旧校舎
「ねえ、知ってる?
旧校舎の階段に、出るんだって」
星野蓮がいたずら少年のような笑みを浮かべると、俺が毎回酷い目にあう。
だが、一応幼馴染だし、無視するのもアレだ。しょうがなく、返事をする。
「出るって、なにが」
「幽霊に決まってんじゃん。
で、面白いのはそれだけじゃないんだよ。
なんで旧校舎って取り壊されないか、知ってるか?」
「予算が足りないんだろう。
建物って、壊すのにも金かかるからな」
「ブッブー、残念。はずれ。
夢のない回答だから、マイナス100点です。そこは幽霊を絡めないとダメだぞ。
大ヒントを見逃すなんて、芸人失格だよ」
探偵が犯人を指差すように、指を俺に向けてきた。
無視して会話を続ける。
「幽霊がいることって、夢があるのか?」
「幽霊がいたら、卑弥呼とかに会えるんだよ。邪馬台国の謎を解き明かせる。つまりロマンの塊じゃないか」
「何百年彷徨ってんだよ、卑弥呼」
そういえば昨日、『邪馬台国の謎を追う』、みたいな番組をやっていたような気がする。
相変わらず影響されやすいな。
「じゃあ、お待ちかねの正解発表です。
なんと正解は、『危険だからって、何度も何度も壊そうとしたらしいんだけど、毎回、不幸な事故が起こるらしくて、終いには、撤去する人が誰もいなくなった』でした」
「へぇ」
くだらない。
あと、正解が長い。そんな答え出せる訳がないだろう。
面倒いから突っ込まないけど。
「いやいや、本当なんだって」
蓮が顔を近づけて話を続けた。
「誰から聞いた話だよ」
「代々、口伝で受け継がれてる話だ」
真面目な顔で言う。
「……どうせ、お前の兄貴から聞いたんだろ」
蓮の兄貴が言いそうな、ってか、そのまんまの口調だ。また遊ばれてるようだ。
「うん、兄貴は先輩に聞いたんだって」
「で?」
「見に行こう」
「なんで?」
旧校舎は老朽化が原因で使われていないと聞いた。
確か立ち入り禁止のはず。
……こういうバカが出るから、さっさと壊しておいて欲しかった。
「そりゃあ、面白えもんがあれば見に行く。それが男ってもんだろ」
「頑張れ」
ツッコミ所は放置してエールを送る。
「お前、俺を1人で行かせる気かよ」
「俺は全く興味ないから」
「そんな⁉︎
……ああそうか、わかった、怖いんだな。
大丈夫。お前は俺が守る。安心してきてくれ」
がっしりと肩を組んでくる。
「悪い、今生きるのに忙しんだ。
90年後また誘ってくれ」
「いいじゃん。行こうぜ」
「お前こそ怖いんだろ」
「ばっ、馬鹿。
怖いわけないじゃん。
俺を怖がらせたら大したもんだぜ」
目線が凄く泳いでいる。完全に図星だったようだ。
「じゃ、旧校舎は大したもんなんだろうな」
「なあなあ、そんなこと言ってないで、行こうぜ」
うるさい奴だ。
たぶん、俺が頷くまで騒ぎ続けるんだろうな。
星空蓮、こいつは、『俺』とか言ってるけど、ビビりの女の子だし。
はあ、どうせ兄貴に焚きつけられて、引けなくなってんだろうなぁ。
毎回毎回、変な所にばっかり連れ回しやがって。
他の女子は、付き合うだのデートだのなんだって、色めきたってんのに、こいつは……。
「わかった、今度映画行くから、それに付き合え。
そしたら、一緒に行ってやる」
「本当か?
