1-9
「一体、何が起こったのだ・・・っ!?アルト殿はっ!?クラーク!!アルト殿は何処に居るのだっ!!?」
美遊達の魔法によって砂埃が晴れた後、アルトの姿が見えない事に動揺を隠せない王の焦る声が訓練場に響く。兵士達や勇者達も辺りを見渡すがアルトの姿は何処にも無い。先程アルトが立っていた辺りには美遊に蹴られて倒れている周一とその体の上に乗っているネズミだけだった。
「アルト殿の姿は何処にもございません。・・・跡形もありません」
大臣は現状をそう報告した。
「じゃあ・・・アルト君は・・死ん」
「なぁ大臣さんよ?」
大臣の言葉に美遊は結論を出そうとするが周一に遮られる。
「はっ、はいっ!?」
声をかけられると思っていなかったのか、周一に呼ばれた大臣はビクッと体を震わせた。周一は体を軽く起こしてネズミを右手で掴み、頭に乗せてからしっかりと立ち上がり、大臣に不謹慎な事を告げた。
「カウントしてくれよ。あんたが10秒カウントしないと決着にならないだろ」
「っ!?何言ってるのっ!!アルト君は円道さんがっ!!」
「んな事知るかよ」
「っ!?そんな言い方!」
「勝負事にそんなもあるかっての」
アルトの姿が跡形も無い、つまり死んでしまったと誰もが考えるだろう。当事者とはいえ、周一の言葉を不謹慎と感じて叫ぶ美遊。ざわついていた周囲も言葉を失う。
「・・・そもそもあいつが望んだ条件だ。あいつが言う事が確かなら死んでない。嘘ならあいつの自業自得だ。どんな結果だろうがそれを俺のせいにされたらたまったもんじゃない。それにあいつが能力を喋る前にもあいつの能力を知ってる奴らは反応からしてチラホラといたみたいだしな。って事は俺みたいに力を見せろって事をあいつにもしてたか、それとも自分で言いふらしてたかってとこだろうな。なあそうだろ、王様?」
周一はテラスの方を見上げて王に聴く。
「・・・あ、ああ。確かに。この場にもアルト殿の能力を、無敵の能力を知っている者が多い・・・だが」
だが現状、ここにアルトは居ない。周一が放った魔法によって、血の一滴すら残さず。アルトは王の護衛役としても、今後の勇者召喚の度に行うはずだった能力を見るための模擬戦にも一番適した人材だった。なぜならその無敵の能力によってアルトは怪我をする事も無ければ、毒などの体内に影響が出るもので無ければ死ぬ事も絶対無い。周一の言っていた通り、王はアルトにも同様に模擬戦を設けてその能力を見せて貰っていた。そしてこの者を越えるものは絶対にいないと確信していた。だがその確信は現状によって跡形もなく崩壊した。
「だが、ここに居ないから死んだってか?あのなぁ。俺はただ飛ばしただけだ。あいつを蹴った時みたいにな」
「飛ば・・した?・・・あっ!?」
周一の言っている事に気付いた美遊。
「ミユ殿、何か解ったのか?」
「あ、はいっ。えっと、どんな攻撃をしてもアルト君の体には傷一つ付けられない。これはアルト君が円道さんに伝えていた事です。つまり円道さんがアルト君に勝つための条件は体内に影響を与えるものに限られます。でもそれは私達が円道さんの立場に立ってみた場合での考えです。円道さんがアルト君に持ちかけた話と追加条件の事を思い出してみて下さい」
「それは毒の能力と制限時間の事ですかな?」
美遊の説明に大臣が話を合わせる。
これは楽でいい。俺の代わりに美遊が説明してくれそうだ。
「そうです。円道さんが自分で毒についての話を本人に聞けば、誰でも体内に影響のある汚染系の能力だと思い、それに繋がる汚染時間が欲しいと思うでしょう」
「うむ。確かに」
「そうですな」
王や大臣だけでなく周り者達も当然だなと言いたそうに頷く。
「でも、それは失敗に終わったと誰もが思いました。アルト君がに要求した時間を凄く短くされてしまった事によって。でも円道さんにとってはそれが狙いだったんです」
