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〜坂〜

19歳の夏のことだった。


当時の私は浪人生で実家のある田舎には通える予備校も近くにはなく、東京の祖母の家に居候してそこから予備校に通っていた。


東京といっても23区から離れ閑静な住宅地の奥にあった祖母の家は、どことなく実家とも似ていて祖母との2人暮らしに慣れるのも時間がかからなかったように思う。



祖母は早くに祖父を亡くしており私と暮らすことをとても喜んでいた。

私としても祖母がご飯を用意してくれるため最低限の家事手伝いで勉強に専念できていて、この暮らしにさして不満はなかった。


いや、あるにはあったというか、不満と言うほどでもないのだか地味にこの家の位置が駅から遠いのだ。


春先は感じなかったが夏場自転車で駅まで通学し始めるころには大変さを感じていた。


というのも祖母の家から駅までは坂ばかりで行きは良いのだが、教科書やら参考書で膨れた荷物を籠に入れて自転車を漕ぐ帰路はいつも汗だくだった。




その日私は寝坊して祖母が作ってくれた朝ご飯にも手をつけずに家を出た。


だいたい茶の間でかかっている朝ドラのオープンニングが聞こえる頃には家を出なければ1限に間に合う電車には乗れない。しかし、ドラマは始まってもう5分程たっていた。


私は駅までの下り坂を慌てて自転車で駆け降りたが、ちょうど1番長い坂の終わりにある赤信号に引っかかっていた。その坂はちょうど隣が小さな林になっていて木陰で朝も薄暗い。


誰かが見ているような場所でもないし、電車のこともあって信号を無視してしまうかかと考えていたとき、私は異臭に気がついた。


なんだか臭い。


生ゴミを放置したような、それでいて少し甘いような香ばしいような匂いがした。



あたりを少し見回すが私のいる林の近くにはなにもなく、車道を挟んだ向かい側はただの社宅だった。


結局私は信号が変わるのを待ちその場にそぐわない異臭については電車に間に合うかどうかのほうが気になってそれどころではなかった。


だが、結果として電車は努力の甲斐虚しく目の前で行ってしまったのだった。



初めて私は予備校に遅刻した。

途中入室に厳しかったのもあってか一限をサボってしまった。

当時頭の硬かった私は


この分の遅れは今日のうちに取り返すぞ


と決め、サボった時間は自習室に篭り、夕方全ての授業を終えてもまた自習室に向かった。


普段はこんなことはしない。

祖母が夕飯を用意してくれているからすぐに帰って家で勉強していたが

今日は終電まで頑張ろう!と気張っていた。

これがよくなかった。



祖母に帰りが遅くなることをメールし、自習室が閉まったあともファミレスで勉強していた。


そろそろ日付も変わりそうで終電も近くなったことに気付き帰り道に着いた。


家の最寄り駅に着いて自転車にまたがったが籠がいつもより重く感じる。

朝から全力疾走したこともあり頭も体も疲れきっていたのだろう。


「あぁ坂漕ぐのしんどいなぁ」


なんて思っていたが、いざ登り坂の手前まで来ると漕ぐのをやめ自転車から降りて押しながら登っていた。



そうこうしてるうちに朝の異臭のした林のある坂にきていたことに気付いた。

朝は木の陰で薄暗い程度だったがやはり夜になるとさっきまで通ってきた道とは違いひときわ暗い。

なんとなく林側を通るのが嫌だなと思い道を渡ろうしたとき、やはりあの異臭がした。


「そういや朝そんなこともあったな」


渡ろうとした足をとめ、ふと林の方に目をやると1箇所空に虫がたかっていた。この時点でなんとなく察しもつくものだが、なんの気なしに少し林に頭をつっこんでしまった。



「っ!!」



私はその光景に絶句した。

猫だ。

猫の頭部が平たい石の上に並べてある。

もうこの暑さで腐り原形をとどめてないものまであるが猫の頭が4つあった。どれも虫がたかり目は白らんでこっちを見ている。


私は自転車をあわてて押し反対側の社宅側の歩道に行った。


ヤバい。普段知っている林が別のものに見えた。

夏の暑さとは違う汗が大量に出てきた。


早く帰ろう、と自転車にまたがるがパニックと疲労でなかなかうまく漕げない。


諦めて押して足早に登っていると坂の中腹を過ぎたあたりで、坂の上の奥からなんだか話し声が聞こえた。


坂を登りきったところはただの住宅街になっている。


私は人気に少し安心した。

人影はまだ見えないが、でもよかった、人がいる。

変なものを見たけどいつもと変わらない道だ。


だがその声がおかしいことに私は気づいた。

それはどんどん近づいてくる。

話し声じゃない、笑い声だった。



「 アハハ、アハハハハハハハハハハハハ」



坂の上から林の側の歩道を白い服の女が笑いながら自転車で駆け降りてくる。


私はなにもできずその場で固まってしまったがもう視線を外すことは出来ない。


女はうえを向いて壊れたように首を左右に小さく振りながら笑い続けていた。


反対側の歩道の端にいる私に見向きもせず通り過ぎていった。



何秒たっただろうか、


不可解なあの女は行ってしまったが耳に残っているのか笑い声はまだ聞こえている気がする。


私は慌てて自転車を起こし家まで帰った。

正直あのあとどうやって帰ったかは覚えていない。


家に着きすぐに自室で布団にくるまっていたら気付けば朝だった。



それからというものあの坂を通る道はやめ、夕方もなるべく早く帰るようにした。


今は大学に合格し1人暮らしをしている。


あの並べられた猫の頭部と女の関係性は今もわからないが、いまだに夜道を歩いているとあの笑い声が聞こえる気がする。

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