よし、わかった。
じゃあ、ラブコメな」
満面の笑みで、見る映画を指定してきた。
「映画の方に食いつくなよ。
てか、見るのはSFに決まってるだろ。
ラブコメなんてやだよ」
「お子様め」
「お前にだけは言われたくない」
放課後、蓮に連れられるまま、旧校舎へ向かう。
「おい、本当に行くのか?」
「やっぱり怖いのか?」
蓮は首に巻いているマフラーをいじって、笑った。
100%馬鹿にしてるな、こいつ。
「このジャングルみたいな中を行くのかって、聞いてんだよ」
蓮には、都合の悪いものが見えないのか。
旧校舎は、がっつりジャングルみたいな場所にある。
木々と背丈よりも高い草が、ボウボウと生い茂って、行く手を阻んでいるのに、蓮は最高の笑顔だった。
「ああ、大冒険みたいでワクワクするな」
ダメだ。目が輝いてる。
「セーターがダメになるぞ」
せめての抵抗で言ってみる。だが、蓮は長い木の棒を拾って、見せつけてきた。
「大丈夫、枝は全部切り開く」
鼻歌を歌いながら草を掻き分ける蓮について行くと、木の間から建物が見えてきた。
古臭い校舎が、不気味なそびえ立っている。
「あれだよ、あれ」
蓮の歩くスピードが上がる。
そして、建物の前で止まった。
まあ、当然だな。
どう見ても、中には入れそうにない。
ドアの取っ手が、鎖でしっかり縛られている。
しかも、鍵がついているし、おそらく鍵もかけられているはずだ。
「これで満足だろう。入れないし。
帰ろうぜ」
それにしてもよかった。面倒ごとは避けられそうだ。
蓮を促し、帰ろうとする。
しかし、蓮はチッチッチッと舌を鳴らし、指をふった。
「甘いな。裏口があるんだよ。
裏口入学ってやつだ」
「お前、完全に兄貴に遊ばれてるぞ」
蓮の兄貴は、適当な言葉を間違って教える。もちろん、あの人自身が間違って覚えている可能性もある。だけど、蓮で遊んでるだけなんだろうな。勘だけど間違ってないと思う。
妹への愛情表現が独特なんだ。
「ん?
兄貴とはよく遊んでるけど、どうした、それが」
蓮は不思議そうに首を傾げた。
「いやいい。
で、その裏口ってのは、どこにあるんだよ」
「こっち」
できればそれも、嘘であってくれ。
そう願いながら、歩き出した奴の背中を追う。
そして、校舎の裏っ側に、教師の怠慢を見つけた。
思いっきり、穴が空いてる。
俺や蓮なら、屈めば余裕でくぐれる大きさだ。
「おお、本当にあった‼︎」
「お前も半信半疑だったのかよ」
騙されて続けて、一応、警戒心が芽生えたのか。蓮の成長は嬉しい。
でももう少し成長して、こんな所には連れてこないでくれると、もっと嬉しい。なぜか一生叶わない願いに思えるけど。
「よし、入ろう」
でもどうやら、奴には俺の声が聞こえてないらしい。
慌てて奴の肩を掴む。
「バカ、よく考えろよ。
全然使われてない校舎だぞ。
入った瞬間、床が抜けるかもしれないだろ」
「大丈夫、翔がいるし」
本当にタチが悪いな。そんなに信頼しきった顔で見られたら、断れない。
くそ、こいつが男なら置いて逃げるのに。
「俺が前を行く。
お前は後な」
仕方ないから、俺が先に行くしかない。
こいつがうるさそうだけど。
まあ、対処法はある。
「ずるい。
俺が最初に行きたい」
案の定、蓮が騒ぎ出した。
仕方ない、いつもの手だ。
「俺がやられたら、助けを呼びに行ってくれ。
信じてるからよ」
キメ顔ぽいのを作って、漫画のセリフっぽいのを言ってやれば……。
「任せろ。
お前の屍は俺が拾ってやる」
かかった。これだから、兄貴に遊ばれるんだろう。
あと、それを言うなら、屍じゃなくて骨だし。
あともちろん、骨になるつもりなんでない。そういったことを色々言いたいけど、飲み込んだ。
さっさと終わらせよう。
「ああ、頼んだぜ。
それじゃあ、俺が来いって言ったら、入ってこい」
板の穴をくぐった瞬間から、床がミシミシと鳴る。
大丈夫か、これ。
一歩歩いてみる。音こそすごいが、以外に丈夫そうだ。
足に伝わってくる感覚は、地面を踏んでいるみたいに硬かった。
それに、窓ガラスから入る夕日で、中はよく見える。
穴の真正面に、でかい階段があった。
それでも、蓮と探索するなら、周りも見回っていた方がいいだろう。
蓮が怪我しても嫌だし。
「聞こえるだろう?
