遊園地で彼、探すモノ
●???
気づいたらそこに立っていた。
夏の暑い空気に驚く。
なぜなら、その子供が遊園地にいたのは真冬であったのだ。寒暖の差だけでも二十度以上あり、湿度の差も相当ある。
子どもの格好は真冬そのものの格好。分厚いコートに祖母が作ってくれた毛糸のマフラーと帽子をかぶっている。その下にはセーターとシャツ、遊びやすいように厚手のズボン、しっかりしたスニーカーだ。
格好が格好であり、これだけ高い気温と湿度は脳みそを停止に追い込むのに加担していた。
子どもは状況を把握しようと、脳に空気を送りたかった。口をパクパクするが空気が吸える感じがしなかった。空気は入っているのだが、喉の奥で空気が膜を作って張り付いているような感覚が生じていた。
何度か口を動かしていると空気が喉を通った。
真夏のねっとりと重い空気が入り込み、肺を満たしていく。
「げほげほ」
喉が渇いてきてねばつくような気がした。
夜の遊園地はキラキラ輝いている。まだそんな時間まで遊べない年齢であり、目の前の光景が信じられなかった。
闇に抗うように看板や遊具がピカピカ光っている。日中と違うにぎやかさで満ちている。幼い目を通すと、見てはいけない大人の世界を垣間見たような気にもなった。
「お、おと……さん、おか……さ、ん」
喉が渇いて声がかすれる。何度か咳が漏れた。
「どうしたのかな」
遊園地のスタッフが気づいてやってきた。不審な表情であるが、放置するのはいけないと使命感でやってきて、何とか笑顔を作る。
それでも子供は安堵した。
「暑くないかい?」
「暑い……げふ」
「喉が渇いているんだね? 熱中症になったら大変だ、上着を脱いでそこに座っていてくれるかな? 今、お水とってくるからね」
スタッフは無線で他のスタッフに連絡を取る。
その間に子供は指示に従い、コートやマフラーを外した。セーターを脱いで、シャツだけになる。
少しは涼しいと感じるようになった。
ジェットコースターが走り去る音が響く。ガタガタと鉄橋が揺れる音と乗っている客の悲鳴だ。
あれに乗るはずだったのに、と思うが、どういう順番で乗っていたか記憶があいまいになっていた。
スタッフが戻ってきた。手には冷えた水のペットボトルが握られている。こどもは初めて見る飲み物の形に困惑をしたが、中に入っているが水であるとは感じた。
スタッフは蓋を緩めて手渡してくれた。
「さあ、遠慮しないで飲んでね」
子どもはうなずいた瞬間、飲み始めた。
非常に喉が渇いていたということが良くわかった。飲むのが止まらず、350ミリの水をすべて飲み干した。
子どもはほっと息を吐く。
「まだ飲むかい?」
スタッフは念のため尋ねる。
子どもは胃袋あたりに手を当てて、たぽたぽと音が立ちそうだった。
「ううん、いらないよ」
スタッフはほっと息を吐いている。
「迷子かな?」
「分からない……」
「誰か大人の人と来たのかな?」
「うん」
父と母の名をあげる。
「昼間に来たのに気づいたらこんな時間だったんだ」
それに冬だったと。
スタッフが明らかに動揺した。子ども自身、動揺しているからどうやって説明していいのかわからなかった。
「冬だった?」
「うん。見たらわかるでしょ」
「……」
子どもは頬を膨らませた。
「……警備室で話をしよう。そっちの方が涼しいし、ゆっくりできるよ」
スタッフは無線で連絡をして子供の手を取った。
スタッフの手は非常に温かく、子どもはなんとなく寂しくなった。
「お父さんとお母さん、どうしているんだろう」
不安そうな声。
子どもを連れて警備室に戻ったスタッフは衝撃の事実を知った。
この子どもが申告通りならば、行方不明になったのは約十年前なのだ。
手が冷たいと感じた理由を考えてスタッフは震えた。
スタッフはこの後知る、裏野ドリームランドにまつわる数々の噂があることを。この経験により、すべてが事実ではないかと疑い始める。
そして、恐怖から仕事を辞した。
●裏野ドリームランドの歴史
沢口 勇樹はデスクの前で眉をピクリと動かした。それ以上の反応はしないがなぜその仕事を編集長が回したのかといういらだちが沸き上がっていたのだった。
(たぶん、昇級試験という感じかな?)
