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悪役令嬢部屋

悪役令嬢に転生したくないと言ったら責任者が出てきて説得が始まった

作者: ケシモク

 どうも、お待たせいたしました。

 転生案内課課長の牛頭ごずと申します。

 馬頭めずの話しですと、転生先とのマッチングで何か問題が……?


『希望先と合わなさ過ぎる』ですか。

 ええハイ、何度も同じ事言わされると面倒くさいですよね。申し訳ありません、関係者同士の連絡をもっと密にするよう徹底させますので。では改めて、私の方からご案内とご説明させて頂きます。


 じゃあまず、閻魔帳もう一度確認させて頂きますね。繰り返しになって申し訳ございません。


 お名前が、巌流島まつゑさん。

 ご享年が四十二歳。

 死因は……仕事帰りに泥酔して、用水路に落ちて溺死。

 菩提寺などは特に無いと。


 最終学歴は文系の四大卒。職歴は大手広告代理店の事務正社員としてお勤めで、勤続年数二十年。社内のあだ名が『事実上のリストラ部長』。『給湯室の暗殺者』。何か強そうですねぇ。


 資格は普通自動車免許と英検二級。他に勉強なんてされてました? これが全部。

 お仕事以外で、ボランティアなどの活動経験は? 無いですか。

 やってみようかなと考えたことも? 無いですか、わかりました。


 次にプライベートのお話しさせていただきますと、独身で、お子さんはいらっしゃらない。

 ご両親は今もお元気で、お兄さんと妹さんがいらっしゃるんですね?

 立ち入ったことお伺いしますが、恋人やパートナーはいらっしゃいました?

 いない。候補もいらっしゃらない。

 職場などで人付き合いはあまり無かったようですが……お酒は好きだけど、職場の人付き合いはお好きではなかった、と。


 え? 『趣味の戦友ならいた』?

 ご趣味は……オタク活動。いやいや、全然良いじゃないですかー。マンガもゲームも、ご夫婦やご家族で楽しんでる方、たくさんいらっしゃいますよね。僕もゲーム好きなんですよー。


 そのお友達の人数は?

 四、五人……たまにオンリーイベントや、オフ会で会う感じですか。


 あれ、巌流島さんこの『活動』に、人生の時間の殆どを費やしているんですね?

 では重大事項ですし、一先ずそちらの活動内容を確認させていただきましょうか。

 専用データ履歴ファイルもお作りしてありますね。ご一緒にチェックお願いいたします。


 まず……小学校五年生の時、ハマっていたファンタジー漫画でお友達と活動を開始されました。中学校三年生のときに少年漫画の十八禁イラストを描き始めて、そこから異能力バトル漫画、百合アニメ、超能力バトルの冒険小説、スポーツ漫画と、次第に活動範囲を広げられたんですね。

 最近では特撮実写や、ソシャゲが中心でしたか。手広いですねー。


 創作活動の中心は二次創作の漫画。あれですか、薄い本ていうやつですね。

 ではこちらが、巌流島さんが印刷所と自宅のコピー機でお作りになった本の数々です。

 アンソロジー本まで含めて総計……百五十二冊。

 他に便箋、缶バッチ、ラミネートカード、ストラップ、貯金箱、メモ帳、ポスター、マグカップ、抱き枕。

 どれもご自身の作製された品で、お間違えありませんか?


 それと、こっちは今まで積み上げられてきた、お絵かき掲示板、ブログ、夢小説、その他の専用アカウント全データの一覧です。途中でガラッと絵が変わられていますが、何かあったんですか? ええ、『どハマりしていた作家さんの影響』。そういうこともあるんですねぇ。


 内容はシリアスな恋愛と十八禁モノが八割で、残りがギャグ。こっちはショタコン……? 一時ハマってたんですか。こっちは……やおネタ? ですか。

 これら全て巌流島さんのものということで、よろしいですか?