すげぇミシミシ床がなる。
床が抜けないか調べるから、少しだけ待ってろ」
「ええっ、俺も行きたい」
穴の向こうから不満の声が聞こえた。
「いいか、俺がやられた時、お前が頼りなんだ。
必ず、助けを連れて戻ってきてくれるだろう?」
またしても寸劇を挟んでみた。
「わかった、俺に任せろ。お前も気をつけろよ。
嫌な予感がする」
それなら、今すぐ帰りたいんだが。
だが、口に出しても無駄だろう。
どうせノリで言ってみただけに決まっているし。
「ああ、頼む」
適当に言葉を紡いで、歩きだす。
やっぱり、ギシギシミシミシ、音こそなるけど、床が抜けるようなことはなさそうだ。たわむことすらない。
蓮はこちらを覗き込むこともせず、穴の向こうで静かにしている。
やっぱり怖いんだろう。寸劇こそ挟んだが、実際は俺がいいと言うまで、絶対に入らないと思う。
蓮はそういう女の子だ。
そんなことを考えながら、足元を確認して歩く。そうしていると、おかしいなことに気がついた。
足音がする。しかも沢山。
奥からだ。誰か俺以外にいるのか。
教師かな。だとしたら、やばい。
立ち入り禁止の場所で会うなんて、最悪だ。
急いで戻って、穴をくぐり外へ出た。
「どうした? そんなに慌てて」
「誰かいる、しかも結構な人数。
教師かもしれない」
「えー。俺は一度も入ってないのに。
ちょっとくらい覗かせてよ」
俺が無事に帰ってきたから、安全だと思ったんだろう。
嬉々として蓮はしゃがむ。そして穴を覗き込んだ。
「今日は帰ろう。
また今度来ればいいだろ」
見つかりたくないから、蓮を促す。
教師と鉢合わせなんて面倒だ。
って、あれ?
俺ですら、歩くたびにキシキシギシギシ、すごい音が鳴り響いた。
誰か歩こうがすごい音がするはずなのに、奥からは足音だけが響いていた。
いや、もしかしたら、奥の方は板がしっかりしていて、音は鳴らないのかもしれない。
そう考えれば、説明はつく。やっぱり教師がいるんだ。
……いやいや、それもありえない。
もし仮に教師なら、俺があれだけの音を鳴らしたら確認に来るだろう。
そうなると、俺に顔を見せられない奴がいるのか。
不審者かもしれない。ホームレスの集団?
何にしても、それなら幽霊の方がマシだ。
「蓮、急いでここを離れるぞ。
この建物の中に、不審者がいるかもしれない」
蓮を窺うと、様子が変だった。震えている。
「あ、あああ」
蓮が小さく謎の声を上げた。
慌てて肩に手を回す。
「どうした、蓮」
「な、なんか、理科室の骨みたいな足が沢山……」
すごく小さな声で、蓮が言った。
蓮の隣から覗き込むと、ぺたぺたと歩く足がたくさん見えた。
骨が悲しいくらい浮き出ている。
何かを求めるように、歩き回っていた。
「行くぞ」
蓮の肩を抱き寄せ、無理やり立たせた。
「えっ?」
「いいから行くぞ」
蓮の手を取り、走ろうとして、左足首にひんやりした硬い感覚を感じた。
誰かに握られている。
下を向くと、骨でできた手が俺を掴んでいた。
いや、よく見ると皮が張り付いている。一応、人の手だ。
でも信じられないくらい、強い力で掴まれていた。
とにかく蓮を逃がさないと。
「蓮、先に逃げろ」
「む、無理。
足が掴まれてる」
「えっ?」
横を見ると蓮の顔が青くなっている。
下に視線を向けると、蓮の足首も骨のような手が掴んでいた。蓮は右足を掴まれている。
たぶん穴から見えた誰かが、両腕で俺たちを捕まえているんだろう。
振り返りたくないけど、首を捻って後ろを見ると、穴から骨のような腕が2本伸びていた。
くそっ。
蓮の腰へ手をまわし、ギュと掴む。
「離せ、この野郎」