勇樹は考える。会社に入社して四年目であるし、仕事を任せようという意思が会社にあるという意味だろうととらえた。
「うん、キミもだいぶ仕事は独りで取材をしてこいということだ……もちろん不安なのはわかるよ?」
神経質そうな様子のデスクは勇樹の体調もおもんぱかっている。彼が他人に対して気を回せると知っているからこそ勇樹を下に付けたというのは会社の中では有名なことであった。
病気がたたり病院の中で育ったと言って過言ではないという経歴になっているから。大学卒業時それよりも十は年上ということになっていたが、見た目わからない程度の差であった。
しかし、新卒は二十二歳という頭で採るために、彼の就職活動は難航した。ホラー雑誌やオカルト関連を多く出す出版を受けたところ彼の経歴というより、外見が二十二歳と変わらぬ三十二歳に惹かれ社長の一声で採用が決まったという伝説がある。
つまり、新入社員のころの勇樹は病弱であるというレッテルにより、仕事はできなくても仕方がないという認識で仕事を与えられていた。それを本人も感じていたので辛かった。
しかし、共に過ごせば勇樹が病気がちではないということも知られてくる。勇樹自身も積極的に仕事をこなしていく。徐々に任される仕事も増え、完全雑用係から編集アシスタントになっている。
つまり、今回の仕事は納期は長く取られている上、編集者への昇格試験のような雰囲気も漂っている。
勇樹が気になることは調査対象である。
ホラーやオカルトを取り扱うこの会社に入ったのだから、そこに触れる可能性はあったのだ。
(深く考えたところで仕方がない)
勇樹は腹をくくった。
「分かりました。徹底的に調べますよ。夏に間に合うように」
「うん、受けてくれてよかったよ。すでにアシスタントで先輩について行っているのだから、おおむね調査の仕方は分かっていると思う。分からないことがあれば、編集部の誰にでも聞いていいからな」
「はい、頼りにしています。ああ、勿論、できる限り一人でこなせるようにしますけど」
デスクと勇樹は笑顔で話し終えた。
席に戻ると勇樹はパソコンで社内のデータベースや新聞の記事データベースを確認し、インターネットで追加情報があるか調べる手順を選んだ。下調べ後、必要な情報を別途調べて、インタビューなども考えて行かねばならない。
『裏野ドリームランド。運営会社は株式会社裏野不動産。オープン日は1980年2月。遊園地としては珍しくキャラクターを前面に押し出し、世界観を持ったアトラクションを用意していた。しかし、オリジナリティを追求したため、話題性はあったがアトラクションとキャラクターものともどっちつかずになってしまう。客足が衰え1999年に運営会社が代わり再生の道を歩み始めた。キャラクターよりアトラクションを売りに出した。話題に上がるアトラクションもあったが、結局2010年閉鎖された。閉園後、現在に至るまでアトラクションも残っている。近隣住民からは劣化による倒壊が起きる危険を訴えられている。しかし、責任の所在が不明である』
これまでのことは新聞記事のデータベースでも確認できる内容だ。オカルトとは無縁のニュースである。
オカルトめいた部分を追加していく。