 ハイ、ご確認どうもありがとうございました。


 これだけ長く色々と活動されていたら、プロになろうと思ったことはなかったんですか?

 ……二十五歳のときに持込して?

『人体デッサンとストーリー作りを一から勉強してくださいと言われて心が折れた』。

 それ以降は、布教へ専念する事に。


 そうですかー……クリエイティブ系の世界って厳しいんですね。

 そちらの業界の事よく知らないので勉強になります。ありがとうございます。

 では以上で巌流島さんの、生前確認は終わらせていただきまして。

 来世の転生先についてなんですが。


 ハイ、こちらが巌流島さんの転生志願先ですね? お預かりします。


 第一志望が、『魔王』。

 第二志望が、『異世界で一般人』。

 第三志望が、『何でもいいからチート』、ですか。


 ……あのー、率直に申し上げまして、最近『魔王』の倍率が非常に上がってるんですね。

 直近の倍率、八十六倍となっております。少し前まで、こんなんじゃなかったんですけどねー。


 選考基準も厳しくなっておりまして。まず組織運営の経験とセンス、コミュニケーション能力が問われます。その他にも財政感覚や統率力、カリスマ性、作戦の立案と戦闘実行スキルといった風にですね、相当な情報処理能力、何らかの高スキルに特化していた方じゃないとエントリーするのも難しいんですよ。


 経営マネジメントや、軍事や外交交渉などに関わったご経験あります? 無い? そうですよね、事務員さんだったら普通無いですよね。

 ……そういうわけですのでこちらは、候補から外して頂くということで……宜しいですか?

 申し訳ありません。


 それで第二志望が『異世界で一般人』ですね。

 巌流島さんもこれまで『一般人』の範囲でしたが。ファンタジーな異世界での一般人をご希望、ということでしょうか? 異世界に憧れが?


『新しい世界を経験してみたい』。

 良いと思いますよー。何か新しい世界にチャレンジしてみたいっていうの、ありますよね。


 ただ、これもまた非常に人気の高い転生先なんですよ。そうなんです、競争率高いんです。

 現時点で倍率、七百三十五倍となっております。数字おかしいですよね。


 特に気候の穏やかな田舎の村や、開発の伸びしろが期待出来る地域の転生は厳しいです。都市部で魅力のある飲食産業系の生家だったりすると、更に倍率が跳ね上がっちゃうんですよ。あんまり人気が高いので、最近じゃ奴隷や動植物や、道具類で構わないって方もいます。

 はい……? あ、もういいですか?


 では第三志望の『チート』ですねー。

『ゴブリンやスライムでも良い』。『チートで無双してみたい』。


 ええ、こちらの倍率ですか? ここはですねぇ、倍率云々と言いますか……。転生説明会でも、さらっとお話しあったかもしれませんけどチート転生は、転生側が選ぶことって出来ないんです。はい、指名を待つしかなくてですね。今の巌流島さんには、ちょっと無理なんです。


 ……『指名とは何か』?

 言い換えますと、ドラフトみたいな話しです。でもご時世がご時世ですからねー。滅多に出ないんですよ。目立つのでたくさんありそうに見えますけど、チート転生者を必要としている所って、昔からそんなに無いんです。世界って、天才や偉才がいなくても大体普通に回るじゃないですか? ……うんうん、一回やってみたいですよね。でも経験者さんのお話だと、かなり大変らしいですよ?


 こういった現状でして、我々も出来るだけ転生者さんのご希望に添えるようにしたいんですが……。

 ホントに心苦しいんですけども、ご了承いただけますかね?

 すみません、ご協力ありがとうございます。


 それでは気分を変えて、こちらからご提案した案件。一番のお勧めだったんですけど……。


『少女漫画の世界で悪役令嬢』というのは、やっぱり厳しいですか?

 少年漫画だったらオッケーだったりします? そういうものでもないですか。『出来れば避けたい案件』。なるほどなるほどー。


 巌流島さんは、少女漫画自体がお嫌いですか?

