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美遊の案内のもと、先程の謁見の間に行くまでに通っていた訓練場に辿りつく。すると周一達に気付いた兵士が訓練場の整地や準備を行っているのでしばらく待って欲しいと言われたため、終わるまで邪魔にならない様に訓練場の隅の城壁に背中を預けて座り、待つ事にした周一と美遊。まるで運動会の様なイベントの準備をしている光景を見て周一はふと、自分が居た世界の事を思い出した。
「そーいや。最近はシーナの手伝いして無かったな」
「シーナ?・・って誰ですか?・・あっ!もしかして円道さんの彼女さんですか?しかも外人さんなんですかぁ~?」
美遊は俺の呟きを聞いて、まるでさっきの仕返しをするかのような笑みを浮かべてニヤニヤする口を手で隠しながら問い詰めてくる。どうやらあの事については今は忘れているみたいだ。
ただ何故。女子は男から女の名前が出るとこうも反応するのだろう。男には到底理解できない。話し相手が童貞だったら「しねっ!!」で終わるのに・・・女って面倒臭い。
「はぁ~。ちげーよ。外人でもねーし。シーナは・・・まぁ、妹みたいなもんだな」
「みたい?」
美遊は周一を見ながら首を傾ける。
「家族ってわけじゃない・・・親友の1人だよ」
「親友ですか。でも確か円道さんの世界って・・・っ!ごっ、ごめんなさいっ!」
不謹慎な事を聞こうとしてしまった事に美遊は慌てて謝る。
「お前が謝ってもなぁ・・・」
「うぅ、ごめんなさい」
謝る必要は無いはずなのに再度謝る美遊。
「はぁ・・・まあいいや。俺の居た世界がそうなったとはいえ、まだ可能性はあるからな」
「えっ?あの。それってどういう意味ですか?」
「ああ、それはな」
周一が言いかけた時、こちらに近付いてきた兵士から「エンドー殿。準備が出来ましたのでこちらに」と言われ、話を遮られた。
「はいよー・・・っと」
「あっ」
「わりぃ。また後でな」
「はい。そのっ・・・がんばってくださいっ」
周一は立ち上がり、兵士の後について行く。美遊の応援には振り返らず右手を上げて軽く手を振った。
(頑張れと言われても・・・さてさて。どう頑張ればいいのかねぇ)
「では、ここでお待ち下さい。時期に王が開始の宣言をしますので」
「ああ」
訓練場の中央辺りまで誘導され、兵士が去って行く。そして目の前にはあの勇者っぽい格好をしたアルトが歩いてくる。腰にある2本の剣、どちらも形が同じのロングソードぐらいの長さだが、色だけが黒と白で違っていた。なんかアニメで似た様なキャラをどっかで見た覚えがある気がする。
「貴様。さっきの青い剣は出さないのか?」
青い剣。今は俺の身体に宿っているあの剣の事を言っているようだ。
「別に出す出さないは俺の勝手だろ?王様は剣を使ってチカラを見せろとは言って無いしな」
「フンッ、減らず口を。負けた時に「剣を使って無いから本気じゃ無かったでーす」とか言うなよ?」
えー。俺そんなキャラだと思われてんの?なんかイヤだわー。
「あー、はいはい。んじゃお望み通りに剣を使ってやるよ」
「ふん。最初っからそうしておけ。(ま、剣を使った所で俺には絶対に傷一つ付けられないけどな)」
ニヤリと笑うアルトに、周一はその場で足を踏み込み、息を大きく吸って・・・。
「すんませーん。誰でもいいんで剣貸してくれませんかー?」
と、訓練場に緊張感の無いゆる~い声が響き、辺りがざわめき始める。
「はぁっ!!?何を言っているっ!!?貴様のを使えばいいだろっ!!」
アルトは周一の発言に舐められてると感じて怒りの声を上げる。
「用意してやれ」
城内の入り口側の上、訓練場が見れるバルコニーの様な場所に周一の声を聞いたライネス王が見下ろしていた。周りの兵士達が自分の持ち場につき、整地も終わっていたのでざわめいていた中でも王の声は訓練場内に良く響いた。王の傍には王子と先程のアオザイの女性も居た。