掴まれていない右足で踏ん張って、左足と蓮を引っ張る。でも、少しも動かない。
せめて、蓮だけでも逃がしたい。
そう思った瞬間、左足首の握られた感覚が消えた。
引っ張っていた蓮ごと転びそうになったが、なんとか踏み止まる。
そして、そのまま蓮を引っ張るように走った。
「行くぞ」
「ちょっと、速い」
苦しそうな蓮をを引っ張りながら、草を掻き分ける。
夢中で逃げて、ジャングルを抜けた。
それでも安心でない。
ハアハア言っている蓮を無理やり押して、校舎まで走った。
グランドでサッカーをしている奴らが眼に映る。
どうやら助かったみたいだ。
「大丈夫か、蓮」
「う、うん」
「なんだったんだ、あれ。
そうだ、悪い、ちょっとズボンめくるぞ」
「えっ、ちょっと⁉︎」
なんか言ってるけど無視だ。
屈んで蓮のズボンをめくると、くっきり、赤く手形が付いていた。
「痛くないか?」
「大丈夫だけど、俺は一応女だぞ。
足を気軽に触るなよ、びっくりするだろ」
蓮が顔を真っ赤にしていた。
跡こそついているけど、大丈夫そうだ。よかった。
「いつまで、触ってるんだ」
蓮はテイっと、足を引いて俺の手を振り払った。
今更だけど、少し顔が熱い。
「翔こそ大丈夫か?」
蓮に聞かれて、俺もズボンをめくってみた。
蓮と同じように、跡がついている。
「痛くはないし、大丈夫だ」
「なんだったんだろ?
あの人たち」
「とにかく家に帰ろう。明日、詳しいことを知ってそうな人に聞けばいいただろ」
蓮の手をとる。
蓮の顔がまた少し赤くなった。
それで気づく。何普通に、蓮の手を握ってんだよ、俺は。
慌てて離すと、蓮がすぐさま俺の手を捕まえた。
「翔が怖がるといけないから、俺が握っててやる。
感謝しろよな」
まったく、怖がるくらいなら最初からあんなところ連れて行くなよ。
そう思いながら握り返す。
さっきよりも顔が熱い。
蓮の顔も、夕日が反射しているのか結構赤かった。
「行くぞ」
歩き出しても、会話がない。
普段、どんな話してたっけ?
そんなことを思いながら、狭い道の角を曲がろうとすると、足首を掴まれた。
体が動かない。
足首を掴む手が、だんだん上がってきている。しかもどんどん増えていく。
顔の前に、骨と皮だけでできたような、女か男かもわからない顔がすっと上がってきた。
旧校舎でみた奴らだ。
「ひっ‼︎」
蓮の悲鳴が聞こえた。
くそ、動け体。
なんとか目線だけは動かせた。
横目で蓮を見ると、蓮に骨のような人たちがまとわりついていた。
やばい。
その瞬間、すごいエンジン音した。
どんどん近づいてくる。
凄まじいスピードで、風が顔面を襲った。
一瞬視界にめちゃくちゃなスピードで、トラックが横切った。
ガン、ドンガラガッシャン。
凄い音がした。
その方向を見ると、ブロック塀にトラックが突っ込んでいた。
危なかった。
もしそのまま歩いていたら、間違いなく引かれていた。
あれ、動けている。それに骨の人たちがいない。
……もしかして、俺たちを助けたのか?
そうだ、蓮は大丈夫か⁉︎
「な、なんだったの?」
蓮を見ると、困惑して崩れた塀を見ていた。
「わからない。
とにかく家に帰ろう」
トラックの周りに野次馬が集まり出していた。
*****************
次の日、こういうことに詳しそうな人がいる部屋へ向かった。
「誰に聞くの?」
「校長だ」
「えっ、なんで?」
不思議そうに蓮は聞いてきた。
「入学式の時言ってただろ、校長の曾祖父さんが、この学校の初代校長だったって」
「世襲議員って奴か‼︎」
ポンと手を打って蓮が笑った。
「議員じゃねえよ。
それに、ここは市立だ。
教師一族なだけだろ」
「でも、そう簡単に会えるのか?