 ……『普通に好きだった』。

 少女漫画も成人女性漫画も、アニメもゲームもライトノベルも、昔からお好きだったんですよね?

 はいはい、了解です。


 お勧めしたのは“白きヴェインローゼ”という少女漫画の悪役令嬢でしたが、漫画の内容はご存知ですか? 十九世紀のオーストリアをイメージした異世界ファンタジーで……。え、ゴリゴリに読者だった? だからこそ嫌?


 そうでしたか……だとすれば気持ちのハードルも上がっちゃいますかねー。悪役ですしねー。

 でも悪役って、そんなに悪くないんですよ?


 こちらの悪役“公爵令嬢アンドレア・ガルトン”も、赤毛の縦巻きロールで、少しキツめですが美人となっていますし。お嬢様ということで、衣食住は最初から保障されています。贅沢で華やかな上流貴族生活も味わえますよ?


 たしかに田舎から出てきたヒロインさんがガルトン家で働き始めてから周りの人気が彼女に集中して、しかも後々、侯爵家の相続権を持つ娘さんだったとわかって、ジェラシーの塊になっちゃう辺りだけは、ちょっとだけキツいかもしれません。ちょっとだけ。


 それでもアンドレアさんがヒロインさんに出会うのが十五歳で、死ぬのが十七歳ですから、たった二年間ですよ。社会人として二十年働いてらした方から見れば、あっという間じゃありません? ピュって終わりますよ、ピュって!


 あれ? それでも嫌? ……どの辺が……気になります?

『ヒロインを陥れようとした悪事の数々が暴露された末に崖から転落死』。

 ここネックですかー。そうですよねぇ……。


 でも自殺じゃないんですよ? 舞踏会で皆にバレて、王子様たちから軽蔑されて逃げ出した先で、足を滑らせて転落するだけですよ? それに巌流島さんの第一志望が『魔王』で、条件的にも近いという事で、ご提案させていただいたんだと思うんですけども。


 ……そういう問題じゃない?

『しょっぱい悪役はやりたくない』。


 巌流島さん、もしかして来世では結婚したい! とかの願望あったりします? ご長寿希望だったり?

『願望は無くはないけど、有るというほどでもない』。

 それは……どっちでしょう? 自分でもよくわからない?なるほどー。


 しかしですね、先ほども申し上げましたが、悪役って実はそんなに悪くないんですよ。ご説明だけでもさせていただいて宜しいですか? ありがとうございます! 生活条件などではなく、こういった転生や輪廻での話しでして。


 たとえばプロレスにも、悪役レスラーっているじゃないですか。ヒールってやつですね。


 悪役令嬢も同じなんですよ。ギミック的に必要とされる存在なんです。でも主役にやっつけられることが決まっている、損な役じゃないですか。なので転生先としては、人気が低いんです。形はどうあれ、ヒーローやヒロインになりたいのが、みなさん率直な心情と言いますか。


 だからこそ悪役を引き受けるというのは、我々の方ではとくを積む行為として評価させて頂いております。徳というのは……そうですそうです! ポイントが加算されるみたいなことだと思っていただければ。そしてごうというのもあります。こちらは徳とは反対の評価値で、生前に積まれた徳と業の合算で、次の転生先の選択肢が決まってくるんですね。


『それでもアンドレアお嬢様は嫌』? 何かその他に、転生出来ないか?

『異世界にもこだわらない』と。


 わかりました。では条件引き下げということで、再度お調べしますねー。

 “少女漫画の悪役令嬢アンドレア・ガルトン”以外の、転生先となりますと……。


 “なんちゃってヒロイン”への転生が一つだけあるんですが、どうでしょう?

 いえ、普通のヒロインとは別種でして。

 “乙女ゲーム・アイドル学園☆星宝冠スターティアラの悪役お嬢様に転生しちゃった女の子”が、正ヒロインです。こちらライトノベルの案件なんですけど、ご存じないですか? では軽くご案内しましょうか?


