Episode:53
「たいしたもんだな」
「え? 普通、かと……」
警護のためにいるのだから、いつでも戦えるようにしておかなかったら、意味がないんじゃないだろうか?
やっぱりこういう由緒ある人は、平和で感覚がずれてるらしい。
「そうだ。殿下、これをどうぞ」
予備に、くらいの気持ちで持ちこんでいた格闘用のグローブを、殿下に渡す。どうせあたしは小太刀があるから、格闘技は蹴り技主体で、拳は殆ど使わない。
そして気が付いた。
脱いだドレスを丁寧にたたむ。
「殿下、すみません。せっかく……用意して、いただいたのに」
自分のならこの辺へ置いていくところだけれど、借り物じゃそうはいかない。
「構わん。文句ならあとで、この連中に言うことにする」
言うひま、あるだろうか?
「すみません。あの、とりあえず殿下が、持っていてくださいませんか? あとできちんと……洗って、お返ししますから」
たたんだうえで、キットに入れておいた細い糸でしばったドレスを、殿下に手渡す。
「気にするな。今度はもう少し、マシなものを用意してやる」
それは……ちょっと違うような?
「それで、どうやって出るんだ? 鍵がかかっているだろう?」
「だいじょうぶです」
そう言ってまず、あたしは窓の外に低位の雷系魔法を立て続けに放った。これを見れば先輩たち、あたしたちがどのあたりに監禁されているか、分かるはずだ。
それからドアに張りついて、廊下の様子をうかがってみる。
人の気配はなかった。さすが素人、あっさり陽動にひっかかったらしい。
「殿下、下がってていただけますか?」
重厚な作りの木製のドア。
普段だったら簡単に魔法で破壊するところだけれど、今は殿下を巻き込めないから、その方法はムリだ。
――とすると。
ドアの前で呼吸を整えて集中する。憑依させっぱなしの精霊に意識を向けて、その力を呼び出していく。
限界まで集中して狙いを定めて……。
「哈っ!」
一点めがけて蹴りを入れると、思惑通り中央部が割れた。あとは2、3回蹴飛ばしただけで、脱出口が出来あがる。
――これで本当に、閉じ込めた気でいるんだもの。
いつでも出ていけるの、気が付かなかったんだろうか?
周囲の気配に気を配りながら、あたしが先に出る。
幸い辺りには、廊下を曲がった先も含めて、気配はなかった。
「殿下、どうぞ。今なら大丈夫です」
「あ、ああ……」
なんだか呆然としている殿下を、部屋の外へと促す。いつまでもこの部屋に留まっていたら、よけいに危ない。
「で、どっちへ行くんだ?」
「どこにも行きません」
そう言いながら、あたしは隣の部屋のドアを開けた。
勝手知ったる場所ならともかく、これだけ広い他人の家をウロウロしたら、迷うのがオチだ。何より救出に来るはずの先輩たちと、行き違ってしまうだろう。
だから隣あたりの部屋に潜んでいるのが、この場合は妥当だ。他に手段がないならまだともかく、殿下を危険にさらすわけにはいかない。