学校のラスボス的な人だぞ」
「入学式の時に、『気軽に遊びに来てくれ』って言ってたからな。
間に受けて押しかけるだけだ。大丈夫」
校長室の扉をノックした。
「どうぞ」
「校長先生、こんにちは」
「はい、こんにちは」
座っていた校長は、少し目を見開いた後、目を細めて俺たちに微笑んだ。
「こんにちは」
校長室に入ると、着物を着た校長の絵が、ドンと壁にかけられていた。
どんだけこの爺さん、自分が好きなんだろう。
まあいいけど。
「おや、この絵が気になるかい?」
俺が、いや蓮もか、絵を見ているのに気づいたらしく、ニヤニヤと爺さんが笑う。
むしろ、気にならない奴の方が少ないと思うけど。
「そんなに気になるなら、説明しようか。
彼は私の祖先だよ。
私そっくりだろう?
彼は、隣町あたりを治めていた、君たちにわかりやすく言えば、お殿様だ。
彼は素晴らしい逸話が残っていてね。
ある年、大飢饉が襲ったんだ。
大飢饉というのは、食べ物が取れないことを言うんだけどね。
なんと、治める町から、ただの1人も餓死者を出さなかったそうだよ。
彼はそういう場合に備えて、お米をきちんと貯蓄していたらしいんだ。
今の隣町のあたりの話なんだけど、すごく小さな領地ながら、素晴らしいお殿様だったんだよ。
彼に似ていることを、私は誇りに思っている」
すごくどうでもいい、家柄自慢だった。
しかも長い。
まあ、校長が話好きなのは、全体朝会で分かっている。しょうがない。
軽く聞き流して切り出す。
「ちょっとお聞きしたいことがあります」
「なんだい?」
「いえ、あの旧校舎でお化けが出るって聞いたんですけど、本当ですか?」
校長が一瞬固まった。
「他にも聞きたいことがありそうだね。
お茶を入れよう、そこのソファに座りなさい」
腰掛けてすぐ切り出す。
「友達が、旧校舎に行ったんですよ」
「あそこは立ち入り禁止だよ。
まさか、その告げ口に来たのかい?」
面白そうに校長が俺を見つめた。
「いえいえ、申し訳ないですけど、友達は売りません」
なにせ隣にいるしな。
しかも、俺も芋づる式に御用になる。
「ほう、罪の告白でないとなると、何をしに来たんだい?」
告白という言葉に色めき立っている蓮を気にせず、
俺は蓮に起きた話を、匿名の友達の話として校長に話した。
嘘はついていない。なにせ友達の話だからな。
「聞きたいのは、幽霊達のについてです。
なんで友達を助けたんでしょうか?」
「君は、どう思うんだい?」
「もしかしたら助けてくれたんじゃないかな、って思ってます」
校長が深く頷いた。
「そう考えることもできるね。
でも、最初から君たちを捕まえていなければ、そんなトラックにはあわなかっただろう?」
「俺、いや、私たち呪われたんですか?」
蓮が真っ青な顔で校長を見た。
友達の話って設定を守ってほしい。
「ふふふ、友達の話ではなかったのかい?」
「あっ‼︎」
蓮がやっちまったって顔をした。
まあ、思ったより茶目っ気のありそうなお爺さんだ。
大丈夫そうだな。
「まあ私から言えることはただ一つ、あの旧校舎には近寄ってはいけない。
ただ、それだけだよ」
校長は真顔で俺たちに忠告をした。
「あそこの幽霊たちは、何者なんでしょうか」
校長は黙って俺を見つめた後、口を開いた。
「あの旧校舎は、集団自殺があった場所に建てられたらしい。
流行病で子供が全員亡くなってしまった母親たちが、集団で自殺したと伝えられている」
校長はお茶をすすった。
「なんでそんな場所に学校を建てたんですか⁉︎」
蓮が立ち上がった。
「土地代が安かったからだよ」
「そんな理由で……」
「あくまでその話も伝承だよ。
本当のところは、私の曾祖父さんにも分からなかった。それに、私も曾祖父さんも、しがない公務員だ。
学校を建てる場所にまで、口は出せなかっただろう。
それに一応、供養塚だけは残っているらしいんだ。保健室にあると聞いている」
校長は蓮を見ながら微笑んだ。
「仮にその伝承が本当だとしたら、なんで、あの人たちは友達を助けたんでしょうか?」
あくまで友達と言い張る。もうあまり意味はないけど、一応。
「幽霊たちは、子供が危険な目に合うのを見過ごせなかったのかもしれないね。
まあ、人の気持ちは目に見えない。
幽霊ともなれば、なおさらだ。
もしかしたら、建物の外には大した影響を及ぼせないから、君たちが自分から近づくように助けた。
そんな可能性もあるだろう。
……君は賢いようだから、もう一度言っておこうかな。
とにかく、あの旧校舎には近づいてはいけないよ」
念を押すように校長は言う。
「でも、助けてもらったから、お礼はしないと」
蓮が呟いた。
言っていることは正しいけど、できればあの幽霊たちには金輪際会いたくない。
あと、一応俺たちじゃない設定で話してんだからな。
打ち合わせしてから来ればよかった。
「では、私と行くかい?
