1-12
「カルドさーん」
ドアベルの音が店内に響き渡る中、美遊が声をかける。カルドとはきっとこの店の主人の事であろう。
「ん?おうっ!らっしゃ・・・ってミユちゃんじゃねーか。例の件はどうした?」
軽装コーナーと重装コーナーの2つに分かれている中々の広さを持つ店内。その入り口から正面に見えるカウンターから声が返ってくる。椅子にもたれ、足をカウンターの上に乗せてくつろいでいる店主らしき男が居た。
「それは・・・ってカルドさん、またですか。私だからいいですけど他の女の子が見たらドン引きですからね。リアンさんにも言われてるでしょ。あと、態度悪いです」
2人がカウンターに近付くと美遊は呆れたようにカルドと呼ばれた男に指摘する。
まあ確かに態度は悪いかもな。あと格好も。上半身裸でムキムキマッチョのおっさん、カルド。クマさんの刺繍が入ったエプロンと半ズボンを装備した半裸クマエプロン。その見た目は流石にインパクトがでか過ぎる。
「いいじゃねーか、ミユちゃんだしよ。それにここに入って来る女ってのは男の連れに時々いるってだけじゃねーか。何の問題があるんだ?」
「その女の子が困るでしょっ!!・・・リアンさんに言いますよ?」
おっさん相手に強気に発言する美遊。しかも俺より言葉が砕けている気がする。きっと話し方からして長い付き合いなのだろう。
「その脅しは言わない約束だろう・・・ってミユちゃん。もしかしてそいつが例の?」
カルドはカウンターから足を降ろして椅子から立ち上がり、美遊の前に近付いて俺の方をチラリと見て問いかける。
「ええ、まあ。・・・いいから早く服着てくれませんか?」
「ちっ。しゃーねーなー」
ジト目で威圧した美遊に負け、仕方なく椅子の傍に落ちていたシャツを渋々取りに行き、エプロンを脱いでカウンターに置き、シャツを着て、またエプロンを着直す。
そのエプロンは必須なのか?
「ったく、これでいいか?それであんちゃん。名前は?」
「ん?俺か?」
「他に誰が居るってんだ」
「ああ、俺は円道周一」
「エンドーか」
「ちょっ!?円道さんっ!!」
カルドに自己紹介をすると美遊が耳元に小声で注意してきた。
あっ。そうだった。ここでは名前が先だった。
「悪い、忘れてた。周一の方が名前だ」
周一は軽く謝り、訂正した。
「なるほどな。ミユちゃんに似た感じか。俺はカルド。この店の店主だ。よろしくな、シューイチ」
「よろしく。カルドさん」
「男にさん付けされる趣味はねえ。呼び捨てでもオヤジでも気軽に呼んでくれ」
手を差し出してきたカルドに条件反射で手を出し、握手を交わす。
「んー・・・じゃあ、おっちゃんで」
「おうよっ!」
カルドは笑ってその呼び名を許可した。
「・・・んじゃっ、まずはその恰好をどうにかしねーとな」
(おっちゃんには言われたくねーよ)
美遊から借りたマントの中をチラッと見ただけでここに来た理由を察したカルド。
「ああ。そのためにここまで美遊に案内してもらったからな。ああ、美遊。サンキューな。これ返すわ」
そう言いながらマントを脱ぎ、美遊に手渡そうとするが、
「あ、はい。出来れば洗って欲しか・・・ってちょっ、ちょっとっっ!!?円道さん何してるんですかですかっっっ!!?」
「ん?何って?」
マントを美遊に手渡した後に周一はボロボロになっていた服を破り取る様に脱ぎ捨てていた。それを視界に入れてしまった美遊は咄嗟に手で目を覆うが、指の隙間から周一のトランクスのみの姿をまじまじと目に焼き付ける。
「だって脱がなきゃ着替えらんねーだろ?」
「だって私が居るんですよっ!!私がっ!!」
「それが?」
美遊は一般的な反応をしながら周一に常識を求めるが、周一にとってはもう慣れている事なので大して気にはならなかった。
「シューイチはそういうのは気にしないのか?」
「気にするも何も、この世界に来る前は普通に人前で着替える事が多かったからな」
服はボロボロだったのに何故か無傷なトランクスに目線を向けながら答える。
「お前の世界ではそれが日常だったかもしれないが、シューイチ。ここは店の中だ。そして人目もある」