王の言葉に辺りは静まり、王の方を見上げる。
「エンドー殿。他に要望はあるか?すぐに用意できる物だったら持って来させるが?」
「いや、武器になるやつなら何だっていいんだが・・・なんならこいつに選ばせてもいい」
周一はアルトを指さして答える。
指されたアルトは更にイラついて顔を歪ませる。そして「ほう」と王は興味を示した様な顔をする。
「舐めた事を。どうせ張ったりだ。そう言って結局貴様は」
「お前さぁ」
「青い剣、を?」
周一がアルトの言葉を遮る。
「命懸けで殺し合いをした事ある?」
周一はアルトを見ながら少し重みのある声で発言した。
その発言に一瞬で傍聴していた勇者達の中の数人は無意識に戦闘態勢を取って周一を睨んだ。
「はっ。ここに来てからそんなのは魔物とずっとやっている。貴様の世界で何があったかなんてどうでもいいが、その日だけの貴様と俺様とでは実力の差が違いすぎる」
「・・・・・・そうか」
「そうだっ!!」
周一は視線を感じ、周りの様子を窺いながらアルトに返事をした。
この場で指輪を身に着けているのが勇者だという事は美遊の情報から解っている。その数はこの場に美遊やアルトも含めて20人程。そして先程の周一の言葉に反応して戦闘態勢を取ったのが近接武器を持っている中で4人、魔法がメインの可能性がある勇者3人だ。美遊はその中に入っていたが、目の前に居るアルトは何も感じなかった様だ。王が居る場所からも、先程美遊が使った魔法と似てはいるが少し違った感覚を感じ取れた。おそらくあのアオザイの女性の者だろうと予想をたてた。と、周一はここまでの状況を観察して把握した。
「ま、お前の実力がすごいのは解ったから早く俺の武器持って来てくれよ」
「・・・貴様。まるで俺様に勝てる気でいるみたいな口振りだな」
周一の挑発するような喋り方にアルトは苛立ちを感じながらも王の前だからと抑え、周一を見下しながら話す。
「別に勝ち負けに興味ねーよ。俺はただお前や王様のご要望も叶えつつ、この面倒なイベントをとっとと終わらせたいだけなんだけど」
軽く準備運動をしながらアルトを更に挑発するような言葉を言う周一。周一のあの発言で空気が変わるのを感じて態勢をとっていた者達は周一が特に行動を起こさなかったためか、次第に警戒を解いていった。
周一の発言に両手を握り拳にして身体を震わせていたアルトだったが、何かを思いついた様な顔をして震えを止めた。
「・・・俺様が選んでもいいと言ったな」
「ああ」
「なら、武器は・・・」
そう言いながら、アルトは近場に居た兵士の元に歩いて行き、何かを指示する。
「・・・本気ですか!?」
(ん?何だ?)
兵士はアルトに指示された事が想定外だったのか、驚きの声が微かに聞こえた。
「あいつがいいと言ったんだ。早くしろっ!」
アルトの怒鳴り声に威圧され、兵士は言われるがままに動き出した。
「少し待っていろ。昨日のこの場所で使われていたお前にお似合いの武器を用意してやる。くくくっ」
ニヤニヤと笑いながら戻ってくるアルト。
(なんか笑ってるけど、どうでもいい。それよりも、だ)
周一はそんなアルトを横目にその場に腰を降ろして胡座で座り、王の居る方を見上げる。
「・・なぁ王様よー?さっき言ってた姫ってのはまだ来ないの?」
この戦いをするために必要な事は二つ。[周一の武器の用意]と[英雄姫と呼ばれる人物の観戦]。武器に関しては時間の問題だろうがもう一方。この場所に来てから未だに姿を現していない英雄姫がいなければ結局戦いを始められないのだ。
「おい貴様っ!王に対し無礼だぞ!!」
「ああ、確かに遅い。おい。将軍はどうした。何故連れて来ない?」
「無視するな!!」
周一も王もアルトの声には耳も傾けなかった。
