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2 布石の真相

「戻りました」

「お帰りなさいませ」

「遅くなってすみません。ついでに夕食を摂ってきました」

「そうではないかと思って、私も済ませました。それで、ご実家はどうでしたか?」

「大丈夫です。明日青龍門まで迎えに来てくれるそうです。わたしが送っていければよかったのですが」

 迎えてくれた琴子と再び向かい合って腰を下ろすと、朔夜は部屋の中を見回した。先程よりも荷物がまとめられている。侍女は今は寝室で作業しているようだ。朔夜は少し声をひそめた。

「申し訳ないのですが、士族の家には侍女を置く習慣がありません」

「玉のことは心配いりません。そもそも玉は父が雇っているのですから、勘当された時点で家に帰さねばならなかったのです。今は、甘えてしまっていますが」

 琴子は微笑んでいるが少し淋しそうだった。

「朔夜さまのご家族はご両親と、確かお兄さまがふたりいらっしゃるのですよね」

「父は5年前に亡くなりました」

「そうだったのですか。だから署名してくださったのがお兄さまだったのですね。お会いできなくて残念です」

「家には母と上の兄夫婦と甥姪がいます。下の兄は西の港街の守衛隊にいて、そちらに妻子もいます」

「上のお兄さまは朱雀門守護隊の副隊長さまとか」

「よくご存知ですね」

「苑子さまが色々教えてくださいました。朔夜さまのことだけではありませんが」

 琴子が今度はニッコリと笑った。朔夜は神殿で琴子に遠慮なく抱きついた苑子の姿を思い出した。

「本当に仲が良いですね」

「はい。ご学友の皆さまそうですが、苑子さまは特別です」

「特別、ですか」

 胸のあたりにモヤっとしたものを感じていると、琴子が首を傾げて朔夜を見上げた。

「あくまで友人としての特別ですから、朔夜さまが嫉妬なさる必要はありませんよ」

「わたしは嫉妬などしていませんが」

 ふたりの近さは少し羨ましかったが。

「そうでしたか。私はしましたが」

「あなたが、誰に?」

「皇太子殿下です」

「殿下、ですか?」

 朔夜がキョトンとすると、琴子は真顔で大きく頷いた。

「私よりも殿下のほうが朔夜さまのことをわかっていると仰られました」

 琴子が口惜しそうな顔をした。

「確かにその通りなのです。私はまだあなたのことをほとんど知りません。だから、これからたくさん知っていきます。殿下には負けません」

 殿下と張り合うのはどうかと思うが、琴子の気持ちは嬉しかった。

「わたしも、あなたをもっと知りたい」

 そうしてしばらく見つめ合っていると、ふいに寝室からカタンと高い音が響いた。ふたりの肩がビクリと動く。琴子が隣室に呼びかけた。

「玉、どうかしたの?」

「申し訳ありません。衣紋掛を落としてしまいました」

 おそらく、玉は大切な姫さまが衛士などと夫婦になったことをよく思っていない。琴子もそれを感じているようで、困った顔をした。なのに、次に口にしたのは大胆なことだった。

「ところで、朔夜さまはこれから不寝番でしたよね。どうかもうお休みになってください。あちらの寝台を使っても……」

「いえ、寮に戻ります」

 朔夜は慌てて立ち上がった。確かに少し寝るべきだが、さすがにここの寝室にもう一度入るつもりはなかった。

「ここでは騒がしくてゆっくり休めませんわね」

 残念そうに言って、琴子も立ち上がった。

「何かあればすぐにわたしに言ってください。明日からはわたしがそばにいなければ母を頼ってください」

「はい。私のことは心配なさらずに」

 ふわりと笑う琴子に対し、朔夜は寝室を気にしてやはり躊躇った。すると琴子のほうから朔夜の懐に入るように近づいてきた。誘われるまま、朔夜は琴子を抱き締めた。一度そうしてしまえば放しがたく、玉が再び衣紋掛を落とすまで朔夜は腕を解かなかった。


 朔夜が東宮殿に戻ると殿下は真雪とともにまだ執務室にいた。部屋の中にいた衛士と交代した朔夜を、殿下は文机から一瞬だけ目を上げて見た。

「なんだ、もう来たのか」

「時間通りですが」

「ああ、そうだな。そなたのせいで仕事が終わらぬのだった」

「……わたしのために色々とお心遣いいただきありがとうございます」

「そなたのためでなく琴子のためだ。まったく、昨夜もあまり寝ておらぬのに今夜もか」

「昨夜からだったのですか?」

 殿下の溜息を合図にするように、今度は真雪が口を開いた。

「昨日からあちこちに文を書いて手回ししていたのだ」

「わたしが届けたものだけではなかったのか」

「そんなわずかな時間ですべて整うわけないだろう。おまえに届けさせたのは別に書かずともよいような書状ばかりだ。ようは時間稼ぎだったからな」

「あの中だと、そなたの兄と母、琴子の母に書いたものだな。あと、左大臣か」

「左大臣さまにも、申の刻に祝言を挙げる、とお知らせしたのですか?」

「それではぶち壊せと言っておるようなものではないか。申の正刻に神殿に来い、だけだ」

「しかし、来られたときには知っておられましたが」

「それは、わたしがすれ違うときにお祝いを伝えたからだ」

 しれっと真雪が言うのに、殿下が可笑しそうに続けた。

「真雪が婚姻の届を出しに行くところとまでは気づかなかったのであろうな」

 何も言えずにいる朔夜に、殿下はニヤリとした。

「朔夜、そなた琴子を左大臣から庇ったのはよかったが、ただ止めてやればよいものをもう1度殴れなどと言うから左大臣も引っ込みがつかなくなったのだぞ。人を殴り慣れぬ貴族が衛士を2度も殴らされて、手を痛めて仕事に支障をきたさなければよいがな」

「それはわたしも見たかった」

 真雪も笑い出すのを我慢するような顔になった。

「あの、左大臣さまは一応わたしの舅になられたので……」

「まだ認めさせてはおらぬくせに」

「ですが琴子、さまの父上であることは変わりません」

「今、おかしな間が空いたな。もう呼び捨てにしておるのか」

「仕事が終わらないのではなかったのですか」

 とうとう朔夜は逃げに出た。すっかり手の止まっていた殿下は朔夜を睨んだ。

「そなたのせいでな」

 再び筆を走らせ始めた殿下が、しばらくしてから顔を上げずに言った。

「琴子は頼子に預けるのか」

「はい。母に頼んでくださりありがとうございます」

「そなたが嫁を取れば頼子も一安心だろうな」

 殿下の言葉で朔夜はしんみりとしかけたが、

「例え、父親があれでも」

と殿下が付け足し、真雪が小さく吹き出したので台無しになった。

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