 物語のあらましをざっくり言うと、主人公が


 ・前世でやっていた乙女ゲームの登場人物に生まれ変わっている自分に気付き

 ・しかも、大手芸能会社会長である親のコネを利用しヒロインをいじめる性悪お嬢様で

 ・このままだと会社も倒産して路頭に迷うので、悪役お嬢様の破滅人生を回避する決意を固め

 ・前世の記憶とバイタリティを駆使して健気に努力を重ね知らぬうちにラブコメを繰り広げつつ

 ・気付けば側にいてくれた最愛の人と相思相愛になり、周囲の人々にも祝福されて大団円


 というお話しですねー。


 この“悪役お嬢様という名の正ヒロイン”さんを妨害して色々やらかしちゃうのが、“なんちゃってヒロイン”なんです。


 なんちゃってヒロインの詳細ですが“乙女ゲームのヒロイン・雛宮じゅえる”です。

 アイドルになる夢を叶えようと入学したというプロフィールで、清純可憐な外見に野心満々の肉食な性格を併せ持ち、アイドル学園トップ人気の攻略対象イケメン男子とスピード結婚します。事故死や殺害などはありません。


『つまりハッピーエンドか』?

 ハッピーかどうかとなると、個人差あるかもしれませんね。


 “なんちゃってヒロイン”さんが攻略対象のイケメンを略奪したとき、“悪役令嬢という名の正ヒロイン”さんは、どうぞどうぞと言って遠慮するというか、惜しげもなくくれてやるんですよ。


 遠慮した動機ですか? うーん、大まかに並べますと……

 相手は世間的にイケメンアイドルだけど、正ヒロインさんの好みじゃない、ですとか。

 自分を破滅へ導く一人であると、“悪役お嬢様の正ヒロイン”さんは事前に把握していた、ですとか。

 彼は生活感覚ゼロで浮気癖があり甘い言動も全て金銭目当てだった、ですとか。

 そもそも正ヒロインさんには優しくて有能で名門分家筋の、最愛の人がすでにいる、ですとか。

 色々あるみたいですねぇ。


 その後、じゅえるさんはデビュー直後からお騒がせゴシップアイドルになります。夫の借金返済のために、地方巡業したりヌード写真集出したりします。スーパーのレジ打ちしたりしながら離婚と再婚が続き、バツロクにしてAV女優で再デビューという筋書きみたいですね。


 これはこれで結婚イベントも発生しますし、波乱万丈でドラマチックだと思いますが、ご一考頂くことは?

 ……はー、メンタルが耐えられそうにないですか?

 まぁ“雛宮じゅえる”は“公爵令嬢アンドレア”と違って、スパッと終わらないですしねー。


 それ以外となると、“十八禁ゲームに登場する死体愛好貴族”というのが。

 え……? 『肩書きの時点で生理的に無理』?

 いえ、生理的に無理なら仕方ないですよ、大丈夫大丈夫。モチベーションも大事ですから無理はなさらないでください。


 では他に、“阿寒湖のワカサギ”と、“井の頭公園のアメリカザリガニ”がありますが、こちらは如何でしょう?


 いやぁ……今の巌流島さんのポイントですと、これが選べる限界なんですよねー。


 はい? 徳の積み方ですか?