王が訓練場にいる兵士達や大臣に問いかける。するとその時、タイミングを狙ったかの様に牢屋側の方の入口から将軍らしきごつい兵士が現れた。
「クラーク大臣っ!申し訳ございません!!アイリス姫が魔封牢から居なくなっており・・・現在警備に当たらせていた兵士達も含め、捜索をさせておりますっ!」
「バカなっ!!あの魔封牢でも逃げ出したのか!・・・いや、それよりも今は早くアイリス姫を探すのだっ!・・お前達もだっ!!」
『はっ!』
大臣の指示により、辺りに居た兵士達が捜索に動き出す。
「王、申し訳ございませんが聞いての通りです。しばし捜索にお時間を・・・」
どうやら英雄姫、アイリス姫とやらが牢屋から居なくなったらしい。王を見ると頭に手を当てて疲れた表情をしている。あの感じからして初めてではないんだろうな。
「かかりそうだな・・・」
辺りがざわめく中で武器も来ないし、姫も来ないと。これは戦うまで時間がかかりそうだと直感した周一は態勢を更に楽にするために両手を背中の少し後ろ辺りの地面に置いて空を仰ぎ見る。よくある異世界物の空ならば何かしらある物だ。例えば昼でも色違いの大きな月が2つ以上あったりと。そう考えながら探してみるが太陽と雲があるだけで他に何も無く、ため息を吐く様に少し残念な気分になる。
チチュッ。
「ん?」
退屈で色々考えながら待っていると地面に触れていた左手に違和感を感じた。見てみるとそこには何処から来たかはわからないが尻尾に白いリボンをつけたネズミが手に触れていた。
「何だ?この世界のネズミはオシャレでもするのか?」
ネズミは特に警戒する事も無く周一の左手から離れず、じっと周一を見ている。周一は手を裏返して掌をネズミの方にさし出すと、何も警戒する事無く掌に乗って来たので顔の前までそれを持ってくる。
「・・・お前は、アニメ的なマスコットか何かか?」
なら何かネズミらしからぬ泣き声とかで鳴いて欲しい。
「チュー?」
・・・鳴かないか、でもなんか可愛い。
―それからほ約1分後―
「チュ!?チューッ!!?」
「ほれほれ~ここもいいのか~ここも弱いのか~。よーし、これでフィニッシュだ~」
「チュッ、チューーッ!!!?」
そしてほんの1分で仰け反りながらビクビクして動けなくなっている湿ったネズミが掌の上に居た。
「ふっ・・・オレッテマジヤバクネ?」
右手で悪戯に触り過ぎたその湿ったネズミを見て、何か越えてはならないラインを越えてしまったと感じてしまった周一。
「貴様・・・ネズミなんて汚いもの触って笑っているとは、やはり気持ち悪いクズだな。勝負の邪魔だ、捨てて来い。あとその手で俺様に触ろうなんて思うなよ。もしそうしたらその手を切り落としてやるからな」
こちらを見たアルトが周一を見てそう言った。
なんかドン引きされた。この可愛さが、この毛並みのさらさらもふもふが解らないなんて・・可哀そうな奴。あー、でも今はアレでベチャってしてるな。
「はぁ~。みぃーゆぅ~」
アルトの言葉で我に返った周一は立ち上がり、捜索に協力しようと兵士と話していたであろう美遊を呼んだ。その呼ぶ声に兵士に一礼してからトトトトと効果音でも出そうな小走りで美遊がかけてくる。アレはアレで可愛いな。
「どうしました・・・と、言うとでもぉ~?さっきは一体何するつもりだったんですか!?」
あれ?なんか、怒ってた。
周りには聞こえないぐらいの小さい声で怒っている美遊。
「別に何も?」
「何も!?何もって!?あんな殺気出しておいて!?」
軽い威圧程度に喋ってたつもりだったんだが、どうやら美遊達からしたら殺気を放っていたと感じ取られていたらしい。
そして逆に言えば態勢をとった勇者は少なくとも殺気を感じる事が出来る程の戦闘経験があるという事になる。美遊がブツブツと愚痴を言っていたが、先程の何かあったら責任は自分が取ると言ってしまった事についての怒りだったようだ。