どんな意図があるかはわからないが、我が校の子供を守ってもらったようだ。
なら、校長としてお礼をすべきだろう。
なに、私といれば滅多なことは起きないよ」
助け舟なのか、余計なお節介なのかわからない提案だ。
言っていることに嘘はなさそうだけど、それだけじゃない気がする。
じっと校長を見ていると、校長は苦笑いを浮かべた。
「実は私は、旧校舎に行ったことがないんだ」
「えっ?」
「先祖代々の遺言で、あの土地に入らないように言われていてね」
「曾祖父さんは?」
「旧校舎には入らなかったらしい。
それで許されていたんだから、時代を感じるね」
「でも」
「そうだ、穴は補修しないといけない。
その下見に今から行くんだが、良ければ案内してくれないか?
もちろん、旧校舎の中には入らないから安心してほしい」
校長はウインクした。
「ぜひお願いします」
蓮が頭を下げた。
しょうがない、俺も頭を下げる。
そして、旧校舎についた。
「これは大きな穴だね。君たちくらいの子なら、簡単に通れるだろう。
早めに修復しないといけないな。
……ああ、すまない。
まずはお礼を言おうか。
さあ、手を合わせて」
校長に促されるまま、手を合わせた。
「我が校の子どもを守っていただき、ありがとうございます。
お礼というには足りないですが、よろしければ、こちらをお納めください」
校長は持ってきていた饅頭を、小さな小皿に乗せて、穴の中に入れた。
その瞬間、穴からいくつもの骨のような手が伸び、校長を引きずり込んだ。
「えっ」
声を出したのは、俺だろうか、蓮だろうか。
ただ、ただ、なにが起きたかわからなかった。
ただ、校長も饅頭もなくなっていた。
「助けないと」
蓮が呟き、穴へ向かおうとするのを、間一髪、後ろから抱きしめて止めた。
「大人を呼ぼう。今すぐ」
蓮を連れて職員室まで走った。
「あ、あの、校長先生が」
そこまで口にして、なんて言えばいいのか悩む。
あんなのどうやって説明すればいいんだ。
「校長先生が旧校舎で倒れたみたいなんです。
誰か来てください」
蓮が声を上げた。
「なんだって⁉︎
笠原先生を呼んでください。
とりあえず、僕が確認してきます」
学年主任の大友先生が、焦った顔で言う。
「あっ、私も行きます」
ごつい先生も手を挙げた。
「倒れた場所はわかるかい?」
「はい。
蓮は教室に戻れ」
これ以上、蓮は関わらせない。
俺が先に返事をした。
「いや、俺も」「いいから、任せろ」
「ごめん、見つめ合っているところ悪いけど、一刻を争うかもしれない。
できれば、男の子にお願いしたいな。
走りたいから」
大友先生が少し体を揺すりながら俺を見た。
「はい、こっちです」
「ごめん、翔。お願い」
蓮が少し下を見つめて言った。
頭を軽くポンポンする。
「行きましょう、先生」
「うん、頼むよ」
何故かごつい先生が俺をにらんでいた。
そうして3人で走り、旧校舎にきた。
「あれ?