 そうですね、身近でわかりやすいところだとボランティアなどの奉仕活動。ゴミ拾い。道に迷って困っている人を案内したり、といった辺りですか。でもこういう小さい行動だけだと、相当積み重ねないとキツいんですよね。


 それと募金なども、金額よりは頻度と割合です。地獄の沙汰も金次第とは言いますが、手取りの月収百万の人が出す一万円より、月収十万円の人が寄付する五百円の方が、徳を積んだ事になるんです。他にも長年奉仕活動をされたり、犬や猫や蜘蛛一匹助けるだけでも変わりますよ。家族や仲間のためにと働いている方も同様です。溺れた人を助けようとして亡くなられた場合などは、ポイントがドーンと加算されますね。


 ただ、拝見する限り巌流島さんはそういったことは、一切なさってないようなので……。

 学校は小中高大と皆勤賞で、お仕事も大変真面目な勤務状態でしたね。でもこれだけだと、徳の大幅アップにはならないと申しますか……。時間も稼いだお金も、全て飲食とゲームや遊興に費やしていらっしゃいましたよね?


 あと巌流島さん時代の生前の口癖が、『あいつら死ねばいいのに』と『クソしかいねぇ』だったということで、これが意外と深い業として、閻魔帳に反映されちゃってるんですよ。殆どの場合、誤差範囲で終わるんですけど……。もう無自覚に、呼吸するように言ってたのかもしれませんね。ええ、露骨な数値で現れているんです。


 いえいえ、巌流島さんは一生懸命やってらっしゃっただけだと思いますよ? 特別じゃないです、よくあるんです。知らないうちに、ゲームで課金し過ぎてしまっていたみたいな話しです。でもカード破産寸前になっている方は、今後しばらく好き放題するのは無理ですよ? という。例えて言うと、それだけの話しなんです。


 それにですね、巌流島さん?

 考えようによっては、『井の頭公園のアメリカザリガニに転生して、外来種として駆除される網の目を潜り抜け池の生存競争を勝ち抜く』というのは、『異世界で最弱モンスターに転生して成り上がっていく』のと、実質的に変わらないと思うんですが?


 ……違う? 全く違う?

 カッコイイ人に拾われて水槽で飼ってもらえるかも……ダメですかー。


 はい? 『もういっそ転生したくない』。


 それねー、わかります。希望される方も結構いるんですよね。……でも、すみません出来ないんですよ。転生しない方法って、解脱げだつしかないんです。

 お聞きになったことあります? 解脱。無いですか?


 輪廻転生から外れるっていう荒業なんです。

 この解脱が難しくて、大きな声じゃ言えないんですが、今のところお釈迦様しか成功していないんです。挑戦するのも物凄く特殊な資格と、長期の訓練が必要と言いますか、難しいんですよ。いやホントにとにかく難しいんです。


 このシステム、救われない人が多過ぎるから変えてくれって話しも出てるんですよ。主に地獄から。あの界隈も大概なんで。でも長年続いてきたシステム改変するとなると、簡単には出来ないみたいなんですよね。


 そういった事情もありまして……どうでしょう?

 “公爵令嬢アンドレア・ガルトン”。

 悪役令嬢の中でも、軽い方だと思うんですよね。結末も、断頭台とか磔刑とか、火炙りなんかの時間掛かるやつじゃないですから。


 悪役を経験された方のお話だと、意外と達成感もあるみたいですよ? 自分が悪役になることで、誰かを輝かせるわけですよ。『辛いときもあったけど、やり終えた今は充実感がある』って仰ってた方も大勢いらっしゃいます。映画なんかでも悪役って、逆に人気あったりするじゃないですか。


 それでも気がすすみませんか……どの辺が引っかかってます?


『そこそこ真面目に生きてきたつもり』。『悪事に手を染めたら徳が貯まらない』?

 その点でしたら大丈夫です! そこは問題ありません。


 昨年の法改正で、“悪役”と“悪人”との区分けが更に明確になりました。

 悪役の場合は、いわゆる悪事もカウントされません。後で徳として還付されるんですね。ですので、ご心配いりません。我々もそういった辺りまで考慮して、悪役終了後にはフォローもさせて頂いております。


 はい。

 はい……え。興味湧きました?

