Episode:61
◇Sylpha
ルーフェイアの魔法に巻き込まれ、ミルから弾を食らった男の形相は、歪んでいるとしか言いようがなかった。
「……そうか、そういうことか……貴様ら親子で……それなら……」
執念としか言いようのない声で、ヴィクタースという男は言う。
――なんなんだ、この男は。
一瞬寒気を覚える。
その時、自分たちに魔法がかけられるのに気付いた。
最強の防御魔法。ルーフェイアだ。
だが、微妙に不安定だ。同じ魔法を同時に幾つもかけられるのは驚きだが、そのせいで完全には行かないらしい。
だとしたら、これ以上は……。
思わず少女の方を振りかえる。私とミル、それにナティエスにはかかっているが、この子はまだのはずだ。
同時に天井に、大きく亀裂が入った。
――バカっ!
魔法もなしに直撃を受けたら、いくらルーフェイアとて助かりようがない。
とっさに精霊ヴァルキュリアを、憑依状態に持って行く。通常の数倍に引き上げられた体機能で床を蹴り、少女の上に覆い被さった。
華奢な身体が傷つかないよう、しっかりと抱え込む。
かなり大きな破片が降り注いだが、ヴァルキュリアが憑依状態にあるのと防御魔法がかかっているのとで、なんなく弾き返す。
長かったようだが、実際にはさほど長くなかったはずだ。気付くと、静寂だけになっていた。
身体の上にのしかかる瓦礫をはねのけ、続いて抱えていたルーフェイアの手をひいて立ち上がらせた。幸い怪我をした様子はない。
だが、それで済ますことが出来なかった。
「――なんてムチャをするんだ! 怪我でもしたらどうするっ!」
思わず叱りつける。
「ただでさえ華奢なのに、ルーフェイアが魔法なしで、無事で済むわけがないだろう!」
「……すみません……」
ほんとうに悪いことをした、そういう表情でルーフェイアが謝る。我ながら甘いとは思うが、ついそれ以上言えなくなった。
ことの是非はともかくとして、この少女が私のことを考えていたのは、間違いがないのだ。
「いや、私もつい……すまない。だがどうして、自分にかけなかった?」
私が精霊ヴァルキュリアを憑依状態にして乗り切れることは、この少女は知っているはずだ。なのになぜ、自分を犠牲にしてまで私に魔法をかけたのか。
しかしきつく言ったのがまずかったのか、答えようとしない。
「……聞かせてくれないか?」
重ねて尋ねる。綺麗な色の唇からようやく、言葉がこぼれた。
「その……タシュア先輩には、シルファ先輩しか……いないから……」
「ルーフェイア……」
いったいどこで知ったのだろう? まるで兄と姉とを追いかけて歩く妹のように、私たちを慕っているだけのことはあった。
それにしても本来なんの関係もない他人を、なぜこうも慕うのだろうか。
戦場での経験の、反動なのか。そう思うと、この少女が可哀想になる。
「ともかく、もう2度とするんじゃない」
「……はい」
うつむいたままの少女の頭をなでてやると、やっと顔を上げた。
「先輩、ルーフェイアっ!」
みんなと……そして殿下とが駆けてくる。
「2人とも無事か?」
殿下の言葉に、「おや」と思った。お気に入りだったルーフェイアだけではなく、私のことまで心配している。
「大丈夫です。シルファ先輩がかばってくださいましたから。先輩も……大丈夫ですよね?」
「え? ああ」
もしかすると何箇所か打ち身くらいつくったかもしれないが、その程度だ。
「僕のために済まなかった。屋敷の方へ医者を呼ぶように言っておいたから、戻って診てもらうといい。
こっちはじき警察が来るから、父にまかせておけばいいだろう」
ルーフェイアと2人、思わず顔を見合す。
(先輩、殿下へんですよね?)
(ああ……)
思わずこっそりそんな会話を交わしたが、理由はわからなかった。
いずれにせよ、いったん屋敷へ戻るのが賢明だろう。
「よし、戻るか」
「了解!」
後輩たちの声が揃った。