「短くした事がかね?」
王はまだわかっていないようだったが、周りは少なからずなるほどと言う顔をしている者達が出始めた。
「はい。そして次はアルト君の出した条件を思い出して下さい。アルト君はこう言いました。[体に傷をつけられず、この場に立っている事が出来た場合]。それがアルト君の勝利と」
「うむ。確かに言っていたな」
「重要なのは後者、[この場に立っている事が出来た場合]です。つまりこの場、この訓練場にアルト君を立たせていなければ円道さんの勝利になります。つまり円道さんが先程言った[飛ばした]はそのままの言葉通りの意味、場外に飛ばしたと言う事です」
「ほおっ!?」
王もやっと理解出来たのか驚きと関心が混ざった反応をして周一を見た。そして美遊の説明が見事に正解だった事に周一は思わずニヤリと笑った。
「せーかいっ。だから俺的には時間が短くなる方がありがたかったって事。時間に制限が無かったり長かったりして、もしも万が一に戻ってこられたら俺の負けだからな。と言ってもあいつみたいな屁理屈言ってまで勝ちに拘りたがるような奴のための保険だけどな」
まあ。飛ばす事を思いついたのはあいつを蹴った時の事と美遊の魔法を見て喰らったからなんだけど、これは言わなくてもいいだろう。
「勝ち負けには興味無いが気に食わない相手に勝たせるなんて事もしたくないからな。んでもう10秒以上とっくに過ぎてるから、俺の勝ちでいいよな?大臣さん」
「・・・あ、はい。確かに。エンドー殿の勝利です」
周一は催促し、大臣に決着の宣告をさせた。まだ動揺を隠せていない大臣が大声で宣告してくれなかったせいなのかどうかは解らないが盛り上がりに欠けて、場内は静まり返っていた。だがこれで少なくとも強力な魔法を出す事が出来るという力、王の要望である能力を見せたという事で納得はして貰えたはずだろう。
「んじゃ王様。俺、とりあえず自由行動でいいか?」
もうここでのイベント、チュートリアルは済んだよな?と顔で訴えながら王に問いかける。
「ま、待てっ!まだ説明がっ!魔王を倒すためにやって欲しい事をまだ言っておらんっ!!」
「やってほしいことぉ~?」
まだ何かあるの?俺もう外に出たいんだけど。異世界冒険したいんですけど。あの見えてる街とかに行きたいんだけど。それになんかネズミが俺の髪の毛を噛んで引っ張ってるんですけど。地味に痛いんですけど。
渋る周一に慌てた王は咳払いをして語り出す。
「まずは金だ」
王の言葉に兵士が小走りで俺のもとに布袋を持って駆け寄ってくる。兵士から布袋を受け取ると中々の重さで、中を見ると色々な色ををした硬貨が入っていた。
「金が1000、銀が100、鉄が10、胴が1ベルです。この中には計2000ベル入っています」
兵士はそう言い、また小走りで離れて行く。中を軽く見ると硬貨の中に1枚、金貨がチラッと見えた。確かに金は要る。とりあえず服ボロボロなので、まずはこれで新しい服が欲しいと思った周一。だがこれは多いのか少ないのか解らないので美遊にこっそり聴くとここの兵士達の約1ヶ月分の給料だと言う。・・・うん、そう言われても価値がわからん。せめて俺の解る通貨で答えて欲しかった。
「遠出する時はその金で宿などに使うとよい。この城なら客人用の部屋を使って寝泊まりしても構わぬ。それと金はギルドでの依頼をこなせば稼げるが、私からはエンドー殿の貢献に応じで報酬を出すつもりだ」
つまり。ギルドと呼ばれる場所でチマチマ稼ぐよりも、王の手足となって依頼をどんどんこなせば金がガッポリ手に入るぞ。と言う意味らしい。
ならば答えは一択だ。
王の話を聞いた周一は答えを決めて頷く。それを見た王も頷いて話を続けた。
「うむ・・・では、エンドー殿。これは他の勇者にも依頼している事だが、まずはこの城に」