チェーンがかかったまま……。
校長先生はどこから入ったんだい?」
「こっちです」
裏へ回り、穴を指す。
「この穴から入ったのか……」
「ええ、穴を確認しないと、って」
「私も無理すれば入れなくはないですけど」
ごつい先生が困ったように言った。
「田中先生はここで待っていてください。
僕が確認してきます」
大友先生はそこまで言った後、俺を見て言葉を続ける。
「えっと校長先生が倒れている場所を教えてくれるかな?」
校長先生がどうなったかはわからない。
どこにいるかもわからない。
とにかく、この中に吸い込まれたことだけは確かだった。
どうすればいい。
答えられないと、先生は帰ってしまうかもしれない。
何か、何かヒントはないか。
そういえば、供養塚があるって言っていたな。
たしか、保健室だったか。
どうせ当てはないんだ。
「保健室です」
「保健室って、たしかあっちか、
行ってくる」
大友先生が走り出した。
ギシギシ音を鳴らし足音が遠ざかっていく。
しばらくして、田中先生の携帯が慌ただしく鳴る。
嫌な予感がした。
「校長先生の所に、大友先生がついたみたいだ。
教えてくれてありがとう。
えっと、そういえば名前を聞いてなかったね。
名前を教えてくれるかい?」
「山門翔です。
それで、校長先生は⁉︎」
「山門君、君はもう戻りなさい」
田中先生は笑顔を作ると、優しく言った。
その表情が、すごく嫌な想像を掻き立てた。
「ここに居させてください」
「邪魔はしないように」
諦めたように田中先生が言った。
そして慌ただしく電話を始めた。
どうやら、俺に構っている時間がないようだ。
それからは慌ただしく、先生が集まってきた。
俺のことに気がつかないくらい、先生たちは動きまわっている。
そして、救急隊が到着し、窓から校長先生が運び出された。
運び出された校長先生は、心臓を抑え、足を外へと曲げて動いていない。
目は完全に見開き、口は半開きだった。
****************
やっぱり校長先生は亡くなったらしい。
放送で、黙祷を捧げるように言われた。
そのあと、担任に俺と蓮は呼び出された。
「実は、校長先生のお父さんが、君たちの話を聞きたいそうなんだ。
君たちが会いたくないなら、会わなくていいよ、もちろん。
ただ、その人から君たちに渡してほしいって、手紙を預かっているんだ。
一応、先に見させてもらったけど、不思議なことが書かれていたよ。
見るかい?」
頷くと、一枚の便箋を渡された。
達筆な字で、
『君たちの見たものを全てを話してほしい。
どんなものであっても。
君たちが見たかもしれないもの説明もできる。
できれば会ってお礼と話しがしたい』
と書かれていた。
蓮を見ると小さく俺に頷いた。
考えは同じようだ。
「会わせてください」
「本当にいいのかい?
もしかしたら、何か言われるかもしれないよ」
「「はい」」
「わかった。
ちょうど、校長先生の遺品を取りに来ているんだ。
校長室に行こうか」
「先生も来るんですか?」
「本当は君たちと会わせるのも、怒られそうなんだよ。だから、万一の時は庇ってくれよ?」
そう言いながら、校長室に入った。
「どうも、この子たちが、校長先生が倒れたことを伝えてくれた子たちです」
「ああ、そうか。
ありがとう、あなたはもう戻って構いませんよ」
校長先生よりもお爺さんが、巨大な絵の前に立っていた。
「そうはいきませんよ。
今の時代はうるさいんですから」
「ああ、そうだったね。
まあ、いても構わないから、彼らの言葉も私の言葉も遮らないでくれるかい?」
「あなたがこの子たちに詰め寄るようなことが無ければ、いたしませんよ」
「もちろんだとも。
なぜ私がそんなことを、ああ、そうだったね。
先に言っておこう。
息子のことを知らせてくれてありがとう。
君たちのお陰で、きっと苦しみは長引かずに済んだ」
蓮が泣きそうになっていた。
「あの、でも、俺、違う、私のせいで先生が死んじゃったんです」
「ああ、やっぱり何かを見たんだね?