『裏野ドリームランドではたびたび奇妙な出来事があったとされる。関係者が取材に応じないまたは事故や病死で突然亡くなっている。関係者の死亡数が多いことがすでに怪異であろう。呪われた遊園地というにふさわしいだろうか。怪異はいくつかに分類される。一つは子供がいなくなることが度々あったという。その子供たちは発見されているか不明』
勇樹は唇をかむ。胸の奥がうずく気がした。
『ジェットコースターで事故があったという。しかし、関係者が証言する事故の内容はすべて違う。車輪が外れた、急ブレーキがかかった、逆さのまま停止してしまった、何かが軌道上を横切ったなど』
勇樹は大きな事故であれば新聞の記事になっているはずだと新聞のデータベースを見る。しかし、裏野ドリームランドの記事はどれもこれも財政問題や入園者数の話しかない。事件事故があったようには見えない。社長の死亡記事だけは掲載されたようだ。
「表向きは普通だよな」
思わずつぶやく。
「怪物がいた、ミラーハウスで別人になった……拷問? これは記事がないじゃないか? それに、メリーゴーラウンドに観覧車……他にどんなアトラクションがあったんだっけ?」
検索するとコースター系が二種類、ティーカップにフォールシュート、ブランコタイプのアトラクションなど数多くのものがある。オリジナルの世界観やキャラクターを紹介する小さな舞台もあった。
舞台では手品や音楽の演奏などもあったと記録が出てくる。
「普通に楽しそうなところだったといえるけど、これといった目玉がなかったのか」
家族連れが楽しむには小さな子が乗れるものが少ない気もする。ある程度大きな子供から大人が楽しむには目玉が少ない。
勇樹は目をつむった。
目の前に夜の遊園地が浮かぶ。
「あっ!」
勇樹は慌てて目を開いた。誰かに背中から見られているという気がしたのだった。
「どうしたの沢口くん」
入ってきた先輩が勇樹の驚き具合に驚いている。
「あ、いえ何でもないです」
部屋にはデスクもいたのだから視線があってもおかしくはないのだ。そのデスクは自分の仕事に集中していたらしく、編集員が声をかけたところで勇樹の様子に気づいたのだった。
「ちょっと目をつむったら眠りそうになったところに扉が開いたから驚いただけですよ」
勇樹は笑う。しかし、自分で感じるほど表情が強張っている。
「それならいいけれど、心配なら何時でも聞いてよね」
「あ、はい。ありがとうございます……初めて任されると緊張します」
勇樹の表情はだいぶほぐれてきた。
「それならいいけれど。無茶しないでね」
「うわ、頼りないままですね。頑張らないと……というのも心配されるんですよね」
三人は笑った。
「じゃ、取材の前に現地見てきます」
「おう、気を付けたな」
「暑くなっているから気を付けてね。まだ、五月だっていうのに」
情報をもらいつつ外出をした。
勇樹は何度か振り返る。振り返るが何もないようだった。
●まつわる噂
裏野ドリームランドに勇樹が来たのは二十年ぶりと言えた。最寄り駅のある電車は、このドリームランドの近くは高架橋になっている。そのため、中の様子がうかがえるのだった。木々がうっそうと茂り、鉄塔やアトラクションの骨組みは塗装の剥げが見える。その上、遠目からも蔦が巻き付いているということが分かった。
この路線は郊外の住宅街とオフィス街をつなぐ重要な路線の一つだ。つまり、この光景を毎日のように見ている人々もいるのだ。
なぜこれほどまで大きな土地がそのままなのか?