「じゃあ街行くかっ!」
「6つの・・・んんんんっ!!?」
話を遮られ、まして街に行くと宣言した周一に王は驚きの呻き声をあげる。その宣言を聞いた全員、口が開いたままになっていた。
「ん?あー、王様の[やって欲しい事]は金が欲しくなったら候補に入れとく。今は早く街行って服買わないとな。流石にずっとこの格好でいるのわなー。んじゃ美遊、服買える所まで案内ヨロシクー」
颯爽に話を切り止め、訓練場を後にしてとある方向に歩き出す周一。
「えっ!?待って下さい円道さん!!そっちは!?」
「ん?どした?こっから行く方が早いだろ?」
周一はそう言い、その方を指さす。先程周一が魔法でえぐりとった城壁の方を。
「いやだって・・・私は大丈夫ですが、円道さんは飛べるんですかーっ!?」
美遊の呼びかけに大穴の傍で振り返り、そのまま後ろ歩きで歩き続ける。
「んー?・・・別に、降りれそうなとこ探せば何とかなるだあっ」
周一はそう言いながら・・・足を踏み外して落ちた。崖までの距離を見ないで、しかも後ろ歩きで歩いて行ったら当然の結果である。この城は島の中央、山に近い地形の場所に建てられている。城壁の外、特に訓練場や牢屋側の城壁付近は崖とほぽ隣合わせの造りになっている。
「え?・・ああもうっっ!!!」
美遊は少しイラッとしながら右手に箒を出現させる。箒をお尻に当てて、椅子に座る様に腰を降ろすと宙に浮かぶ箒に座る美遊の姿。そして落ちて行った周一の後を凄い速度で追って行った。
「・・・。とりあえずミユ殿が付いて行けば問題無かろう。して、メディーチよ。アルト殿の所在は解るか?」
「・・・はい、あの魔法の後に水に落ちる音が微かに聞こえたのですぐに。城壁の穴の方角にある海岸から100メートル程と言った所でしょうか。アルトは崩れた城壁の断片に挟まって身動きが取れないみたいです。呼吸は出来る状態なので溺れ死ぬといった事は無いかと」
目を瞑っていたアオザイ姿のメディーチと呼ばれた女性は淡々と王の依頼に応える。島の中心に位置するライネスの城から海岸まではかなりと言っていい程の距離がある。それを周一はたった一撃の魔法で城壁と一緒にそこまで吹き飛ばした事に驚きを隠せない王だった。
「何という距離だ・・・だが助かった。さすが[千里眼]の能力と言ったところか。しかしアルト殿も運が悪い、いや良かったと言うべきなのだろうな」
「ライネス王」
「父さん、早く救助に向かわせた方がいい」
「ああそうだった。ライトの言う通りだ。こんな事を言っている場合ではないな。クラーク!アルト殿の救出に兵を出せ。今すぐにだ」
メディーチと一人息子の王子ライトに促された王は大臣に指令を出した。
「承りました。将軍!兵を10人程集めよ。飛ばされた先に居るアルト殿の救出に向かえっ!!」
「はっ!直ちにっ!!」
クラーク大臣の傍に居たごつい大男の兵士が命によりすぐに行動する。
「・・・今後のためにもあの者を調べる必要がありそうだ」
何者かのこの呟きは誰にも聞かれることは無かった。
「チューチュチュ~~~~!!!?」
落ちると解った瞬間に右手で頭に抑えつけたネズミがなんか涙を流してるんだけど・・・。この世界のネズミは感情豊かだなぁ。まあ、気持ちは解る。だって落ちてるからな。そしてだいたい十数秒ぐらいで、ねぇ・・・。
「さてと、【フライ】っ!!」
空を飛ぶ魔法は魔法が出てくる物語に確実にあると言ってもいい程の魔法だ。周一はその中でもイメージしやすい呪文を唱えると周一の背中に天使の様な翼が出現する。だが出現したその翼はすぐに見えなくなっていった。
「って止まんねえっ!?クソッ!!!」