『悪役令嬢アンドレアをやってみる』。

 あー、はいはい、そうですか。良いと思いますよ? 最初にお目にかかったときから、良いんじゃないかなと思ってたんです。巌流島さんみたいに、一つの事にがむしゃらになれる方には、向いてると思いますよ悪役令嬢。


 わかりました、じゃあすぐに転生の手続きの準備始めさせて頂きますねー。資料データ送っておきますので、大変お手数なんですが十番窓口へ行って、こちらの番号札渡してください。そこでまたスケジュール等、詳しくご案内いたします。

 いえいえとんでもない、こちらこそ。どうもありがとうございました。


 ああ……そうだ、最後に一つだけ。


 せっかくなんで、巌流島さんにはお教えしておきますね。

 転生すると忘れてしまうので、ここで言ってもアレなんですが。


 確認みたいになるんですけど、悪役令嬢は悪役です。

 ここ忘れないでください。魂に刻んでおいてください。たまーに、生まれ変わってから前世の記憶が戻っちゃう方がいるんですよ。きっと巌流島さんは、そんなこと起きないと思うんですけどね?


 いいえ、先ほどお話しした“悪役お嬢様という名の正ヒロイン”とは違います。あの物語における悪役は、“雛宮じゅえる”です。


 で、お話しを戻しますと、こういう時ショックで悪役を放棄しちゃったりする人が……いるんですよ。


 お気持ちはわかるんです。「自分も悪役お嬢様という名の正ヒロインになれるんじゃないかな~?」って考えたくなるお気持ちは、わかるんです。前世の知識で、居酒屋とか始めたくなるかもしれません。でもこれダメなんです。


 万が一、記憶が戻るような事故があっても、アンドレアお嬢様の破滅回避は目指さないでください。目先の苦痛や誘惑に踊らされず、『給湯室の暗殺者』と呼ばれていた時期を思い出して、心を落ち着けてみると良いかもしれません。覚えていたくないことは忘れがちですけど、少し冷静になれば乗り切れるはずです。


 理由は先ほどご説明したとおりです。あなたの選べる転生先が残り少ないという点です。

 何のために今回の転生先をお勧めさせて頂いたか、これ再確認して頂きたいんですね。ここでアンドレアという悪役に転生してポイントを積んで、業を減らした方が得策というか、今後のリスクヘッジになりますし。


 この話し、わけわかんないですか? 通じてますよね? はい、それなら良かったです。それじゃ、もう一度だけ申し上げますね。これで終了です。


 巌流島さんは転生先で、悪役令嬢に専念してください。たった十七年です。きっつい期間は、その内の二年ですから。大手広告代理店の事務員として働いていらした二十年より、遥かに短いですよね?


 ……はい、はい。そうですか、自信完璧ですかー。

 いやぁ、それなら安心して見送れます。


 じゃあそういうわけですので、くれぐれも“悪役公爵令嬢アンドレア・ガルトン”に転生後、悪役令嬢の運命から脱出! なんて考えないでくださいね。それやっちゃうと、業が深まってしまいますので。


 悪役令嬢の正義は、悪役でいることです。

 もしもこの悪役令嬢を放棄したら、次の転生時は本当に“井の頭公園のアメリカザリガニ”か、それ以下しか選べなくなっちゃいますから、気をつけてくださいね。


 ではまたお会いできる日を、楽しみにしております。


 転生、頑張ってきてください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 次の転生があるという発想。 たしかに転生させた側からしたら、物語を無茶苦茶にされるのは困るでしょうね。 [気になる点] 悪役の人生を全うするのと、破滅回避のために悪事をせずにヒロイン含め…
[良い点] この発想はなかった! 牛頭さんのお役所対応が面白かったです。 [一言] とりあえず公園に落ちているゴミでも拾おうかな。と思いました。
[良い点] 面白かったです。 ザリガニへの転生は気楽に思える部分もあるけど、人としての自我が芽生えても苦痛だし芽生えなくても徳を積めないんじゃ… 虫や魚でも簡単に徳を積めて知的生命体へ転生出来るなら…
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