夏など肝試しの格好の場所でもあるが、データベースで上がらなかったのも不思議であった。誰もここに訪れないのだろうか。交通の便は良いのだから、話題になってもいいだろう。
(データベースだけでなく、一般の声も拾わないとな)
必要なことを書き出す。スマートフォンを使えば今すぐ調べることもできるが、勇樹はメモ帳を好んだ。現在彼が使っているのはストーンペーパーのメモ帳だ。重さが若干気になるが、水にぬれても鉛筆で書き込めるのが良いと考え愛用している。
しかし、新聞記者でもないため、そこまで頻繁にメモがいるわけでもない。備えあれば患いなしの精神で使い続ける。
さて、勇樹は最寄りの駅に降り立った。裏野ドリームランド前というわかりやすい名前である。閉園後駅名を変更する機運も湧いたらしいが、今もなお残っているためそのままとなっているらしい。
駅名を変えるにしても案が出なかったという話だ。もし、このドリームランドの土地が開発されれば駅名も変わるのではないかと言われている。
駅からは歩いて五分でたどり着く好立地。駐車場もあるが、現在も運営している有名なテーマパークに比べたら小さい。交通の便が良いところであるため、電車を使うことを推奨しているのが明確だ。
「電鉄も閉園したら売り上げ落ちただろうな」
想像に難くない。
二メートルはある塀に囲まれ、その上には鉄格子もある。良く伸びた木々が、さらにその上に見え、あふれてきている。
正面に回ると入場ゲートは、蔦が絡み固く閉ざされている。入り込む余地はないというように。
ゲートの上にはアーチ状に石造り風の壁があるため登ってなかに入るのは難しそうだ。
「こっそり入るのは難しいか」
スタッフの出入り用か通常より小さめの扉があるのに気づいた。門に調和しており目立たない。
「開くわけないよな」
予想に反してノブが壊れており開いた。
「……」
生唾を飲み込む。周囲を見てから入り込んだ。
叱られるときは叱られる。
空気が変わるとか、風景が変わることはなかった。
「電車から見た風景がここにある、ってだけだな」
鳥の鳴き声がはっきりするため、ここが住処になっている鳥は多そうだと感じ取った。朝夕はさぞうるさいだろうが、民家が離れていることは幸いだ。
防犯カメラや塀や門にセキュリティがなされていることも意識し、勇樹は奥まで入らないでいた。警備会社の人が来て怒られることを覚悟している。いや、怒られると分かっているのだから入るのをやめればいいとも考える。
しかし、警備会社の人から情報を得ることもできるのだ、捕まれば。
現在は昼間であり、懐かしいから好奇心でついですぐに謝れまろうと状況をシミュレーションしていた。
ゆっくり歩きながら、メーンストリートにたどり着く。正面の門とドリームキャッスルをつなぐ道。門を入ったところは入園者が一気に奥に走り込まないように、広場と中央に円形の花壇がある。花壇には手入れがされず自然のまま育った巨木が立っている。どこからか飛んできた種が芽を出し様々な、いわゆる雑草が茂っていた。
コンクリートの割れ目からも草が元気よく茂っている様を見ると、勇樹は逞しさに驚くばかりだ。
ドリームキャッスルは見えるのだが、広場の次は土産物や飲食店、ゲーム施設があるアーケード街だ。その先には再び円形の広場があり、各エリアに散らばる道があるのだ。
「懐かしいけれど……来た覚えが全くない」
メーンストリートを歩きながら、勇樹は首をひねる。
来たことはあるはずなのだ。しかし、前後の記憶がごそりと抜けている。
無人の施設につきものの落書きがないことに勇樹は気づく。
「あれだよな……肝試しすらされない場所?」
つぶやいて軽く笑ったが、直後背筋が凍る。
警備が厳しいからならば良いが、ここに夜入ることで本当に何か発生しているという事例を想像したのだ。
「いやいや……それならばもっと話題になる」
アーケードを抜けドリームキャッスルが本当に真っすぐ見えるところまできた。
「廃墟だよな……」
広場に緑地帯が多かったため、木々が茂る。
「ある意味風情があるのか?」
ドリームキャッスルにまつわる噂は地下室があるという。
「そもそもドリームランド自体、地下道があるって噂あった気がする。スタッフが行き来するのに」