周一はイメージした魔法の効果で空中にとどまると思っていた。しかし、とどまる事は無くそのまま落ち続けた。自分のイメージ通りにならなかった事に焦ったが自分の意思で空中を飛ぼうと必死に空を飛ぶイメージをする。するとバランスを取るかのように逆さになって落下していた体を反転させ態勢を立て直し、翼を羽ばたかせる様なイメージをすると周一の落下速度が急激に落ちて行き、足先と地面の接触ギリギリの所で浮遊しながら止まっていた。
「ふぅ~~~~~~っ!!!あぶねぇっ!!ギリギリっ!!だったぁっ!!・・・にしても空飛ぶ魔法って唱えたら後は自由に飛べるって訳じゃないのかよっ!?空飛べる架空のキャラみんな無意識にこれやってる訳!?頭どーなってんですかねぇっ!!」
空を飛ぶ意識をしなければ跳べない理不尽と無意識にそれを実行できている架空のキャラクター達に文句を言わずにはいられなかった。
それもそのはず、周一が見てきた空を飛べるキャラが出ている作品のほとんどが『魔法を唱えたら飛べた』、『修行したら飛べた』、『飛べる道具があるから飛べる』、『なんか飛べた』、『そもそも飛べるのが当たり前』などと飛べる理由が曖昧な物ばかりだ。まして最初はその設定の説明をしても、少し時間が経てばどんなキャラでも当たり前のように飛んでいる。周一はその当たり前というキャラクター達の姿から『魔法を唱えたら飛べるから大丈夫』と勝手に思い込んでいた。だが現実は違い、自分の意思でしっかりと飛び続けなければならないのだという事を周一は思い知ったのだ。
「チュ・・・チュ~~~~~~!!」
何その、「い、生きてたぁ~~~!!」みたいな鳴き方。お前本当にネズミか?
「ふぅ~・・・まあいっか。飛べるの解っちゃったから俺もそのうち無意識に飛べるキャラに転職出来るだろうしな・・・ほらアレみたいに」
独り言を呟きながら自分の体にかかった何かの影に気付き、上を見上げる。
「円道さーんっ!!!」
周一の真上から箒に座って降りてくる美遊の掛け声が聞こえてくる。
美遊が真上から降りてくるので避けるために軽く移動する。
「・・・ってなんで平気な・・・ごしごし・・・いま、円道さん・・・えええっ!!?」
さっき周一がいた位置に降りてきた美遊は周一の移動に違和感を感じたのか、何故か音を口にしながら目を擦った後にもう一度周一の体をじっくり見始め、そして大きく驚いた。
「浮いてるだけじゃない・・・もしかして、飛ん・・はっ!!?・・・すぅ~、はぁ~。・・・よしっ。トンデマスヨネ?」
何かに気付いたためか喋るのを一端止め、何故か深呼吸してから変な片言で続きを喋り直した。
「・・・あ、ああ。けどお前だって飛んでるだろ」
「そうだけどっ!」
美遊自身も空を飛んでいるのに周一が飛んでいる姿にかなり驚いていた。なにか理由があるのだろうか。ただ、驚いていた事については触れないでおこう。言ったらまた丸くなるかもしれない。
「うぅ~~っ!ほんとにもぉっ!!円道さんってどんな世界から来たんですかっ!?」
「魔法が無い普通の世界」
「魔法が無いって・・・じゃあなんで飛べるんですか!?」
「あー、話は街に向かいながらでいいか?オレ、コノカッコォー。ハヨ、フクホシィ。オーケー?」
「はぅ・・・オーケーです。ごめんなさい」
先程の美遊の変な片言を真似て喋る周一に、恥ずかしがりながら謝る美遊。
「あっ。でもちゃんと説明して下さいね。あと、円道さん」
美遊は街と城の間にある森の上へ向かって飛んで行こうとした周一の腕を掴んだ。
「ん?」
「空を飛んで行くのはダメです。森は歩いて通り抜けますからね」
周一の腕を引っ張って地面に下ろした後、そう言った美遊も地に足を着け、乗っていた箒は魔法のようにポンッと消えた。
「なんで?飛んでった方がどう考えても楽だろ?」
「それはあなたの話を聞いた後にお話しします」
「お、おう」
美遊が森の中に向かって歩き出したので、後を追うように周一も歩き出した。