされたように思います。私はそれが嬉しゅうございます」

 楓は常と変わらぬゆったりとした口調だった。

「次回はおそらく年明けになるだろう。悪いがもう少し付き合え」

「仕方ありませんね。どちらにせよ友が関わることでございますし、結末を見ずに故郷に帰ってしまうのももったいなく思います」

 その日の午後、楓は東宮殿を一旦あとにしたのだった。


 さらに翌日の日暮れ前のこと。殿下の遣いで衛門府に向かった朔夜は偶然兄に出会った。

「おまえ、せっかくもらった嫁さんいつまで放っておくんだ」

「俺だって会いたいに決まってるだろ」

 兄が相手なので素直な言葉が出た。兄がハハと笑った。

「相変わらず殿下は人使いが荒いか。まあ、琴子もおまえが毎日来られないことはわかってるさ」

 兄が当たり前に「琴子」と呼んだことは喜ぶべきことなのかもしれないが、今は少し面白くなかった。

「毎日閉門の合図が聞こえてからしばらくすると淋しそうな顔してるぞ」

「……今夜は絶対帰る」

 朔夜は己に言い聞かせるように口にした。

「俺は夜番だから、家のこと頼むぞ」

 朔夜の肩をポンと叩いてから、兄は朱雀門のほうへと去っていった。

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