つまりそれの発展形が地下室があるなのではないかと。
「それにしても俺、結構来てるが通報されていない?」
警報もないなら進みたいと思う。
ドリームキャッスルに向かう。広場の芝生だったところ臨む階段を上っていく。二階に当たる部分だが、実質三階にはなるだろう。
どれだけ木が茂っているかも見えるとともに、もし彼の侵入に腹を立てる人たちが来ていれば見つけやすい場所である。
「遺跡探索でもしている気分かもしれない」
勇樹はドリームキャッスルを見学する人たちが通る扉を押してみた。
開かない。
引いてみた。
ギイイイ。
「嘘だろ、おい」
さすがに入るのはためらった。なぜなら、懐中電灯を持っていていない。
「……締め切ってると変なにおいするなぁ」
覗き込みながらつぶやく。
カビや腐ったような臭いに加え、生臭さもあっだ。
ザザッ。
何かが動く気配が闇の中にある。
「……ぐっ」
驚いて声をあげそうになるが、自分自身が不法侵入であるためためらった。何とか悲鳴を飲み込み、戻る。
トンと背中が何かに当たった気がした。
「う、うわ」
壁でもできたのかと思って振り返るが何もない。
「……」
キャッスルの扉を閉めて、勇樹は周囲をうかがう。壁に背を宛て、背後を取られないように本能的にしていた。
初夏の日差しの元、森のような香りを運ぶ風に身を浸す。近くを走る電車の音がかすかに聞こえる。
ここは現実であるとそれは教えてくれた。
勇樹はひとまず帰ることにしたのだ。
●まとめた情報
勇樹は関係者を当たり情報を集めた。
ドリームキャッスルの地下には地下室はあったそうだ。通路としてで断固として拷問部屋として蝋人形を展示するということもなかったという。
『でもね、見たって人はいるの。その人ね、仕事が遅くなって最後に出る状況だったんだって。人が誰もいない空間って、本当にいなければ怖くないけれどああいうところって、不特定多数がある程度いるわけで、夜で出て行っているけれど悪い人はいるかもしれないわけで……恐怖心と警戒心は捨てられないのよね。
その人もね、急ぎつつ、注意はして進んでいたらしいのよ。生臭いにおいが不意にして足を止めたんだって。
とっとと帰りたいけれど、もしこれが掃除のミスでゴミがたまっていたら、翌朝もっとひどい目に合うと思ったらしいの。正義感ある人よね、あたしだったら帰るよ、夜遅いし。
見たら、鉄格子がはめられた部屋があって、あらゆる拷問が行われていたんだって。
どんなものかって?
拷問は拷問よ! 気持ち悪いし考えるだけでも痛い!
で、悲鳴を上げかかって、慌てて逃げたんだって。
そこで拷問されている人は人間ぽいけれど、拷問しているのは化け物だったんだって。
その人が上司に訴えたけれど、翌日、見たと思われる部屋はなかったんだってさ』
『アクアツアーに半魚人? みたいな、怪物がいるらしーよ?
俺は見たことなくて、見てみたいと思ったんだよ。閉園した今でもいるらしーけど、こっそり入って……もし怪物がいたとしても、怖いじゃん。助けてくれる人いねーし。
武器を持って十人くらいで行けば怖くねーかな? でも、それだと、フホーシンニューしているのバレバレじゃん?』
『夜にメリーゴーラウンドが回っているのが見えたって人が結構いるみたいです。電車からも見えたというけど本当かなぁ……ってちょっと思います。
電車のところからは離れているし。
あ、でも、メリーゴーラウンドが回っているときの明かりが見えたのかもしれないですよね。
閉園して結構経っているけれど、最近も見たって噂ありました』
『ミラーハウスから出てくると人が変わるっていうけど……そんな人違うとしてどうするのかな?』
『行方不明になる子がいたって話――。』
勇樹はハッとして振り返った。
「どうしたの?」
通り過ぎた先輩が驚く。
「いや、その……見られたかなって」
「えええ? 何々、そんなにすごい情報を集めたの?」
「……秘密ですよ」
先輩は画面をのぞき込む。
勇樹は隠すふりをするが、見られたところで変わらない。
「あー、それね。あたしも小さいころ噂あった」
「噂で事実ではない?」
