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27 東宮殿の女官

 皇太子殿下に返事をした3日後には、琴子は東宮殿の身分証を与えられ、通いで女官講義を受けた。やはり新しいことを学べると思うと、琴子は興奮した。

 女官見習いとして初めての講義に臨んだ琴子に、東宮殿の女官長青山は告げた。

「女官になる以上、あなたが左大臣さまの姫君であることも元妃殿下候補だったことも関係ない。これからは、ただの一女官として扱うのでそのつもりでいるように」

「はい。もちろんでございます」

 琴子は神妙な心持ちで答えた。

「とは申しても、あなたが女官として働いていくにあたっては、左大臣さまの姫君であり妃殿下候補だったことが大きな武器となることもまた事実。あなたの持つその能力を存分に発揮なさい」

 同様のことは朔夜や家族たち、殿下にも言われていたが、実際に女官として長く勤めている青山の言葉に琴子は深く頷いた。

 その後は女官の心構えなどが青山の口から語られた。

 2日目は宮中の行事やしきたりなどについてが主で、琴子はすでに学んだことばかりのため確認程度で終了となった。

 3日目以降は実技研修となり、苑子が姿を見せた。琴子が女官になる決断をしたことを、誰よりも喜んだのは苑子だった。

「また琴子さまとご一緒できて嬉しいですわ」

「私も、苑子さまがいてくださって心強いです」

「ですが、研修中は厳しく参りますから覚悟なさってくださいね」

「はい、よろしくお願いいたします」

 琴子が頭を下げる横で、青山が口を挟んだ。

「小笠原、あなたもようやく見習いを終えたばかり。復習のつもりでしっかりおやりなさい」

「はい、承知いたしました」

「それから、女官同士で名前にさまとつけて呼び合うことはおやめなさい。東宮殿の中であれば家名でとまでは求めませんから」

「はい」

 青山に揃って返事をしたあとで、琴子と苑子は顔を見合わせた。

 御服所から支給された女官の衣装は当然のごとく絹だった。琴子は久しぶりのその感触に初めこそ戸惑ったが、すぐに慣れた。

 礼儀作法に関しては琴子はほぼ問題なかったので、皇宮で貴い方々に仕え、特に妃殿下の身の回りのお世話をするのに必要な所作を習った。さすがに、嫁として家でやっていることよりもずっと細かい決まりごとがある。苑子やほかの女官を妃殿下に見立てて、動きを繰り返した。

 妃殿下は実家から長く側にいる侍女を伴うだろうし、皇宮でも何人も用意されるので、彼女たちを統率する立場になる琴子や苑子が実際にすべてを行うわけではない。しかし、一通りはできるようにならねば指導もできないだろう。

 琴子は苑子とともにひとつひとつ真剣に取り組んでいった。


 ある日の研修後、いつものように執務室に挨拶に伺った琴子に、殿下が告げた。

「帰る前に姫たちに会っていってもよいぞ。今からなら茶の時間に間に合うであろう。ただし、女官になったことはまだ話すなよ」

「はい。ありがとうございます」

 琴子は礼をとって立ち上がった。気持ちは急くが、戸を開けてくれた朔夜と目を合わせることは忘れなかった。

 友人たちは琴子を驚きとともに歓迎してくれた。

「まあ、琴子さま」

「よくいらしてくださいました」

「皆さま、お久しぶりでございます。近くにおりながら会いに来れずもどかしく思っておりましたが、殿下からお許しをいただけたので参りました」

「ああ、朔夜どののご実家は皇宮からすぐの場所なのでございますよね」

「はい、そうなのです」

「殿下の後ろに立っていらっしゃるのが琴子さまの旦那さまだと思うと、まだ不思議な気持ちですわ」

 しばらくすると、殿下もやって来た。もちろん、真雪と朔夜を従えていた。

「おお、琴子も来ておったか」

 殿下は琴子を見て声をかけてきた。先ほど顔を合わせたばかりであることなど、おくびにも出さない。

「はい。殿下のお言葉に甘えてさっそく参りました」

 琴子も殿下に合わせるように礼をとった。

 そのあとで殿下の後ろにいる朔夜の顔をつい窺ってしまった。執務室の戸の傍に立つ姿はここのところ毎日のように見ていたが、このような形では4カ月ぶりだ。殿下の護衛は以前と変わらぬ無表情だが、朔夜の本質を知った今となっては可笑しみを感じてしまう。琴子に遠慮なく見つめられて、朔夜が戸惑っているのもわかった。

「琴子、今日はわたしの護衛ではなく姫たちに会いに来たのであろう」

 殿下が呆れたように言った。お妃候補たちの前なので、その顔はにこやかなままだったが。

「そうでございました。申し訳ございません」

 琴子も笑顔のまま謝罪した。


 妃候補を前にした殿下の態度は、琴子がそこにいたころとは違って見えた。朔夜から聞いていなかったとしても、この中の誰が殿下の想う相手なのか琴子にはおそらくわかっただろう。

(もしかしたら、お仕えすることになるのがどなたかを教えてくださるために、殿下は私がここに来ることをお許しくださったのかしら)

 例え友人であっても、お仕えする相手によって心構えは変わってくるだろう。苑子ははっきりとは言わないが、すでにそれが誰になるのかわかっているようだった

 おそらくは、お妃候補たちだって殿下の気持ちに気づいているに違いない。本人だけは戸惑っているかもしれないが。

 すでに、正式な妃殿下の決定まではあと6日に迫っていた。

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