腕を組んで指で貧乏ゆすりをしているアルトが美遊の態度を見て、こちらの話しに聞き耳を立て様としていた。
あいつ、暇なら他の勇者達みたいに会話したり捜索に協力したりしてればいいのに。
「・・・それは置いといて」
「置いとかな」
「こいつ預かってくんない?」
周一は美遊の話を聞かずに自分の要件を済ませる為、左手の掌の上に乗っている湿ったネズミを見せる。
「・・・何ですか、このベチョっとしたネズミ?あっ、でも可愛い。尻尾にリボンが付いて・・ん?このリボン。何処かで・・・」
「いやーついつい悪戯しちゃってな。なんつーかその・・出ちゃったみたいでな」
「え゛っ!?」
話を聴いた美遊はササササと効果音が出そうな勢いで後ろに後退して距離をとった。
無駄に動きが小動物みたいで可愛いな、お前。と言ってやろうかと思うぐらいだ。
「!? チュ~・・・」
「おい、可哀そうだろ。ほら、お前を見ながらすげぇ悲しそうな目してるぞ」
「え~・・・でも・・ちょっと、だって・・ねぇ・・」
困った顔をしながら嫌がる美遊を見て周一はため息を吐く。
「ごめんなぁ、美遊が触りたく無いってさ」
「チュ~・・チュ!?チチュッチュ~!!!?」
「えっ!?」
掌の上で悲しむネズミに周一は慰めようと右手でナデナデをし始める。
「ね、ねぇ円道さん?」
「んー?」
「今その子。円道さんが撫でようとした時に震えて逃げようと。それに私にすっごく助けを求める様な目と鳴き声をしてませんでしたか?」
美遊は見ていた。周一が触れようとしたネズミが震えて逃げようとしたが、尻尾を指で挟まれていたために逃げる事が出来なかった所を。
「気のせいだろ?だってほら、こんなに気持ち良さそうにしてるだろ?」
またネズミを美遊に見せると、さっき見た時よりも湿り度が増し、仰け反ってビクビクしているネズミの姿があった。
(う、うわぁ・・・。何でだろう?すごく、やらしい?感じがする。でもなんか助けないといけない気がしてきた)
「わ、わかりました。私が預かっておきますっ・・浮遊魔法で浮かせば・・な・ん・とか・なり・ます」
何故か美遊の言葉が徐々に途切れになり、目が泳いでいく。
「【風よ 纏いて浮上させよ】『フライ』」
「チュ・・チュ~・・・」
周一の手に乗っていたビクビクネズミを浮かせてそのまま美遊の手前まで移動していく。
「手で持ってやれよ・・」
「わ、私にだって出来る事の限度はありますよっ!あうっ・・・やっぱしちょっとくさいよぉ」
そして美遊はネズミを魔法で浮かしながら離れて行った。とりあえず形はどうであれ預ける事が出来た。
「ふんっ。やっと来たか、あいつに渡して来い」
アルトが周一用の武器を持って来た兵士に指示をする声が聞こえた。どうやら武器が用意出来たようだ。
「その・・・お待たせ、しました」
「ん。ありが・・・ん?」
アルトの傍に立っていた兵士が周一のところまで来て、持っていた物を手渡す。握った周一の右手には折れた木剣があった。あまりの事に木剣と兵士を2度見してしまう。刃の部分は5センチも無く、折れた部分には酷いささくれの様に荒れていた。
「こりゃまた・・・」
「ブゥーーーーーーーッハッハッハッ!どうだっ!貴様にお似合いの武器だろうっ!!」
訓練場にアルトの嫌な笑い声が響く。周りもアルトの陰湿さに引いていた。渡しに来た兵士もすごく気まずそうに「これで本当にいいのか」と言いたそうな顔をしていた。だが周一は兵士に「ありがとな、持ち場に戻ってくれていいぜ」と声をかけ、心配する兵士を持ち場へと戻らせる。
「んじゃ、王様」
周一は王を呼んだ。その呼びかけに王だけでなく場内にいた者達、捜索に動いていた者達も足を止め、周一を見た。
「もう姫様を待つの面倒だし・・・こんなに過大評価もしてくれたこいつのためにも」
周一は折れた木剣を右手に握り、アルトの方へ突き出すように軽く右手を動かす。
「やろうぜ」
周一は戦いの開始を要求した。