「事実とかそれはわきに置いておくね。だって、ニュースになっていないのだから噂と思うけれど、新聞やテレビに載るものは限られているし」
その通りで勇樹はうなずく。しかし、遊園地で行方不明であれば話題性はありそうだ。そうなれば、どこかしらのマスコミは取り上げそうではある。
それも噂通りであれば、一人二人ではない何人かなのだから。
「観覧車から聞こえる声っていうのも関係しているんでしょうか?」
「ああ、『出して』って聞こえる奴ね。そもそも閉所恐怖症かつ高所恐怖症でのるなっての」
具体的なことを出して怒る。
「あ、いや、知り合いで、ほら、日本一高い観覧車ってあるじゃない? それに学生の時、サークル仲間と乗ったの。リーダー格の子がさ勢いで乗って『出して』って本当につぶやいて、真っ青なの」
勇樹は笑っていいのか悲しんでいいのかわからず表情が硬直した。
「それは災難ですね」
「でしょ?」
「じゃ、裏野の『出して』は高所または閉所恐怖症の人の気持ちが残っている?」
先輩も勇樹は思わず笑ってしまった。勢いで乗ってしまった人には気の毒だが、観覧車は下りるまで下りられないという密室になるのは事実だ。
「さて、まじめに話そうかな。で、二重写しの世界がそこにあるとか? ミラーハウスが出入り口で」
「……なるほど」
「怪物はそこから出てくる。夜な夜な獲物を城で拷問し、嬲り殺すのを楽しみにしている。アクアツアーに出没するのは怪物は水がないと長時間活動できないからで、そこで獲物を物色するのよ」
「……なんか真実味が増してきますね」
「とはいえ、裏付けは?」
「ありませんね。大体、知り合いから聞いたってパターンなので」
噂の噂の出所は不明、怪談のパターンだ。
「その噂も含めてわが社は存在するから」
先輩は自分の席に着いた。
勇樹は周囲を見渡す。午後で人が多い時間でもある。誰も見ていない、見続けていない。
「……」
これ以上進んではいけないのだろうか、と思った。
仕事はできなかったとギブアップすべきか?
(見られている気がすると相談するにしても……)
漠然としている不安は答えを出さない。
『行方不明になる子がいたって話。ほら、人形のワールドツアーってあるじゃない? あそこ、人形がたくさんあるから、そこにいるって話もあった。でも、違くて、どこか別の世界で楽しく暮らしているって話もあるよ? 行方不明になる子って共通点はないらしいよ。ただね、年齢は六歳前後だって。それだけははっきりしているらしいよ』
勇樹は鳥肌が立ってきた。背中が視線により一点に穴が開きそうなほどだ。その上、ひんやりとした空気が勇樹の足元から這い上がってくる気がする。
社内は空調が入っているから寒いのかというわけではない。クーラーは寒いと厚着を始める先輩はブラウス姿だ。
他の噂が曖昧な点が多いのに、なぜかこれだけは「六歳前後」と比較的具体的と言える数字が上がっている。
『行方不明になった子はね、時々戻ってくることがあるらしいよ? 十年とか経ってさ』
勇樹はガタリと立ち上がる。
「どうしたの?」
「い、いえ、何でもないです。ちょっとだんだん怖くなってきちゃって」
「えええ? 顔真っ青だよ? 本当、大丈夫?」
勇樹は顔に触れる。触れたところで色が見えるわけではないが、脂汗が非常に出ている。
「……ちょっと、飲み物買ってきます」
勇樹は廊下に出て自動販売機に向かった。
明るくなったとはいえ、すでに薄暗い外である。窓を見るのが恐ろしかった。
何か写っていそうで。
ジュースを買って職場に戻る。誰がいても視線を感じるが、一人でいるよりまだましだと感じていたのだった。
「ゆっくりしてくればよかったのに」
先輩が心配そうに声をかけてくる。
「いえ、深呼吸したら落ち着いてきました」
「それならいいよ? 必要ならデスクに言えばお祓いスポット教えてくれるから」
「え? スポット? お祓いなら、神社とかを教えてくれるんじゃないですか」
「えー、お金かかっちゃうよ? パワースポットめいたお祓いポイントでオッケーだよ」
本気か冗談かわからない表情を先輩はしていた。
勇樹は笑いながら「その時は相談します」と告げておく。
『十年分の記憶がないらしいけれど、それより、見た目そのままっていうのが……』
