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14 ふたりだけの時間

 朔夜に促されて久しぶりに帰宅した樹は、家族の前で東宮殿守護隊に入りたいと宣言した。

「おまえがそうしたいならいいんじゃないか」

 直哉が特に理由も聞かずにあっさりそれを認めたので、皆拍子抜けした。

「前から薄々感じてたんだけど、父上は俺には淡白だよね」

 樹が嘆息するのに、頼子が慰めるように言った。

「鈴は娘だから、どうしても気にかけちゃうんだよ。直哉には姉妹もいなかったしね」

「いや、鈴じゃなくて朔夜兄と比べてってこと」

「ああ」

 皆が納得の表情をする中で、直哉が首を傾げた。

「そうか? おまえは大事な家の跡継ぎだと思ってるぞ」

「別に妬んだりはしてないから、いいよ」

 樹は悟ったような顔で言った。

 その場にはいなかった朔夜が次に帰宅したとき、直哉は弟に息子の東宮殿入りのことを頼んだ。朔夜はすぐに東宮殿守護隊の隊長に話を通してきた。樹は近く東宮殿に仮配属されることになった。何事もなく進めば、そのまま本配属になるはずだ。


 すっかり寒くなって水が冷たく、洗濯が辛い季節になった。琴子は洗濯板に朔夜の黒い着物を擦りつける合間に手に吐息をかけながら、朔夜から聞いたことを頼子と美冬に話した。

「一花さまがご懐妊されたそうです」

「一花さま?」

「皇女さまのことです」

「ああ、殿下の妹宮ね」

「それはおめでたいことね」

「はい」

 琴子はご学友だった一花の笑顔を思い浮かべていた。あの方もお幸せにしているのだろうか。

「皇女さまって、琴子と同じくらいのお歳よね」

「同じ年の生まれです」

「じゃあ、来年18か」

「私は朔夜さまと一緒にいられることが幸せで、子どものことまで考えが及んでいませんでしたのに」

 美冬がクスクス笑った。

「それでいいんじゃない。わたしはわりとすぐにできちゃったから、あんたたちみたいなホワホワした時間あまりなかったわね」

 ホワホワ、と口の中で呟いてみて琴子は恥ずかしさを覚えた。

「そう言えば、澤田さん家の麻子ちゃんも子どもができたから正式に嫁に行くことになったんだって」

「あら、それもおめでたいですね」

「え、子どもができたからって、つまり……」

 ひとり驚く琴子を頼子と美冬は不思議そうに見つめた。

「ああ、貴族は婚前交渉はしないんだっけ」

「士族だと子どもができたから結婚て割と聞く話なんだよ。家の雅也もそうだし」

「別に誰とでもそういうことをするってわけじゃないわよ。普通はちゃんと将来のことを約束した相手とだけ。だって正式に夫婦になる前に相手が突然死んだりして後悔するのは嫌じゃない」

「大事なのは順番よりも気持ち、ってことね」

「はい」

 今の琴子にはわかるような気がした。朔夜とふたりでホワホワ過ごすのも、寝台の上で朔夜の腕に囚われるのも、琴子にとっては幸せな時間だ。たとえ3日に一度でもその時間があるからこそ、朔夜のいない日も笑っていられる。朔夜とふたりだけの時間をしばらくは独り占めしたいから、子どもはもう少し先がいいと琴子は思った。

「ところで雅也といえば、やっぱりひとりで来るって」

「ああ、寒い時季に小さい子を連れて旅するのは大変ですからね」

 衛士は2年に一度長期休暇を取れる。それを利用して朔夜の次兄が近々帰って来る予定になっていた。その子どもたちは10歳、6歳、3歳で、頼子はめったに会えない孫に今回も会えず残念そうだった。特に一番下の男の子にはまだ会ったことがないらしい。

「そうよね。一度こっちから行こうかね」

「そうされたらどうですか。わたしもお伴しますよ」

「楽しそうですね」

 都から出たことのない琴子は遠い地への旅に思いを馳せた。

「殿下も少しは朔夜に休暇をくれたらいいのにね。ふたりでどこか行きたいでしょ」

 長期休暇のことを最初に聞いたときには琴子も密かに期待した。が、よく考えたら3年半もの間朔夜が殿下の側にいないのを見たことがなかった。

「朔夜さまのお役目は代わりがおられませんから」

 つまり、そういうことなのだ。

「でも数日くらいならほかの衛士でどうにかなるでしょ」

「それだけ朔夜が殿下から信頼されてるってことだからね」

 頼子は複雑そうに笑った。

「同じ東宮殿勤めでも守護隊所属なら休めるのよね」

 美冬が少しだけすまなそうにそう呟いた。





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