何が起きたせよ、これは私たちが招いたこと。
君たちはまったく悪くないよ。
それだけは忘れないでほしい。
そしてできれば、何があったかを、どんな不思議なことだったとしても話してほしい。
お願いできるかな?」
この人は何かを知っているんだ。
そして、何かが起きたことも。
全てを包み隠さず話した。
担任が口を出そうとするのを、お爺さんが睨んで止めたことが数回あったけど、全てを話し終えた。
「話してくれてありがとう。
そして、私の一族の不祥事に君たちを巻き込んでしまったことを謝らせてほしい。
本当に申し訳ない」
お爺さんは頭を下げた。
「でも、私のせいで、校長先生が」「違う、俺のせいだ。
校長先生に話すことを決めたのは、俺だ」
「どちらのせいでもないよ。
あの絵、わかるかい?
悪いのは、あそこに描かれている人と私なんだ」
そう言ったあと、お爺さんは静かに涙を流した。
「ああ、説明しないといけないな。
君たちは、あの絵に描かれている人について聞いているかい?」
コクンと俺と蓮は頷いた。
「そうか。
倅、校長先生から聞いたんだね?
山口先生は知らないようだ。
君もここまで聞いたのだから、軽く説明しておこうか。
彼は隣町の大名の名代をしていた。
その時に、大飢饉が襲ったんだ。
しかし彼は、領地からは1人も餓死者を出さなかったらしい。
隣町では、未だに英雄扱いされているよ。
あらかじめ飢饉を予想し、貯蓄していたものを配ったと言われている」
「名君ですね」
担任が相槌を打った。
「ああ、領民からすればな。
ただ、飢饉ならばともかく、大飢饉など人の手でどうにかなるものではない。
貯蓄してある物だけでは足りなかった。
そこで、私設の武士たちを使って、近くの村から食べ物を奪ったらしい。
ちょうど、旧校舎があった辺りにあった村をからね」
「えっ?」
「ああ、勘が鋭いね。
今君たちが想像している通りだよ。
旧校舎に出る幽霊とは、食べ物を根こそぎ奪われ、飢えて亡くなった人たちだ」
「おかしくないですか?
普通そんなことになったら、
一か八かで、隣町に押しかけそうなものですが」
担任が聞いた。
「それをできないようにしたんだよ。
子供を全員連れ帰ったんだ。
村人には、子供たちだけでも助けることにした、とか言ってな。
抵抗したものは切り、連れ帰るはずの子供たちも、連れて行く最中に殺してしまった」
「そんな話、聞いたことないですよ」
担任が驚いたように声を上げた。
「私のご先祖が書いた本に、深い痛嘆の年と共に記述されている。
しかし、必要なことだったとも書かれているが。
それから、代を跨いで、そのことを覚えている人がいなくなった頃、私の5代ほど前の先祖が、旧校舎の所に供養碑を建てた。
そして、そのお参りをした際に、突然苦しみだし死んだらしい。
4代前の者も、3代前の者もな。
それ以降、私の一族は供養碑には近づかないことにしていたんだ。
だが、私の祖父は、あの学校の校長になってしまった。
校舎に入ろうとすると、骨のような何かが彷徨い歩いているのが、見えたらしい。
君悪がって、一度も校舎には入らなかったと聞いている。
そして、私の父と私の代で、この話は口を噤むことに決めた。
私の息子が、名代を描いた絵とそっくりだったからだ。
自分とよく似た英雄を気にいっている息子に、真実は話せなかった。
話していれば、旧校舎に近寄るなんてことはしなかっただろうに」
お爺さんは、目から流している涙を拭き、机のお茶を一気に飲み干した。
「倅には、話をでっち上げ、呪われていることだけを伝えた。
そして、絶対に近づかないようにと。
だが、君たちを助けたということを聞いて、危ないものではないと判断してしまったのだろう」
「やっぱり、俺が旧校舎になんか行こうって言わなければ、こんなことにはならなかったんだ。俺のせいだ」
蓮が呟いた。
「いや、どうあっても、息子は連れていかれたように思うよ。
その証拠に、私が供養碑の所に行っても何も起きなかった。
怨霊は、なんとしてでも、大惨事を起こした奴を連れて逝くつもりだったんだよ。
時間がどれだけだったのかも知らずにね」
お読みいただきありがとうございました。
この話はフィクションです。
*2018/7/20 色々付け足しました。