勇樹はジュースを飲みながら、心臓を押さえる。
(かかわっていいのか悪いのか)
全く判断がつかなかった。この件を相談する相手は全くないのだから。
(医者にかかったところで薬もらって休めだ。やっぱり霊能者や神社なんかの関係者が一番いいのか)
こういうこともありうると考えたこともあったが、編集部にいたのがいけなかったのかと勇樹は悩み始めた。
(七不思議を極めるとなんかあるってあったなぁ)
まさかと思いながら少し笑った。
●その先に
記事は噂やインタビューをまとめ書き終えている。
目撃者が全くないのが悲しいことだ。
勇樹はもう一度遊園地に行ってみることにした。
それも深夜に。
行ってはいけないと感じてはいたが、同時に行かないといけないとも考えていた。
遊園地の関係者に連絡とっていくことも検討したが、不法侵入第二弾とした。
夜九時。
(俺が見つけられた時間)
前回侵入したところはやはり入れた。
電車が走る音が遠くなっていく。
中に入ると、懐中電灯で照らし、ゆっくり歩む。さすがに日中のようにすたすた行くのは恐ろしい。
闇が広がり、舗装も壊れているところもあるため足元も不安定だ。
「……」
アーケードの前までは来たが、先に進むのは腰が引けた。
「……明るければ」
カッ。
暗がりに目が慣れていた勇樹は目をつむり、両腕顔をかばう。
明るくなったのは一瞬ではなく、続いている。腕をほどきつつ、瞼をゆっくり開けていく。
音楽が鳴り響く。
「う、ううう?」
言葉が続かない。
遊園地は閉園前のような整った姿を現していた。
「俺は寝た?」
寝ているわけはない。
「気絶している」
それは否定できない、瞬間的に何かあったいうのであれば。
遊園地で遊ぶ人々の声がする。
キャッスルの方から異形の存在が現れた。
半魚人がいるという噂通りの姿だ。海産物が陸地で腐る生ぐさいにおいが漂う。
『行方不明ニナッテイタ子ダナ』
言葉はわかるが、掠れて不安定な音だった。
『オ前ヲ食ベタライケナイ。ダカラ、迎エニ来タ。帰ロウ』
「うわああああ」
勇樹は踵を返して走ろうとしたが足がもつれ、地面に倒れ込んだ。
『何故怯エル。俺デハナイガ暮ラシタダロウ? 夢ノ子ヨ』
しりもちをついたまま勇樹はそれを見てずりずりと下がる。しかし、それが近づくほうが速い。
それは勇樹の前でしゃがみ腕に触れた。
ヒヤリとして、ぬるりとした感触が腕から伝わる。
「……う」
喰われる、拷問されると恐怖が湧く
何もしないと言っていたのを思い出す。
「夢の子?」
「ソウダ。夢ノ子ダ。アノ世界ニ受ケ入レラレタカラ」
「……夢の……」
勇樹は十年、何を見たのか?
この生き物について行けばわかるのか?
勇樹は自力で立ち上がる。
「どこに行く?」
『行コウ行コウ』
それはホッとした様子で前を歩き始めた。
――うわー、なんだあれ? ヒーローショーの悪役かな?
勇樹はふっと笑う。
ついて行くことは当たり前なのだ、この生き物に。
思い出した、楽しいことを。
「ねえ、俺、この姿だけれどいいのか?」
『カマワナイ、大キイノモイル。行ッテ、戻ッテキタ奴』
「ならいいや」
勇樹はそれについて行った。
勇樹が無断欠勤をしたため、すぐに緊急連絡先に会社は電話をする。
家族立ち合いのもと、彼が一人暮らしをする会社近くのアパートに入った。
裏野ドリームランドに関する写真が所せましと張られた壁が目に入る。
ここのところ会社の社屋でする磯のような、どぶのような臭いがアパートの中からしていた。勇樹の部屋は片付けられている。
勇樹の捜索願いは当日に出される。
防犯カメラから勇樹が裏野ドリームランドに向かったのは推測できた。
しかし、姿は要として知れず。
「あの子はあっちに還ってしまったのかもしれない」
勇樹の両親は震えるように会社の者に語った。
「勇樹は行方不明になって十年後、同じ姿のまま現れたのです。偶然にも調査して書き上げた記事、あるならば載せてください。あの子の生きていた証として」
両親はあきらめているようだった。
裏野ドリームランドの記事の載った号はそれなりに話題になった。
調査した記者が行方不明、とだけ記したため、数々の憶測を呼んだ。