カルドが続けて先程の見た目には似合わない店主らしい事を言い始める。美遊もそれに便乗するかのようにそうだそうだと訴えるかのように頭を縦に振る。
「着替えるなら、試着室でやってくれ」
「ああ、わりぃ」
カルドが指をさした先は店内の角。大きな布で覆われた場所があった。
後ろでズコーと誰かがこけた様な音がしたが気にはしない。
「もっと言う事あるでしょっ!!」
「「?」」
「ああもうっ!!これだから男の人はっ!!」
何に突っ込まれたか解らない2人に呆れる美遊。
「それでシューイチ。着替えるはいいが、どの服にするんだ?見た感じ軽装の方が良さそうだが・・・シューイチが良ければ、センスの良いうちの娘を呼んで選ばせるが?」
「んー・・・そうだな。その方が楽そうだしな。おっちゃん、頼んでいいか?金はこの中にある範囲でさ」
「おうよっ!んじゃちょっと待ってな」
了承したカルドは周一から金袋を受け取り、カウンターの後ろにあるドアに入っていった。
流石に数々ある商品の中からパンイチ状態で探すのは気が引けるし、店側に任せた方が楽ではある。
(こいつが居れば、すぐに済んだんだけどな)
「イリス・・・いい加減起きやがれ」
またも右手首に嵌めている銀の腕輪を見つめ、誰かに呼びかける様に呟く。
「チュッッ!?」
「ん?」
ビクッと何かに反応した頭に乗っている白リボンのネズミ。周一は頭に乗せているネズミを右手で掴み、左の掌に乗せる。
「そういやお前・・・何か気になるんだよな」
「チュッ!?・・・チュ~」
まるで周一に目線を合わせないようにする素振りをするネズミ。
「あっ。私も気になってるんですよ。普通ネズミって警戒してすぐ逃げる筈ですし・・・それにそのリボンをどこかで見てる気がするんですよね」
美遊も周一の後ろから覗くようにネズミを見て言う。気付けばもう目を覆う事を止めて普通に会話している。
「このリボンか?」
と、言いながら周一は美遊に見せる為、ネズミの尻尾から白いリボンを取る。
「チュッ!?チュ~~~~~ッ!!!」
急に大きな声で無くネズミ。すると突然ネズミの姿が光り出す。
「なんっ!?うおっ!?」
「きゃあっ!?」
咄嗟に目を瞑る2人。するとドサッという音と共に店内にある重装の鎧の数々が揺れ、金属の音が微かにした。
「いって~~・・・なっ!?」
「何が・・・え?アイ、リス?・・・えええええええええっっっ!!!!?」
周一はその出来事に言葉が詰まり、美遊も状況が理解出来ずに大声を上げる。
「あっ・・・う・・・まっ、待って、って言ったのにぃ・・・」
床に倒れている周一に跨っていたのは牢屋で出会ったあの金髪の美少女だった。しかも裸で、パンイチの男の上に跨っている現状のせいで胸を隠す事すらせずに今にも泣きそうになっている。カメラアングルによっては成人指定をしなければいけない光景だ。
「何か音がしたがどうしたって・・・・・・んだ?」
「ん?何かあったのおとー・・・っ!?」
カウンター側のドアから戻ってきたカルドとその娘であろう赤いワンピースを着た15歳ぐらいの青髪ポニーテールの少女が出て来るが、2人と同様に状況を理解出来ない事に固まった。当然だ。店内の床に裸の男、その上に跨る裸の金髪少女。そしてまるで脱ぎ捨てられているかのように散乱している牢屋で見た金髪少女が着ていた衣服。こんな状況を突然見せられて固まらない人はまずいないだろう。
≪さあ、この状況。キミならどうするっ!?≫と、時が止まったかの様に周一の脳裏に選択伎の思考が過ぎった。
1.【そのままじっと待ち、自分以外の誰かの行動の流れに身を任せる】
2.【先程痛がったセリフを言ってから時間が少したっているが、それを無かった事にしてもう一度痛がるセリフを言い、ラッキースケベ演出を行う】
3.【誰もが想像出来る結末を回避出来ない。現実は非情である】
今時のこの状況に陥った、漫画・アニメやラノベ主人公などの行動出来る選択肢はこの辺りだろう。
あれ?考えたらどれも同じ結末じゃね?・・・くっ、どうすればっ!?
『ますたーっ!!選択肢の超越だよっっ!!!』
(っ!?)
突然、可愛らしい少女の声が店内に響く。
「ああっ!!任せろ!!」
そうだっ!俺に、俺達に選択肢なんてものは関係無い!!
本能と煩悩のままにっっ!!!
周一はすぐにガバッと上半身を起こして、ぎゅ~~~~~~~~~~~!!っと裸の金髪少女を優しく抱きしめた。
そしてその瞬間、周一以外の誰もが時が止まったかのように固まった。
「・・・えっ?・・・っ~~~~!!!!????」
裸の金髪少女は固まった状態から自分の身に何をされたかを一拍置いてから理解出来た。
スリスリ。スリスリ。
「ひゃん!?・・・ふぁっ・・・あっ・・・」
それはぬいぐるみなんて比じゃない程の肌触りの心地良さと柔らかさ。金色のサラサラな髪。むにゅっという効果音が聞こえてきそうなC~Dカップクラスのおっぱい。ほのかに香る女の子らしい良い匂い。そして素晴らしくそそられるピュアなエロい声。完璧すぎる。
金髪の少女を全身で堪能し、まるでテイスティングをするかの様に少女を過大評価していく。金髪少女も周一の触り方に余りの心地良さと気持ち良さを感じて無意識に声が出てしまい、されるがままの状態が十数秒続いた。
『さっっすがますたーっ!!自ら人としての死を選択するなんてっ!!そこに痺れる憧れる~!!』
当たり前だっ!どうせ結末は同じなんだっ!ならば男として悔いの無い終わり方をするしかないだろっ!!
「なっ、なにしてんのこの変態いいいいいいいいいい~~~~~~っ!!!?」
「ウボァアアアアアアアアアッ!!!」
周一を称賛する声に美遊は我に返り、咄嗟に周一の頭に回し蹴りを命中させる。蹴りよって周一は鎧のコーナーに突っ込み、大きな音と共に鎧に埋もれ、下半身だけ見える状態になっていた。
「あっ・・・っ!?えっ!?ええっ!!?」
周一が回し蹴りをくらう寸前に金髪少女のおっぱいを突き飛ばしたため、少女が巻き添えになる事は無かった。金髪少女も突き飛ばされた衝撃と大きな音で我に返り咄嗟に手を使って恥部を隠し、そして目の前の光景を見て驚く。
「アイリスっ!!大丈夫っ!?」
美遊は急いでアイリスと呼ばれた金髪少女の元へ駆け寄り、持っていたマントをアイリスに着せた。
「う・・・うん。ありがと、ミユ。でも・・・あれ」
アイリスはお礼を言いながら目線で周一の無残に散った男の姿について何か言おうとする。
「いいのっ!あんな事したアレが悪いからっ!ねっ!」
「う、うん・・・でもそっちじゃなくて」
『ますたー?だいじょーぶ?生きてる~?』
アイリスはアレの姿にではなくその上、周一を心配する声の主。四角いウィンドウ画面の様な物がアレの周りで心配するように動きまわっている。そこに映っている銀髪のまるで青空をイメージした様なドレスを着たゴスロリ少女について気になっていた。
「・・・ああ、なんと」
「【雷よ 彼者に鉄槌を】『ライトニング』ッ!!」
『「ぎにゃああああああああああああああ」』
「ミ、ミユっ!?」
アレが生存報告を画面に映る銀髪少女にしようとする前に美遊が魔法を高速で詠唱し、アレの上に緑色の魔法陣だして、そこから当てた対象が店内が眩しく光る程の雷を落とした。当たってない筈の画面に映る銀髪少女まで痺れているのは謎だったが、画面の銀髪少女は黒こげになっており、あれは唯一守られていた下半身の装備が無くなっていた。
「変態はそのまま死んでろっ!!」
「・・・ミユ、やり過ぎ」
「いいのっ!!」
「は、はい・・・」
美遊の威圧に素直に頷くアイリス。
「おとーさん・・・店閉めて後片付けやって置いてね」
「なっ、テルフィア!?そりゃっ」
「私、おかーさん呼んでくるから」
「おっ、おいっ!?」
カルドの娘、テルフィアはまるで私は何も見なかったと言うような表情と声でカルドに指示をしてドアの中へ戻っていった。
「ったく片付けって、これを1人でか?・・・はぁ~」
店内の惨状にため息を吐かざるおえないカルドだった。